第81話 アサシン思考の防衛論
地下に行く前に予約しておいた宿、羽休める鳥の巣亭に戻っていた。
鳥の巣の名の通り、大きな木の上に自然を生かして建てられたエルフ独自の宿は、他の街では体験出来そうにないものであった。
今回は人数が多いので、2部屋に分けている。
カデュウの部屋にはシュバイニーとタックが同室だ、別にこっちでいいのになどという声もあがったが、物理的に狭い事を主張したのだ。
まだ知り合って間もない人達を2人きりにするのは悪いので、とそれらしい事を色々並べ立てたりとか。
もうずっと同室だったから慣れたのは慣れたのだが、やはり気を遣う面はあるのだ。
久々にのびのびと休める……、というちょっと嬉しい部屋割であった。
情報屋から戻ってきたタックの話を聞くべく、カデュウの部屋に全員が集まった。
おかげでちょっと窮屈になっている。
「いやいや、驚いたよ。この街で売っていた奴隷は無差別にさらわれて来た者達で、他のエルフ部族はもちろん、なんと自分達の街からもさらってるらしい」
「なんだそりゃ。自分のとこの民をさらうって、頭おかしいのか?」
呆れた顔で感想を漏らすシュバイニーに皆も同意した事だろう。
他所から調達してくるなら、善悪を別にすればまだ理解は出来る。
「エルフは高く売れる。では一番エルフを調達しやすいのは、と考えた結果かもね」
「合理的というか短慮というか……」
タックの分析は恐らく正しい、そのあまりの酷さにカデュウも呆れてしまう。
「そんな方針で不満が出ないわけがないと思うのだけれど」
「もしかして逆らう者を奴隷にしている、とか?」
統治者の卵でもあったクロスが怪訝な表情で呟いた言葉に、ユディが正解に近そうな答えを出した。
不快だという表情と声色でシュバイニーも肯定する。
「あり得るな。逆らったら奴隷にされるから誰も楯突けない。胸糞悪い話だ」
「カデュウ。このような下種な輩と健全な関係が築けるとは思えません。この連中はもはやエルフではない、賊です」
はっきりと拒絶の意志を示したエルバスは、カデュウを見据えた。
「うーん。でも、アルスールの長老レム・ヴェルさんから出された条件は、全部族との協力関係なんですよね」
しかし、その中に協力出来そうもない者が混ざっていたら。
今は良くても、後顧の憂いに繋がるのは間違いない。
「だから、うん。協力したくなる人達に変えましょう。賊は敵です」
「敵は殺せ、ね」
「依頼達成の為には仕方ないよね」
クロスは先生の教えの言葉で、カデュウの意を語った。
そのままだと誤解されてしまうので必要な事だという面を強調する。
「……やっぱり暗殺者」
「ナチュラルに消す発想が出るからな」
「違いますー。護身術を習っただけですー」
「私と戦った動きは明らかに護身じゃなくて殺人術、かな」
「違いますー。護身の為には殺られる前に殺れって教わっただけですー」
「私は主に剣術主体だったけど、カデュウのは明らかに暗殺術……」
「交易商人の為の護身術ですー。先生がそう言ってたんですー」
みんな酷い。完全にアサシン扱いであった。
同門のクロスまで裏切って良い方に回りだすなんて……。
「カデュウくんの先生とやらは、色々おかしいじぇ……」
「おかしいのは先生であって、僕はただの新人冒険者ですー」
「さっそく下種な賊共を処分しに行きましょう」
「身を守る為には仕方ないですからね! エルバスさん!」
カデュウに不利な話の流れをかえるべく、エルバスの言に飛びついた。
しかし、ニヤニヤしたソトによって再び話が戻される。
「そうだな、さっそく消しに行こうじゃないか。アサシンのカデュウちゃん?」
「身を守る為に仕方なくですよ、ソト師匠!」
仕方なく、というのを強調していく。
少しずつでも、イメージを変えていかなくては……。
「早速、スパパーンと首をはねましょう。いざいざです!」
「僕なんかより、この子の方がよっぽどアレなんですけどー」
「めでたく方針が決まったようだね。それじゃ、もう一つ大事な情報だじぇ」
話がまとまった所で、タックからさらなる情報がもたらされた。
「賭博組織と血白者に手を出してはいけない。これが情報屋のアドバイスだよ」
「血白者……、それもあの遺跡で聞いたような覚えがありますね。……なるほど、深入りは避けろっていう貴重なアドバイスですか」
「殺すべきは敵だけ、でしょう。当然の話ね」
「逆に言うと、賭博組織は奴隷の組織とは別って事か。そっちが盟約会所属だな」
「しっかり敵を把握しておかないと、面倒」
ユディの言う通り、倒すべき敵は知る必要がある。
敵側だとしても、倒さなくても良い障害物、あるいは倒してはいけない罠が混ざっているからだ。
この場合、背後にいる組織を刺激するのはまずい。
「うん。まずは情報を集めてみようか」
情報を集めるにあたって、役割を分担しなくてはならない。
全員一緒にぞろぞろ聞き込みをしていたら、不審な事この上ないし目立つのだ。
「潜伏しての偵察は僕とユディがやろう」
「おっけー」
「聞き込みは、口のうまいタック先輩とソト師匠が良いかな、誰か護衛につけて、別々に調査をお願いします」
「ふっふ。偉大なる先輩に任せておきたまえ」
「はっは。天才たる師匠に任せたまえ」
「真似すんなし?」
「真似などしてないわ!」
仲が良いのか悪いのか、いつも張り合っている2人だ。
とはいえ、小さい外観は警戒心を与えにくいし、頭も回る。
聞き込みでは適任者だろう。
「イスマとシュバイニーは……帰りの分の保存食を確保しておいて」
「いつもの雑用だな」
「……まかせたまえー」
何故みんな任せたまえ口調なんだ。流行ってるのか。
「私は全体を俯瞰し、緊急時には駆け付けましょう」
「お願いします、エルバスさん。……そんな事も出来るんですか」
「エルフですからね、上から目線が得意なのですよ」
「ああ、いつも木の上から見張ってますよね、エルフさんって」
「ええ。いつもフルトから、『お前は本当に上から目線だな慇懃無礼め』、などと」
真面目なエルバスからの、たまの冗談にカデュウはくすりとさせられた。
「それじゃ、アイスはタック先輩に、クロスはソト師匠に、それぞれ護衛をお願い」
「まかまかですー」
「任せて」
「謎の流行の『任せて』はまだしも、まかまかって何……」
「まっかまかです」
元気よく手を挙げて、謎の言葉を放つアイス。
「私、普通過ぎた……?」
「こんなとこに、普通じゃない返事は求めてないよ、クロス……」
問題解決に向けて準備を進めていた矢先、偵察していたカデュウの下に、ユディが現れた。
やや慌てた表情。何かが起きた様子だ。
「ユディ、どうしたの」
「大変、イスマがさらわれた……!」




