第60話 魔村長のお仕事
木々の倒れる騒音が響く。
材木と変えるべく、土地を広げるべく、伐採を行う音。
原生林と化しているこの森は、『古の大森林』、『エルフの森』、などと呼ばれている。
人の手がまったく入っていないだけあって、木々は大きく、木材としてもとても上質なものであった。
木の種類自体も豊富で、貴重な材木となるものも少なくないのだが、現状で必要なものは建築材なので、まだ伐採はしていない。
開拓する上で、まず必要なものは、食料、建築材、道具、そして倉庫だ。
当面は住居にしても倉庫にしても、廃墟の城を利用しているが、早めに各自の家も建てていくべきだろう。
「さて、よくぞ集まってくれた。余が魔王である。無力で特に害はないので、ただの気さくなお兄さんとでも思っておけ」
クロスを救出した一連の騒動が終わった後、住人に志願した者たちをこの開拓村に集め、開拓の準備をしていたところに、魔王がやってきた。
何やら魔王的な挨拶をするというので、こうして皆で拝聴しているのだ。
「では村長。……いや、村長というのも普通だな。魔王の村長なのだから、魔村長にするか。貴様は今から魔村長カデュウだ!」
……物凄くセンスが疑われる役職に任命された。
普通に村長でいいです、と言いたかったが、皆が拍手と笑いを贈ってくる。
覚悟して金を使い込んだ報告をした時に、『使い方は貴様に任すと言った、良いようにせよ』、と魔王から温情ある言葉を頂けたのだ。
この程度の遊びは受け入れなくてはならない。
ニヤニヤとしてる金髪ロリの師匠とか、口元を抑えて笑いをこらえる亡国の姫君などは、絶対にネタ目的で喝采してやがるのだが、細かい事は気にしてはいけない。
「魔村長よ、後は任せるぞ。余はこの辺で見守ってやろう」
「じゃあ、とりあえず良さそうな土地を耕してもらって、お婆さん等は山菜採りを、傭兵団の皆さんは伐採と狩猟と周囲の探索をお願いします。僕はターレスさんと、開拓の計画を練りますね」
「私もそれに参加しよう。何任せておけ、天才だからな私は」
「儂も年じゃからの、頭脳労働に協力しようぞ。……防衛網を考え罠を配置するのは楽しみじゃわい」
何やら凶悪な2人の参謀も計画班に加わった。
ソト師匠は、正直他に出来る事もなさそうだが。
ノヴァド老の協力は意外だった。
クリーチャー傭兵団の参謀だというので、参考になる意見が聞けそうだ。
「それでは、皆さん。力を合わせて頑張りましょう」
こうして、ようやく開拓がスタートした。
「まず、城の近くに大きめの中央広場が欲しい。そこから大通りを伸ばしていく」
「住宅はそれぞれの仕事場の近くに置くのがいいでしょうね。馬車が通れるように道は広めにしましょう。」
ターレスとカデュウで、建物の配置を考えていく。
実際の建築デザインはターレスが、建材の加工はターレスの連れてきた弟子達が行うが、機能性の部分は責任者であるカデュウも考えなくてはいけない。
「石材は用意出来んかね? 二度手間にならないように、最初から道は石畳にしておきたいが」
石材は難しいところだ、考えなしに石切り場にしてしまうと景観の破壊に繋がるし、有用な石材になるかどうかは、調査してみなければわからない。
「石材は知り合いに頼んでおいたぞ、そのうち来るだろうから代金を支払っておけ」
「知り合いなんていたんですか!?」
「昔なじみの気難しいドワーフがな。機嫌を損ねると殺されるから気をつけよ」
なんと、魔王がいつのまにか注文を出していた事が発覚し、石材は購入出来る事になった。
穴を掘っているドワーフが近くに住んでいるらしい。
気難しくて機嫌をそこねると殺されるってかなりの危険人物では……。
「街の特産品も何かあると良いんですけど……、まずは農地にどんな作物が向いているか、専門家の意見も必要です。後は飲料水ですが……」
「当面はあの水棚から汲んでくるとして、他の場所にあるかどうかは調査待ちだな」
「水源ならばあるぞ。かつてミルディアスの時代には、水の帝都アルケーなどと呼ばれていたのだぞ」
水源の情報が魔王から提供された。さすがは地元の住人。
しかし、それよりも気になる話があった。
「魔王城じゃなかったんですね!」
「当然だろう。元々この地に魔王が現れる以前から存在する城だ」
ふむ、と少し考え込んで、カデュウは魔王に提案した。
「じゃあ、アルケーの村って名前にしましょうか」
「うむ、よかろう。アルケーの村の魔村長だな」
「役職名は変わらないんですか!?」
「ははは。細かい事は気にするな」
残念ながら、変な役職名は改まらなかった。ちょっと期待してたのに……。
「それはそうと、水源はどこでしょうか?」
「貴様らが白き水棚と呼ぶ地、パラディソス・レフコス。あの周辺にかつて地下水路があった。壊れているかもしれんが、水源自体はあるはずだ」
あの美しい場所の正式名称も飛び出した。
古くからの生き証人はさすがに詳しい。
そして地下水路まであるとは。古代帝国の設備は段違いに優れている。
「城に水路はありましたか?」
「ああ、もちろんだ。ベルベ・ボルゼの死毒によって汚染されていたはずだが、今なら浄化もされた、はずだ」
「ベル……、いや死毒?」
聞き捨てならない言葉だ、飲料水の安全性に不安が出てくる。
「魔元帥ベルベ・ボルゼという毒竜がこの城を守っていてな、人間共が打ち倒したのだが、その際に城の水は汚染された。以後、300年ぐらいはどんな生物もこの周囲には近寄らなかったのだ。……まあ、例外の暇人はいたが」
「魔元帥って、魔王軍最高幹部ですよね。へぇ~、そんな歴史もあったんですか」
「魔族としての本当の呼び方は魔元帥だがな」
ついつい脇道にそれた会話に修正を入れたのはターレスだった。
「そんな事より、水が使い物になるのか調べねばなるまい」
「魔王さん。今も、城に水は流れているんですか?」
もしも城から水が汲めるのならば、大分工程的に楽になる。
ここは重要な情報だ。
「いや、大部分は機能していないな。地下2階ならば、最近でも水は流れていたはずだが」
「地下2階なんてあったんですね……。城の探索と、がれきの撤去も行った方がいいなあ」
「ふむ、となると城から水を流し、かつての水の都をこの私のデザインで焼き直すというのもアリだな。エクセレンッ! よし、それでいこう」
腹案が出来たのか、ターレスはアゴ髭をいじりながら独り言のように空を見て呟く。
「じゃ、ターレスさんはその辺の考案をお願いします。僕は……とりあえず探索結果など報告が上がってくるまでに、皆さんの食事でも作りますかね」
「期待しているぞ、カデュウ。 私はターレスのおっさんを魔術面で助言しよう」
「……ゴーレムの魔都にでもするんですか?」
カデュウのツッコミに、口を開けてうろたえるソト。
本当にそのつもりだったのか。
「な、……なぜ、私の天才的計画が、ばれたのだ?」
「……なんでもいいですけど、お金かからない方向でお願いしますね」
「若者よ、芸術に投資せよ? まあ、心配するな、効率的に考えてやるさ」
もっと街にも魔術要素を組み込むべきだよな、などと財政的に不安な呟きが聞こえるが、ソト師匠の事は忘れて、調理を始める事にした。
「よし、パスタを作ろう! 食材の中で早く使わないといけないのは……、野菜類と出入口の村で貰った新鮮な卵かな」
「野菜はサラダにするとして、卵は……。ル・マリアーノチーズやペコリーノはないから……ベルクケーゼってチーズを使ってベーコンと合わせ、カルボナーラにしよう」
ベルクケーゼというのはマーニャ地方特産のチーズらしい。
山のチーズ、という意味だ。
熟成期間は長い物から4カ月程度のものまで様々だが、今回は長期熟成の芳醇なコクがあるものを使う。
カルボナーラに使用する上での好みとしては、故郷の名産品ル・マリアーノチーズなのだが、とても高級なチーズなので資金的に厳しい。
「本当はグアンチャーレがあればいいんだけど、無いものは仕方がない」
グアンチャーレとは豚の頬肉を塩漬けにしたもの。
南ミルディアス地方で愛用される食材だ。
この他にペッパーを使うのが本来のレシピなのだが、こんな野営状態の場で贅沢は言ってられない。
「ベーコン炒めて、パスタ茹でて、卵やチーズを湯煎しつつ器で混ぜて、パスタ乗っけて、かき混ぜるっと」
手際よくかき混ぜる。
今回のパスタは太麺を使用していた。
「はい、出来上がりー。……うん、美味しい」
この料理は、実家の近所に住んでいる料理人、ラカルボ氏の考案したパスタで、何度か教わりに行ったことがある。
卵の衛生に気をつけろよ、と忠告されたが、幸い生贄さえあれば浄化出来るのでその点は楽だった。
「食事出来ましたよー、みんなに知らせてねー!」
遠出している人達には伝わらないのだけれども。
帰ってきた時はまた別の料理を作ればいい。
次は何を作ろうか、と思案する。
「……あれ? これ村長の仕事じゃないよね?」




