第67話 外交は弱小の基本です
エルフへの対応を協議するために、魔王城のまだ使えそうな部屋に人が集まった。
カデュウと、この辺りの出身だという傭兵団部隊長リーブルの他に、副団長メルガルト、参謀ノヴァド、暇そうにしてたソトが参加している。
ゾンダ団長は『決まったら後で伝えろ、めんどくせーからパス』、と仰られて、傭兵団の訓練に向かった。
「まず、報告にあったエルフとの遭遇地点だが、北、西、南、いずれの方角でも確認されている。かなり広大な森であるにも関わらず、な」
メルガルト副団長が最初に、手書きの地図を取り出し、説明を始めた。
点が複数書かれているのが遭遇地点だ。
6か所の点を大雑把にみれば、円形状に分布しているようだ。
「リーブル、お主はエルフの森の出身じゃろう? エルフっちゅうのはこんなあちこちに住んでるものなのかのう」
「ふむ、それでは少し詳しくご説明しましょうか」
全員の注目がリーブルに集まる。
「古の大森林のエルフには、3つの部族があります」
「まず私の出身である、フェアノール族。ここはダークエルフが多く暮らす部族ですね。排他的な意識が強く、余所者を受け入れません」
「2つ目がアルスール族。この森の最大勢力となるエルフ達ですね。人と交流ぐらいはしますが、伝統は変えず、中立的。一番エルフらしい部族でしょう」
「3つ目がキルシュアート族。人を積極的に受け入れ、文化や技術などを取り入れていこうという革新的な部族です。街が出来ていて、そこでは通貨で取引も行えると聞きました」
「南がフェアノール族、西がアルスール族、北がキルシュアート族、とそれぞれ
が分かれて暮らしております。基本的な情報はこんなところでしょうか」
一連の説明を終えたリーブルに、メルガルトが問いただした。
「何故、それをあらかじめ伝えなかった?」
「食料確保の狩りと、周囲の探索が先決だ、という指令でしたので」
リーブルの答えは、整然としたものであった。
確かに優先したのは食料や探索であり、どの道エルフの領域がどこからどこまでなのか、などわからないのだ。
「まあ、先にわかっていても大差はあるまいて。そのような事より、どう対応するべきなのか、だ」
「森でエルフを敵にする、というのはおすすめしません。高所から一方的に撃たれ続けては厄介でしょう」
「まさか森を全部燃やすわけにもいかんしのう」
「エルフの抵抗力だとゴーレム化は難しいな、ゴーレムの中に取り込んで吸収するとか、木をゴーレムにするとか、工夫が必要だ」
何故いきなり、戦う話になっているのだろうか……。
特にソト師匠の何でもゴーレムに、みたいな発想はなんとかして頂きたい。
カデュウはジト目にならざるを得なかった。
視線に気づいたソト師匠はニコニコして手を振ってきたが。
まったく伝わってない……。
「エルフを絶滅させる為に来たわけではない、うまく共存していくのが無難だろう」
メルガルトが真面目な意見をもって流れを戻した。
「そうですね。逆にこちらから接触を図り、何らかの協定を結び、協力でも不干渉でも構わないので、敵ではないと知らせるのが良いかなと」
「先手を打つのもアリだな。……リーブル、どう思う」
「であれば、まずフェアノール族と交渉するのがよろしいでしょう。排他集団ではありますが、私がおりますので、話ぐらいは出来るでしょう」
「懸念があるとすれば2つ。まずこの場所はフェアノール族の聖地となっている事ですね」
とんでもない懸念が襲い掛かってきた。
それは聖地に勝手に現れ、勝手に荒らしまわってる賊徒、としか思われないのではないだろうか。
「そして、2つ目。彼らは大昔に魔王軍に味方したエルフ、という事です」
「うちの村には魔王がいるけど、すんなり部下にならんのかな」
ソトの率直な意見に、リーブルは否定も肯定もしなかった。
「エルフの寿命はおおよそで200~400年程度と言われております。ダークエルフも似たようなものですね。つまり、当時を知るものなど、まず生きてはいませんが、それでも上の方々は魔王様に対し複雑な感情をお持ちでしたね」
「複雑な感情? 恨みとか忠誠とか、そういうんじゃないのか?」
「忠誠、羨望、懐古、といった過去への想い。そして現実への対処の上で、消化せざるを得なかった様々な感情。基本的には魔王信仰なのですが、それ故に他者と共存出来ないと考えている。だから排他的なのです」
なんだか色々こじらせて面倒になっている人達、みたいな印象を受ける。
「ああ、なるほど。つまり魔王さんが実際にこちらにいるから、そこで聖地を侵した賊、という印象が変わるかもしれない、って事ですね」
「どのように変わるのかは、同じ部族の私でも想像出来ません。魔王様に忠誠を誓い協力して頂けるかもしれませんし、我々を排除して自分達の手で魔王様の望みを叶えようとするかもしれません」
複雑な感情が渦巻いている為に、予測不能、という話のようだ。
「それでも、第一に交渉をする必要があると、そう言うのだな? リーブル」
「ええ。要するに気難しい方々なのです。そんな方々を放置して先に他所の部族と仲良くしたら、何故先にフェアノール族に知らせないんだ、となります」
「その手の方々の考え方からすると……ご機嫌を損ねるわけですか」
「まず確実にヘソを曲げるでしょうね。勝手に聖地に住み着き、魔王様の存在を部族に知らせもしなかった。これで良い反応を得るのは難しいでしょう」
実に面倒くさい人達である。
とはいえ聖地を占拠している我々がフェアノール族を無視していても、向こうから敵対意識で接触される事は疑いない。
「わかりました。ではまずフェアノール族と交渉をした方がよさそうですね」
「ではそちらは、リーブルと魔村長殿に任せるか。俺のような無粋な奴や、ノヴァドさんのような腐れ外道が行っても、余計な火種になりかねん」
「そりゃあ違いないの。どうハメ殺すかしか考えてない爺じゃしな」
経験豊かな知恵者たちは、面倒事をカデュウに丸投げした。
酷い。年長者がそういう交渉をやるべきではないのか……。
「うう……、責任重大過ぎますよ。僕、ただの新人冒険者なのに……」
「ふはは。仕方ないな、カデュウは魔村長だからな! 師匠の私がサポートしてやるから安心するのだ」
「師匠が暴走しないかが一番心配ですよ」
「あんだとー。……ま、その調子で気軽に楽しくやってしまうが良い。人生楽しめ。無駄に考えても、なるようにしかならん」
考えすぎず楽しめ、というソトの言葉は、カデュウの責任意識を和らげた。
その言葉通り、カデュウが何を不安がろうが、なるようにしかならないのだ。
「……ふふ。確かに、真理かもしれませんね」
「では、リーブルと私とカデュウ。向かうのはこんなとこか?」
「遠距離戦ならば私が、殲滅戦ならばソトさんが。問題ない布陣でしょう」
「いやあの、戦争をしにいくわけではないんですが……、リーブルさん?」
「おお、そういえばそうでした。平和が一番ですよね、ははは」
大丈夫なのかこの人。などという心配がカデュウの中に募っていく。
リーブルは常識人に見えるが、やっぱりどこかおかしい。
なぜ自分の出身部族を、殲滅するつもりになっているのだ……。
ともあれ、エルフへの対応方針は定まり、まずはフェアノール族との交渉に向かう事となった。




