第79話 血の盟約会
魔王降臨時代、大陸全土を支配していたミルディアス帝国が崩れ去り、各地で盗賊や暴徒の類が急増し、混乱を極めた。
その中で生まれた互助組織は、冒険者ギルド、交易ギルドとして今も残り、人々の為にと活動している。
そして。同じ時期に生まれた、もう一つの別の互助組織があった。
無秩序だった裏社会に規律をもたらしたというその組織もまた、今も名を変えて残っている。
約定保証組合という、契約遵守の代行を司る番人。
契約の安全を保障し、その安全が遂行されるかどうか、金持ち達を集めて賭博の対象とする者達。
例えば、積荷が無事に到着するかどうか等の事象で賭け事を行い、その補償を請け負う個人の金持ちを募る。
そして請け負った金持ちは、無事に荷が到着すれば膨大な保証金が手に入る。
だが、荷が無事でなければ、金持ち個人が全額の補償を負担せねばならない。
こうした契約と保証を管理する組織である。
いわば壮大な賭けの胴元。
しかし、その組織のかつての名は、今も裏社会では著名なものであった。
――“血の盟約会”。
曰く、大陸最大の裏組織であるとか。
曰く、全ての情報が集まる闇の諜報機関であるとか。
曰く、運命司る神の信者達であるとか。
曰く、秩序を司る神の裏の代行者達であるとか。
曰く、孤児を集め売りさばく人身売買組織であるとか。
曰く、支払いを拒んだ国を乗っ取った事があるとか。
曰く、大陸中の黒幕が集う、とある会議の参加者であるとか。
まことしやかな噂の数々が並べ立てられる、その筋の者達の伝説。
道すがら、タックが語ってくれた噂が、このようなものだ。
「世間で盗賊ギルドと呼ばれてる組織の背後にいる大ボスがこの“血の盟約会”っていう組織なのさ」
「あの噂の盗賊ギルド。……その上位組織、なんですか?」
「考えてみれば、盗賊ギルドなるものが各地に存在し、国家から潰されないというのもおかしな話だよ。その謎の答えがこれさ」
わずかな冒険者としての期間以外は、ただの交易商人見習いに過ぎなかった一般人のカデュウには、盗賊ギルドとは実在するかもわからないものであった。
しかし、実在しているなら国が対応を考えてしかるべき相手であろう。
「ふむ。その盟約会とやらの力が、国すら手出し出来ない程のものって事か」
「それでも。害が大きすぎるならば、国も対策を考えただろう。しかし、こいつらは何もしてこなかったのさ。盗賊ギルドなど、傘下の組織に手を出さない限りは、ね」
「何も、……してこなかった?」
タックからもたらされた情報に、ソトが疑問を浮かべた。
犯罪集団である盗賊ギルドが何もしてこないというのは、どういう事だろう。
「徒党を組んで悪事を企むでもなく、犯罪者を匿うでもなく、単なる受け皿に徹しているんだ。冒険者ギルドの犯罪者版ってとこかな」
「裏仕事の仲介屋、って事か」
「組織そのものを国の力で潰そうとさえしなければ、むしろ受け入れてきた。個々の犯罪者を守る盾にはならなかった」
「ふむ。なるほど。あくまで仲介屋に徹するだけで、国からの仕事も受け入れたか。お偉いさん方にも後ろ暗い頼み事などいくらでもあるだろうしな」
「それならば便利な組織として利用しようって考えた結果が、今の盗賊ギルドとの不思議な共存関係、らしいね」
世の中、綺麗事ばかりじゃないのだな、と再認識させられる。
悪だ、倒せ。
という単純な話で世界は回っていないのだと、カデュウは改めて思い知らされた。
「そんな盗賊ギルドの上に、さらにボスがいるんですか」
「まあそっちの大ボスさんには、とりあえず用事はない。あくまで情報を集めるのさ」
情報。何の情報なのか、カデュウには思い当たる事があった。
「つまり、その裏の情報で、ハクアさんを探そうと?」
「いえーす。盗賊ギルド自体は、昔から使っている情報源だけどね」
「あ、そうなんですか?」
「吟遊詩人ってのは情報が大事なのだよ。だからこそ、吟遊詩人ギルドってのもあって、そこで詩のネタなんかもやり取りしてるんだ」
「色々あるんですね」
詩人のギルドなんてものもあるのか。
世の中、本当に奥が深い。
「表の情報は吟遊詩人ギルド、裏の情報は盗賊ギルド、そして冒険の話は冒険者ギルド、ってね」
「なるほど、考えてみればどこも情報を大切にしている組織なんですね」
「ぉぅぃぇ! 偉大なる先輩を尊敬する気になったかーい?」
胸を張ってドヤ顔を決めるタック先輩に、ソト師匠なりの賞賛が放たれた。
「ただのうるさいチビックじゃなかったんだなー、見直したぞ」
「チビックじゃないし! 同じ種族の癖に、この金髪ロリめ!」
賞賛というか世間一般では、挑発と呼ぶ行為かもしれない。
「どうどう。偉大なはずの先輩は騒がないですよね」
「ぐぬぬ……」
「でも、本当に凄いですね、タック先輩。そんな裏の裏のような凄い情報まで調べてくるなんて」
カデュウの純粋な賞賛に、タックはバツの悪そうな表情を見せた。
「……いやー、ダメ元で盗賊ギルドに聞いてみたら、普通に情報売ってた」
「……え?」
「別に秘密でも何でもなかったみたい……」
「あ、そうなんですか……」
自分の所の裏事情まで売っているとは、なかなかプロ意識が高いというか……。
普通は聞いてみようという発想に至らない事だけども。
「というわけで、この街にも盗賊ギルドそのものではないけど、同系列の組織があるので、そこで聞いてみようというわけだよ」
「折角ですし……、僕らも行ってみますか?」
「そーだな。開拓地でも大丈夫っていう職人の暇な奴の情報とかもあるかもな」
「そういう情報は欲しいですね」
「そのような裏の場所に赴く事自体があまり好ましくはないですが、ならば私も護衛としてついて行く必要がありましょう」
少し未知の裏社会に期待感もあったが、エルバスだけは嫌そうな表情であった。
性格的にまっすぐで汚いものが嫌いな傾向があるのだろう。
タックの案内によって辿り着いたその場所は、一見ただの巨大な木にしか見えないが、その木をくり抜いた地下にこそ、この街の裏社会が隠れていた。




