第86話 エルブンシュタットの結末
シュバイニーが、エルフの中年を引きずりながら戻ってきた。
あれは、キルシュアートの長老ターンドだ。
「長老とかいう中年はこの通り、捕まえたぞ」
「あーらら。契約者様じゃねえか。そいつは困ったねぇ。……で、それだけか?」
それだけでは足りない、と言いたげなビクトルに、別の者から声がかけられた。
「ご不満だってんなら俺が相手してやるがね、随分はしゃいでくれたじゃねえか」
「まだお遊びしかしとらんよぉ。話が終わりなら、兄ちゃん遊んでくれやぁ?」
空間が捻れるような強烈な闘気が、ビクトルから放たれる。
先程までの攻防は本当にただの遊びだったらしい。
「いいや、交渉はここからだ」
カデュウの後ろに隠れながら詠唱をしていたソトが、碧い眼を輝かせ、壁に触れた。
「――【巨いなる地の人形】」
震動、大きなものが動き出す必然の音。
ソトの魔術によって生み出されたもの。
地下施設を元に、地に属するもので構成された巨大なゴーレム。
――アースゴーレム。
「私に時間を与えてくれたからな。遠慮なく詠唱出来たぞ、優しいおじさん」
その生成にあたり、中に取り込まれた者達がいた。
奴隷とされていた者たちと、シュバイニーから投げられた長老ターンドだ。
ゴーレムは内部に彼らを取り込み、その身体の構築によって閉じ込めた。
「いくらお強くても、こいつを倒す前に中の奴隷は死んじまうぞ。ついでに長老のおっさんもな。ダメージを与えると、そいつらの生命をエネルギーにして回復するからな」
通常、術への抵抗力の高い者は、生贄の対象とする事は出来ない。
しかし、ゴーレムの体内に取り込んだ者はその例外となる。
中で物理的に、生贄としやすいよう加工を行えるからだ。
「そこで、交渉だ。やむを得ぬ事情という事で私達を見逃してはくれまいか? こんなところなら上にも理解されて、優しいおじさんでいられると思うのだが……」
不敵に笑うソトに、愉快で仕方がないという表情でビクトルが構えを解く。
「……かっかっかっ! 弁の立つおチビちゃんじゃのう。そこまで落としどころを用意されたら仕方ないわ。ワシが約束を破って中のおっさんや商品を、ぶっ壊すわけにゃあいかんし、のう?」
「ご理解が早くて助かるよ」
ビクトルの笑いと同時に、充満していた緊迫の圧が一気に吹き飛んだ。
ゆっくり構えを解くエルバス、それに続くカデュウ達。
――ようやく、一息つける。
「ワシぁは帰るがよぉ。後々、盟約会の者が条件用意して出向くけぇよ。ま、それで手打ちとしようかい。そうすりゃ盟約の守護者として約束は守っちゃる」
「中のおっさんは生かしといた方がいいのか?」
長老ターンドの扱いはどうなるのかとソトは問うが、ビクトルは興味なさげな反応を示す。
「ワシが殺すわけにゃあいかんが、不慮の事故でどうなろうと、ウチの知った事じゃあねえわぁ。……なあ?」
「事故じゃしょうがないなあ。……いやはや、怖いねぇ」
「いやいや、見事にご退場願われるたぁな。かっかっ!」
豪快に笑い、短く拍手も繰り出すビクトル。
実に楽し気な様子だ。
「さすがぁ、人形名匠よ。ウチでも噂ぁ聞いてんぞぉ? ……んじゃ、兄ちゃん、機会があったら遊んでくれや。ほいじゃな」
シュバイニーを一瞥し、手をひらひらさせて無防備に背中を向け、ビクトルは悠々と立ち去った。
戦いが、終わったのだ。
「ソト師匠!」
「ふははは。私の機転と巧みな弁舌を褒めるが良い」
物凄いドヤ顔で腰に手を当て、皆の賞賛を待ち構えているソト師匠。
カデュウは思いっきり褒めた、つもりだった。
「さすがです、超悪党でした! 助けるはずの奴隷達の命まで脅迫の道具にするなんて!」
「そうだろうそう……んん? え?」
「まさに腐れ外道ですね、ソト。ノヴァド老と良い勝負が出来ます」
「酷くない!? あんな鬼畜爺と一緒にしないで!」
「……かわいそうなエルフさん達を生贄扱い、さすがししょー」
まさかの非難続出に、ソト師匠はうろたえ涙目になっていた。
これはいけない。フォローしなくては。
「ソト師匠は凄く頑張りましたよ、あの機転のおかげで助かりました!」
「えへへ。そうだろー。私は褒めて育てるんだぞ、厳しくすると泣くぞー」
師匠を育てるとは一体……。
「長老とやらは捕まえて、邪魔する奴らはぶちのめしてきたが、後はどうするんだ?」
「体制側が崩壊したと宣言して、後始末をまともそうな人に任せたいですね」
「ゴーレムの中にいる、奴隷にされかかった者達の中から選出すると良いでしょう」
エルバスの案が改善に効果的に思える、その辺りの層と共闘していくのだ。
権力闘争にはせず、理想論で一般のエルフ達に訴えていく方向性となる。
少し考えてからカデュウはその案に賛同した。
「彼らやその家族達こそが今の体制に最も不満があるでしょうね。中でも対立していた派閥の有力者に近い人物が良さそうです。誰かそういう子はいますか?」
柔らかい声色で、カデュウはエルフの奴隷達の方を見渡した。
「は、はい! 私が反体制派のリーダーをしておりました、お姉様!」
「え? レティシノちゃん、リーダーだったの?」
「私、始祖のハイエルフであるキルシュアート様の血族なんです。それで持ち上げられたんですが。……捕まっちゃってこんなところに」
「これ以上ない適任者ですね。エルフはそうした高貴な血を尊びます。親や親族もかなりの地位にあったはずです。にも拘わらず彼女がリーダーに選ばれたという事は……」
「はい、私の母は殺され、父は捕らえられております。それを知った私が、反体制の活動を始めていたのです。徐々に協力者が増えていった矢先に、こんな事になりましたけど」
エルフであるエルバスが適任というのだからカデュウ達に異論があろうはずもない。
そして悲劇に合い、それに立ち向かう指導者としての資質も兼ね備えているようだ。
「それなら、お父さんを後盾にしてレティシノちゃんを長老にするのがベストかな?」
「え、私なんですか!? お父さんじゃないんですか?」
「実際に活動を始め、我々や他の部族との協力を取り付けた事になる貴女が旗印となるのが収まりが良いでしょうね」
「レティシノちゃんのお父さんにはしばらくの間、長老代理を務めて頂き、その間にレティシノちゃんは僕達の下で修業をすると良いかな。人と共存という部族の方針に沿うし、長老になるべく経験を積む事にもなるし、僕達も人手が増えて助かる」
「わ、わかりました。私達を救って下さった、お姉様の助けになるなら、喜んで!」
レティシノがカデュウに向かってガッツポーズを取った。
健気な頑張り屋という感じだ。
「じゃ、あの長老のデブおっさんを脅して穏便に交代と行くか。その後が穏便になるかは、……デブの普段の心がけ次第だろうけどよ」
悪い顔をしたシュバイニーの指が鳴らされた。
計画は順調に進んだ。
元々、キルシュアートの長老ターンドの方針には不満が続出しており、他のエルフとも共存していくという、新たな指導者の方向性は、傷ついたキルシュアート族の穴を埋めるものでもあった。
始祖キルシュアートの血族という看板、部族の恩人となったカデュウらの支援、他の部族との協調路線、などが効果的に働き、余計な権力争いもなくレティシノを長老とする事が受け入れられスムーズに事は運んだ。
本来の部族の方針自体にも変化はない。
人と共存するという点は変わらず、しかも奴隷にされていたエルフ達を救った同じ森の同胞と協力していくのだ。
甘い汁を吸っていたターンド派以外には、満場一致で受け入れられた。
不平分子も少数派であり、そちらの対処は部族に任せるべき事であろう。
また、キルシュアート族の未来の長老に選ばれたレティシノと、その他の元奴隷達は開拓村で訓練を積むと共に開拓の手伝いを志願してきた。
レティシノは元々既定路線であったが、他の者達にもそれぞれの事情がある。
二度と悲劇を繰り返さない為に鍛え、恩義を返す為に働くという者も多かった。
さらに、奴隷以外のキルシュアート族の街からも開拓を手伝う協力者がやってきた。
単純に森の仲間を助けるという意味や恩返しという事以外にも、キルシュアート族としての方針が人との共存にある以上、共存に最も近く信頼出来そうな人間達を選ぶのは必然であったろう。
エルブンシュタットの統治はレティシノの代理として父カストラが先頭に立ち、纏まりを見せている。
開拓村からも、人間側との共存や街の運営のアドバイスを行う予定だ。
その辺りは、傭兵団の交渉事を担当し権力者達の機微に詳しい副長のメルガルトや、参謀のノヴァドに国家や組織への対策に知恵を貸してもらう。
裏組織に刺激を与えないよう、賭博組織はそのまま残し、奴隷売買は根絶された。
とても苦労したが、これでキルシュアート族とは協力関係が結ばれ、目的は達成となったのだ。




