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第66話 肉は熟成させましょう

「よっしゃ! 新鮮な肉だぁ!」


 新鮮な料理を食べながら傭兵達は賑やかに叫んでいた。

 鹿らしき魔物の謎肉であるが、毒は無く食用になると判明したので、色々とバリエーションを豊かに、肉の祭りのような状態で提供している。

 ステーキにしたり、パスタに入れたり、自由に焼くのを楽しんでもらったり。

 もっとも、熟成期間として10日程置いてあるので、厳密には新鮮ではないのだが。


「結構うめえな、これ。鹿だからクセがあるかと思ったら、全然ねえわ。鹿独特の個性はしっかりあるし、柔らかいわ」

「きちんと処理をしないと他の肉でも臭くなりますよ」


 しげしげと見つめながら、ゾンダがステーキ肉をかじっている。


 狩りに向かう人達には事前に注意を伝えてあった。

 出来る限り一撃で仕留め余計な傷をつけない事、温度を下げる魔術が使えるのならなるべく低温にして運ぶ事。

 カデュウと共に野山を巡って修行をしていたクロスはその辺り手慣れたものだ。


「ああ、ただ狩ればいいってもんでもないのか。食肉も奥が深いな」

「内臓を早めに取り除いたり、肉を水で洗ったり、色々と処理を行うとこういう味になりますよ。10日前後の熟成も必要です。僕も専門家ではないので詳しくはないですが」

「いや、十分詳しいよ。大したもんだ」

「他にも舞茸と一緒にしておくと柔らかくなるって近所の料理人に教わりました」

「ほーん。料理って、魔術の儀式みてえだな……。俺にはよくわかんねぇ」


 感心しながらも、ゾンダは次々に肉料理を平らげていく。

 凄いペースだ。他の傭兵団のメンバーも勢い良く食べている。

 持ってきた肉が無くなって7日ぶりぐらいの肉料理という事もあるだろう。


 料理の残量を確認しに席を立って周りを見渡す。


「美味いなー。カデュウ、これはハーブで下味をつけたな?」


 ゆっくり味わいながら、ソトが近くに来たカデュウを呼び止めた。


「はい。赤ワインと共に、タイム、ローズマリーなどのハーブに漬け込んであります」

「素晴らしい。こんな野趣溢れる場所でここまでの物が出てくるとはな」


「喜んでもらえて嬉しいです、ソト師匠」

「これはもうカデュウを手放せないな! この魔性の女め!」


 料理で頑張ったら魔性の女呼ばわりである。

 女ではないですし。


「で、飲み物はあるのか? ワインと聞こえたが」

「ワインは料理用のものですし、飲み物は美味しい水しかないですね」


「まぁ、そうだよな……。そのうちジュースでも作れたらいいのだが」

「果物の栽培もやってもらいましょうか。種か苗木を用意しないといけませんが」


「じゃ、コーヒーか紅茶でも淹れてくれ」

「あ、はい。お任せ下さい」


 ソトに頼まれ、そそくさとお湯を沸かす準備を整える。

 コーヒー豆も茶葉も購入するしか入手手段がない物だ。

 紅茶の原料となる茶の木はこの開拓地でもいずれ栽培できるかもしれない。

 ただ、コーヒーは生育条件からしてカヌスア大陸でしか栽培出来ないらしい。


「そのうち街に買い出しに行ってこないとね」


 出来れば南ミルディアス地方の大都市にいけるのが理想的だ。

 海洋交易都市を主体に構成されていて、様々な物資が手に入る場所である。

 カデュウの故郷の地方でもあるので勝手もわかっていてやりやすい。


「昔に食べた鹿肉とは比較にならないぐらい美味しいです!」

「うん。私もこんなに柔らかいのはじめて、かな」

「ふふ、カデュウは凄いでしょ。山籠もりしてた時でも美味しい食事が出てきたもの」


 何故かクロスが得意げになってアイスとユディに語っていた。

 女性達で集まって食事をしているようだ。


「まったくその通りです。カデュウは良い嫁になりそうですね」


 真顔でエルバスがそんな事を口にする。

 ……嫁にはなれませんよ。


 見れば他の女性団員数人も固まって食事をしていた。

 先程はカデュウの調理を手伝っていたメンバーだ。


「美味であるぞ、うむ。久方ぶりの食事だのう」

「やだー、魔王様一杯食べてる」

「良い食いっぷりじゃないの、あたしゃ気に入ったよ!」

「はっはっは。良いぞ、実に良い!」


 何故か魔王まで混じっていたが。


「おお、カデュウ。楽しませて貰っておるぞ。まさか余が雑に魔物化させた鹿がこんなに美味くなるとは驚きであったわ」

「ん? これ、魔王さんが作ったんですか?」


「うむ、森の警備を増強しようと適当にいじって試してた奴らの子孫だな。とはいえ1000年もたてば立派な天然物であろうよ。余ってばさすがよな!」

「きゃー、魔王様すごーい!」


 武勇伝? を語り女性達にちやほやされてご満悦の魔王はまるで酒場で飲んだくれるおっさんのようであった。


「じゃあ、魔王鹿とでも名付けておきますか。でもこの鹿そんなに強くはなかったみたいですよ?」

「森の外部の者にのみその力を発揮する、はずなのだが。所詮鹿であるからな、攻め込んできた冒険者共には役に立たなかったわ。はっはっは!」


 他に目を向ければ付近のテーブルで、シュバイニーが肉にかぶりついている。


「鹿はあまり食った事ねえが、いけるな。ほら、イスマは落ち着いて食え」

「……おにくうまうま」


 そして、イスマは今日もマイペースであった。

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