第62話 魔村長の海岸調査
苔と葉が積み重なる深き土壌、うろの大木が根を巡らせる幻想的な光景の間をくぐり、比較的歩きやすい場所をアイスが先導していく。
かつてはここも道があったのであろうか、他の箇所と比べて直線的に進めている。
「……でっかいし、緑が一杯、清らか」
「うん、そうだね。澄んだ世界だね……」
景色を眺めながら、カデュウとイスマは癒されるような表情で歩みを進める。
視界に入る緑と茶色の世界は、どこを切り取っても美しい。
「この美しさを損なわないように、発展させていかないと」
「自然との共存ですね、それが良いです。私の故郷もそんな感じです」
柔らかく笑うアイスも、やはり清浄な空気に安らぎを覚えているのだろう。
「あ、そろそろ到着しますよー。はい、こちらが海ですー」
原生林が途切れたその先には、両側が崖となっている美しいターコイズブルーの入り江が広がっていた。
「すっごーく綺麗でしょー。見つけた私を褒めちぎって、なでなでしてくれてもいいんですよ」
「ははは。その言い方、なんだかソト師匠っぽい」
望み通り頭をなでなでする。
風にたなびく美しい黒髪と対照的に、アイスは明るく無邪気な子であった。
「……なでなでしてあげよう」
んしょんしょ、と頑張って頭に手を乗せようと背伸びしているイスマ。
にっこり笑顔を見せて、アイスがしゃがんで撫でられに行く。
「どうもどうも。さて、それじゃあ、食べれそうなお魚さんがいるか、調べてみましょうか?」
「そうだね。僕は周囲の地形を確認してくるよ」
「……ちゃぷちゃぷ」
アイスとイスマは海の調査、カデュウは周囲の探索にかかる。
「この崖の外側には海が広がっている。……という事はここから船で移動できそうかな?」
「ところどころ風化した瓦礫が埋まっている……、昔はこの辺りにから船を出していたのかも。入り江の大きさからみて小規模な港とか?」
「帝都っていうぐらいだから他の場所に本格的な港もあって、こっちは皇族専用、なんて事もあるのかも」
「そういえば、こういうのって探検者の仕事だよね。余計な干渉をされない為に、形になるまでは発表出来ないけど……」
あちこちを調べて回ったカデュウは、再び入り江に戻った。
何やらイスマが手招きをしている、何か見つけたのかもしれない。
「どうしたの? 何か面白いもの見つけた?」
「……海からおっさんが流れてきた」
……想像を遥かに超えた何かを見つけていた。
超えた方向性が大分、明後日の気がするが。
「え、死体?」
「……残念ながら息がある」
なんと息があるのか。
ダメかもしれないけど、助けられるように努力はしてみよう。
「よくわからないけど……とりあえず水を吐き出させればいいのかな」
小太りの水夫姿の男をひっくり返し、仰向けに寝かせる。
するとカデュウが何かをするまでもなく、勝手に水を噴き出した。
「これなら、大丈夫そうかな」
まだ目は覚まさないが、応急処置の必要性はなさそうに感じる。
普通はした方が良いんだろうけど。
「とりあえず、村まで運んだほうがいいかな」
「……カデュウ、さらに2匹ゲット」
イスマの指差す方向にぷかぷかと浮かぶ、2つの人間大の漂流物……。
提督帽にドクロマークをつけた髭の中年と、身体がしっかりしてそうな老人だ。
どうやら海賊船の船長と乗組員のようだが……。
ひとまず砂浜まで引っ張り上げて、仰向けに寝かせておく。
救助しておいて、話をしてから対処を考える事にした。
「3人も持って帰るのはちょっときついなあ……、じゃあ僕がここで見てるから、アイスは誰か呼んできてくれる?」
「ほいほーい。了解ですー」
答えと同時に、アイスは素早い動きで反転し、すぐに見えなくなった。
他の2人の口からも自動的に水が噴き出された。
なんともまあ、生命力の強い人達だ。
「……ん」
唐突にイスマが頭を突き出してきた。
なんだろう。
「……なでるがよい」
「ああ、なるほど。君達、ご褒美がこんなのでいいのかな」
とりあえずなでなで、と言われた通りにやっておく。
さらさらと輝く栗色の髪が良い感触だ。
「……よろしかろー」
ご満悦の表情でイスマは目をつぶっていた。
「近くにいた力持ちそうな人を、連れてきましたよー」
思ったよりずっと早く、アイスが戻ってきた。
後ろに、大きな見知らぬ何かを連れて。
「アイス。そちらはどちら様?」
「近くにいた力持ちそうな人ですー」
いまいち要領を得ないアイスの答え。
初対面となる大きな髭面の男は、無表情でカデュウの顔をじろじろと見出した。
凄く怖い。
「こいつら、運ぶ、頼まれた」
「あ、はい。どちら様か存じませんが、よろしくお願いします」
ついつい返事をしてしまったが、手伝って貰えるのなら助かる。
でも一人しかいないのでは厳しいだろう、……と思っていたら3人まとめて肩に担いでしまった。
物凄い力だ。何者なのだろう。
詮索は置いて、その謎の髭のおじさんと共に村へと戻った。
運んできた3人を食堂付近の休憩所に投げ……、置いて貰って、髭の大男にカデュウがお礼を伝える。
「どちら様かご存じありませんが、ありがとうございました」
「石、頼まれた、金クレヨコセ」
独特の喋り方と共に、いつの間にか積まれていた大量の石を指差した。
「ああ、貴方が魔王さんが頼んだという……石材屋さんですか。重ね重ねありがとうございます。代金はいかほどになりますか?」
「金貨、50、枚」
言われた通りの金額を支払う。
思ったより大量に運ばれてきているので、相場としては恐らく安いぐらいだ。
「運んだ、あいつら、金クレヨコセ」
さっきの運搬も金取るのか。
顔に似合わず、なかなか細かいお方であった。
「金貨、5、枚」
運搬たっか!
とはいえ石材の方で安く見積もってもらっているのだ、気持ち良く払うべきであろう
「はい、それではさらに5枚程……。手助けして頂きありがとうございました」
金を受け取ると、不気味なまでに無表情だったその顔が、にっこりとほほ笑んだ。
やっぱり不気味な事に変わりはなかったが。
何しろ魔王の知り合いなのだ、変人なのは覚悟しておくべきだったろう。
あれ、そういえば、ドワーフと言っていたような……。
確かに髭面で物凄い筋肉質な体格ではあるけど、ドワーフ3人分ぐらいの大きさがある……。
そのまま髭面のドワーフ? は北側へと帰っていった。
無暗に強烈だったけど、これからご愛顧していく石材屋さんなのだ。
「さて、この海賊さん達、話通じるかな……」
助けたはいいものの、暴れ出されたら困る。
傭兵団の皆さんは狩りと探索に出かけているし、近くにいて戦えそうなのはアイスとノヴァド老ぐらいのものか。
「よし、パスタを作っておこう。お腹が空いて凶暴になっているかもしれないし、イスマも楽しみにしているから、パスタしかないね」
そろそろ時刻も夕暮れだ、その意味でも食事の用意が先決であった。
「多めに作れる材料で、早めに作れて、まばらな帰還時刻に対応するパスタソース……。ソーセージのポモドーロで行こう」
ポモドーロとは、トマトを煮込んで作るパスタソースの事だ。
カデュウの故郷ル・マリアや南ミルディアスでは、定番の家庭料理である。
茹でる為のお湯を沸かし、塩を入れる。若干しょっぱいぐらいがベストだ。
「トマトを潰して、塩入れて、ニンニクと一緒に煮込むっと。後はゆっくり煮込んでソース状にするだけ、実に簡単だね」
簡単で美味しい、とても優れた料理なのだ。
トマトは偉大なり。パスタも偉大なり。
「パスタを茹でて絡めるだけって状態にしておけば、いつでも美味しく食べれるよね。ソースと絡めながら作るものだと伸びちゃうけど」
夕食に帰ってくる人は多いと思われるので、かなり多めに作っておいた。
残ったら明日の朝にも食べれるという優れものだ。
……そもそも作り置き出来る料理の方が楽なのだけど。
仕方がない、パスタが食べたかったのだ。




