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第69話 たとえば魔王城手前のダークエルフがそのまま暮らすような物語

「おや、ネイムさん。私は長老に会いに来たのですが?」


 威圧するかのように問われたリーブルは、涼しい顔で気軽な挨拶をかわす。

 最初は丁寧な人だと思っていたが、常時こういう喋り方のようだ。


「何の用かと聞いている」

「いいですよ。ネイムさんなら、お話しましょう」

「そこの余所者の話か」


 ネイムと呼ばれた女性が、カデュウ達を睨みつけた。

 人が思い描くようなダークエルフらしい姿をしている。

 そんな視線をものともせず、リーブルは冗談を飛ばすような口調で答える。


「私達が、魔王様の下で、魔王様の意志によって聖地に街を作っている、という話ですね。……驚きました? 驚いたでしょう、ははは。私もですよ」

「……なん。いや、まて。魔王様、だと? ……生きておられる、と?」


 突然、濃厚な情報を叩きつけられ、ネイムは混乱しているようだった。

 無理もない事だと、カデュウも思う。


「フェアノール族は聖地を禁域として扱い、立ち入って調査などした事はないですからねえ。実は封印されていただけで、生きてらしたみたいです」

「……それで、そこの余所者は何だ?」

「彼が魔王様に直接任命され全権を任された者です」

「どうも、カデュウと申します」

「その師匠です」

「そのおまけです」

「……ハーフエルフ、の子供ではないか。このような者が、何故?」


 ソトとアイスは完全スルーされていた。

 師匠だとかおまけだとか言われても困るだろうけど。


「さてね? 私は彼に、魔村長カデュウ殿に雇われたに過ぎません」

「それは、僕が魔王さんと最初に会って話した人、だからだと思います」


 そろそろ直に話していい、と受け取ったカデュウは、リーブルに変わって説明を始めた。


「とても信じられん……」

「でも事実ですよ。私も実際に魔王様に拝謁しお話をさせて頂きましたし」


 リーブルがカデュウの発言を補助する。

 カデュウだけならば信用に値しなかったかもしれないが、同じ部族の者の意見は、ネイムの疑いを和らげた。


「……それで、魔王様の御意志は何だ? 再び世界を蹂躙せよを仰られたのか?」

「『暇だから、街を作ってくれ』って言われました」

「……え? 暇? 街? ……どういうことだ?」


 混乱するその気持ちは、カデュウにはとてもよくわかる。

 魔王が言うような発言ではない。王の言葉としても『暇だから』はない。


「後、世界征服みたいな事は、もう飽きた、と」

「……リーブル、本当なんだな?」


 正直に伝えたのに、ネイムの疑いが深くなっている。

 なんもかんも魔王が悪い。


「ええ、もちろん。それこそ魔王様に誓って、偽りは申しません」

「……わかった、長老に伝えよう。そこの庵で待て」


 そう言い残してネイムが混乱したまま、集落の奥へと消えていった。

 カデュウ達は指示された庵に入り、雑談をして過ごす事になった。




「あの女のダークエルフさんは、偉い人なんです?」

「私らガン無視してたなー、あいつ」


 椅子に腰かけたアイスが、ネイムの事を尋ねた。

 そして、あの状況でソト師匠が無視されるのは仕方ないと思うんです。


「彼女の名は、ネイム・ノゥカミ。フェアノールに伝わるヤマトゥーの末裔です」

「ヤマトゥー、ですか?」


 何の事だろう、という口調のカデュウにリーブルが答えを返す。


「ええ。かつて魔王討伐戦に参加した伝説の英雄達の1人、生きて帰る事の無かった悲運の剣士です」

「ふむ。ヤマトゥー……」


 何か考えるところがあったのか、アイスが首を傾げていた。

 続けてカデュウが質問する。


「その人はダークエルフなんですか?」

「いえ、ヤマトゥーは人間です。本来はフェアノール族にとって敵です。しかし、数奇な運命によって彼はダークエルフと恋に落ち、フェアノール族を他種族から庇ったと」

「そのまま終戦となればダークエルフが狩られるし、部族の未来も絶望的になっていた。だから愛する者の同胞を英雄としての名声で守ったのか」


 これまで話を聞いていたソトが、その行動を分析し答えを出した。

 なるほど、人類側の敵となれば容赦なく狩られるが、伝説の英雄によって庇われていたとなると、手を出しにくくなる。

 下手をすれば、生き残った伝説の英雄達がその者の敵に回るのだ。


「魔王軍のすぐ近くに住んでたんだから、人類の味方にならなくても仕方ないしな」

「魔王側に組するのはやむを得ないでしょうね。他のエルフ達も隠れ潜んで生き長らえたそうですし。この森の生存権は魔王様が握っておりましたから」


 人類の敵だったとは言え、抵抗しようのない位置なのだから同情も出る。

 そして敗残兵に余計な事をする余裕は、当時の人々には無かったのだろう。

 種族や敵味方を超えた愛の物語に、アイスも手を叩いて感心した。


「おおー。なんだか立派な御仁ですね」

「最終的に、ヤマトゥーは魔元帥ベルベ・ボルゼとの戦いで亡くなりました。しかしヤマトゥーの子種は残り、今もノゥカミの一族として残っているのです」


「要するに、自分達を救った英雄の一族か。さぞお偉いんだろうな」

「長老の他に、長が4名いるのですが、ネイムは若くして長となっています」

「血統主義か、いかんなエルフ共はー。もっと天才を大事にしろー」


 ここら辺でいきなり自分の境遇を嘆きだすのが、ソト師匠らしい。

 いつもの空気に、カデュウはくすり笑った。


「待たせたな。……長老が会われるそうだ、ついて来い」


 ネイムが戻り、すぐさま長老の下へと連れていかれる事となった。

 さて、ここからが交渉の本番らしい。

 果たして、良い結果が得られるかどうか、カデュウは気が重くなった。

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