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第80話 森の地下の裏社会

「タック先輩は以前もここに来た事があるんですか?」

「この街には前に来たけど、この街の裏側に来るのははじめてだよ」


 確かに、場所を知っていても、用も無に行くかどうかとなるとまた別だろう。


「木の中をくりぬいて入口にするとは、実にエルフらしいセンスだな」

「地下に穴を掘って住み着くのだから、エルフというよりはドワーフというべきですね。エルフに失礼ですよ、ソト」


 丁寧な言葉ながらも辛辣なエルバス、やはりこの街の事を快く思っていないように感じる。

 この街の、というよりは穢れた思想そのものを嫌っているのかもしれない。


「僕が知ってる限りじゃ、ここにはカジノとオークション場、情報屋があった」

「盗賊ギルドではないんですよね?」

「うん。仕事の仲介はせず情報の売買だけやっていたはずだね」


 タックとカデュウが話しながら、地下への階段を降りていく。

 地下だからだろう、明かりが多く足元の不安はなさそうであった。


 短い通路を出ると、広い空間、賭博場が目の前にあった。

 多数の客がすでに中で賭博に興じている。

 森林の中に作られた街、田舎と言って良い辺鄙な場所。

 しかし、その地下には意外な程大きなカジノが潜んでいた。


「僕、こういう場に来た事はないですね」

「ふふふ。レディ・カデュウ。エレガンティ~でダンディ~な僕がエスコートしてあげるじぇ」

「タック先輩、何言ってるかよくわからないです。あとレディではありません」

「ついに狂ったのか? 何がダンディーだ、このモンキーが」


「カデュウくん、悪い事は言わないじぇ。この性格悪い金髪ロリは捨てておいで」

「……みんなに言われますね、それ」

「し、師匠の私が捨てられるわけがない、のだ。……ない、よね?」


 いつもの病気が再発したのだろう。

 段々不安そうな声を出してソト師匠は、腕にしがみついてきた。

 そして子犬のような目で訴えてくる。


「ダメですよ、タック先輩。捨てるとかそういう言葉は禁句ですよ。本当に捨てられまくって、うちのパーティしか引き取り手がなかったんですから」

「……それはごめんだじぇ」

「すす、捨てられまくってなどいない。こっちから縁切りしてやったのだ!」


 しがみついたままそんな事言われても……。

 とりあえず元気になったようなので、ぺりぺりと師匠を引きはがした。


「エルフの癖に、このようなものまで作るとは。人を真似るのはまだしも、悪い真似まで参考にする必要はないでしょうに」


 やや潔癖過ぎな気もするが、エルバスの言う事も一理あるかもしれない。

 この場所に、こんな施設を作る必要があるかどうか、という点には疑問を覚える。


「あれがその理由、みたいだね」


 ユディが視線を向けたその先、別室のオークション会場。

 そこでは、人はおろか、同胞であるエルフすらも、競売の対象となっていた。


 奴隷売買。

 通常では奴隷商が商品のように値段を付けているのが普通だが、稀にこうしたオークション形式の取引も存在するとは聞いていた。


 違いは、奴隷自体の品質。

 オークションの方では、貴族や金持ちの為の高級品となる奴隷を扱うらしい。

 勿論、中にはハズレが混ざる事もあるだろうし、逆に一般販売の方に掘り出し物が流出してしまう事もあるだろう。

 だが、全体的な傾向としては、オークションに出される品は金持ち相手の商売であり、自然、高品質となるのが普通である。


 この街の場合は、奴隷としては貴重なエルフが売りのようだ。


「なるほど。この街の本当のコンセプトは、金持ち向けの娯楽施設、って事か」

「ええ。自然豊かでありながら物資にも困らない街。その中にはカジノ、オークションと奴隷売買、そしてその目玉は、エルフの奴隷が手に入るという他にはない長所」


 街の構図を分析するソトとカデュウに表情の変化はない。


「同胞すらも売るとは、清々しい程に人間らしい。彼らこそ人間だな」


 しかし、やはり思う所はあったのだろう。

 ソトの皮肉が冴えわたる。


「広義でいう人間ではなく、種族としての人にそっくりですね」

「……どれーはダメなの?」


 首を傾げイスマがカデュウを見た。


「奴隷売買自体は、昔からある制度で昔からある商品だよ。それ自体は気にしないけれどね。ちゃんと人間としての待遇を与えていれば、だけど」

「良いか悪いかで言えば、良くはないけど。奴隷になるにも色々なパターンがあるからな、本人が悪いケースでは自業自得じゃないのか?」


 戦争孤児が食っていけずに奴隷になったり、借金のカタだとか、戦争で捕らえられた兵士だとか、人によってその理由は変わってくるので一概には言いにくい。

 奴隷になっていなければ死んでいた、という場合もありうる。

 そこで価値を見出されたから、命が助かったと考える事も出来るだろう。


「それに、普通に労働させるだけっていうケースが多いからな」

「給料を貯めて身分を買い戻すってのもよくある事だし、乱暴に扱ったらそれはほとんどの国で法律違反になる」


 ちらりとオークション会場を見渡し、カデュウは肩をすくめた。


「ここのオークションの場合、金持ち向けの高級奴隷だから、まともな待遇のご主人様が多いとは思うけど」

「せっかく高い金払ったのに、雑に扱って壊したらアホだしな」

「エルフの奴隷となるとかなり貴重でしょうしね」

「ちなみにホビックは安いじぇ!」


「小さいし、力ないし、うるさいし、すばしっこくて逃げやすいし、手癖は悪いし、とあまり奴隷向きではないホビックは、とてもお安くなっております」


 自虐のように、ソトがずらずらとホビックの特性を並べ立てる。


「ホビックはともかくとして。ちゃんと扱って解放奴隷となると、その主人が賞賛され解放された奴隷の方も恩を感じて忠誠を誓うなんて話も聞くよ」

「主人に恩は感じてないけど、他に行く当ても無いし、慣れた仕事だからってそのまま働き続けるケースもある」

「結局、重要なのは身分よりも人間同士の関係よね。良い付き合いをしていれば感謝されるだろうし、恨まれていたらそのうち復讐されるのかもしれない」


 クロスの言う事は真理であり、そして身分の問題ではないという話でもある。


「それは奴隷に限った話ではないな。どこの人間でも同じ事であり、そして人の性質次第だな。クズに恩義をかけても仇で返されるし」


 当たり前の行為をすれば当たり前の結果が返ってきたり、ソトが言うようなまったく違う結果がもたらされる事だってありうる。

 人は、それぞれ性質が異なるのだ。異質なものは別の生物かと思うぐらいに。


「クロスのとこにも奴隷いたんじゃない?」

「王家にはいなかったわね。貴族の家なんかにはいたけど」

「へー、そうだったんだ」

「王家の使用人となると、ちゃんとした身分の人々で固められるから」

「まさに、いい御身分ってやつか」




「問題はあのエルフ達はどこで調達してきてるのか、でしょう」

「そうだね、クロス。付き合っていく上で、その点が一番重要になるね」


 カデュウ達にとって直接かかわるのはそこであった。

 奴隷をどこから入手してくるのか、それが同じ森のエルフ達なのであれば、開拓村もいずれ奴隷調達の対象となる事を意味する。


「この森でエルフをさらって売っているのならば、私達にとって敵になりうるでしょうね」

「同胞であるはずの者すら売るのなら、僕達を売らない道理はない」


「おっけーおっけー、危惧する所はわかった。とりあえず目的の情報屋に行こう。そこでその辺りも聞けるかもだ」

「そうだなぁ、事前にその辺の情報を集めにゃならん」


 タックのまとめにシュバイニーも同意する形で、目的の情報屋へと歩き出した。


「……混んでるじゃねーか」

「はは。情報屋が行列っていうのも、妙な光景だね」


 もうちょっと、人の少ない場所でこそこそっとした光景を、カデュウは思い浮かべていたが、その期待は裏切られた。

 シュバイニーやタックの反応も当然のものであろう。


「客は結構来てるのに、1人しか情報屋がいないから回らないんですね……」

「しょーがない、僕が並んで待つか。カデュウくん達の分も聞いておいてあげるよ」

「全員で並んでても邪魔になるだけだしな」

「ありがとうございます。お願いしますね。僕達は……」


 宿で待ってます、とカデュウが答えようとしたところで、イスマが割り込んできた。


「……れっつカジノ」

「え? 遊ぶの!?」

「面白そうだからやっていきましょう!」

「だめ、だめです! お金が無くなっちゃう!」


 ノリノリのアイス達を、必死で留めるカデュウ。


「大丈夫だって、俺に任せとけば倍にしてやるよ」

「それ負ける人の台詞ですから、シュバイニーさん!」

「……れっつかでぃーの」


 貴重な金を浪費しようとする人ばかりであった。

 騒ぎになっても良くないのでお小遣いを少しばかり渡したところ、意外とイスマだけが増やして来たのだが、他の人々がすったのでやや赤字である。

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