第56話 これなるは少女を救うための物語 3
「ちょっと、どうなってんの、これ?」
クリーチャー傭兵団の下っ端、団の中で地味だと評判高いフルトの前では想像もしていない光景が広がっていた。
計画通り兵糧の一部に火をかけ混乱させるはずが、どういうわけか帝国軍同士の戦いに発展していた。
「……あいつら、……フェイタル帝国軍ではないな? 良く見てみろ、フルト。それらしい防具をつけちゃいるが、別モノだ」
「あ、ほんとだ。気にしてなかったけど、よく見ると違いますね、メルさん」
隣に潜んでいる副団長メルガルトがフルトに言ったように、一見同じように見えるが、それらしくしているだけの別物の装備。
その連中が、正規の帝国軍に背後から襲い掛かり、兵糧を強奪しているようであった。
「……あの紋章、クースピークスだ。……狙いはなんだ? 帝国軍の兵糧を強奪する事、ではあるまい。同じように行軍出来ていたという事は、元々雇われていた可能性が高い。それを危険を冒して裏切る理由がどこにある?」
「……雇用主がもう1人居た、と考えればどうだ。それならば、裏切る理由はつくが。……目的がわからんな、たかだか1部隊の兵糧を奪ってどうなる?」
「メルさん。カデュウって子がお姫様を連れて走ってきましたよ」
「来たか。よし、フルト。護衛に付け」
「え、2人でやるんじゃ……? メルさんはどうするんすか?」
「あいつらを蹴散らして、情報を集める」
「了解っす、……ん? メルさん、後ろの方はうちの連中が潜伏してる森に突っ込んできて火つけだしましたよ!?」
「なんだと? まさか、狙いは……」
カデュウとクロスが走る先に、兵士が幾人も雪崩れ込む。
帝国軍は兵糧が燃え、同士討ちをはじめ、混乱している状態なのに。
何故か、カデュウ達を狙って立ち塞がる。
「この人達……正気の目じゃない。……魔術か、薬物?」
立ち塞がる兵士たちは、隊列も構えも動きも、全てが乱れていた。
翻弄しようと上に跳躍したカデュウを目線で追いかけ、クロスによって斬り伏せられる。
動きこそ早いが、思考も反応も鈍い。これでは……。
「まるで、機敏なゾンビだ」
「明らかに、さっきまでの兵達とは違う。先程までは整然としていたし、跳躍しただけで一斉射撃が飛んできたもの」
「……え?」
たった今、跳躍してしまったカデュウは、少しぞっとしたが、おかげで異変が起きている事だけは、はっきりとわかった。
「カデュウ、あれ」
「森が燃えてる……」
逃走ルートにするはずであった街道脇の森が、真っ赤になって煙をあげていた。
斬る。斬る。斬り進む。
付与魔術の施された服のおかげで身体が軽い。
るつぼ鋼の剣のおかげで鎧をいとも簡単に貫ける。
革であろうと鉄であろうと、おかまいなしに。
斬れる。斬れる。肉も骨も、布のように。
先生に才を認められたクロスと同じように斬り進む。
「みんな大丈夫かな……、っと」
喋りながらもゾンビのような敵を斬り伏せる。
身体強化の付与魔術と、極上の切れ味が合わさっているからこそ。
隣に息の合う、約束の少女がいるからこそ。
「森に逃げれない以上、敵だらけの街道を突っ走るしかない、よね」
「まるで先生の修行のよう。懐かしきあの血まみれの日々よ再び、ね」
「おい、こっちだ。カデュウちゃん!」
味方はどこだ、と探すまでもなく前方の影から鳴る、フルトの声。
クロスの手を引き、その場所に向け、斜めに移動する。
「フルトさん、皆さんは大丈夫ですか!」
「心配されるのはお嬢ちゃん達の方だよ。メルさんは緊急事態で敵に突っ込んだ、俺がこのまま護衛になる」
「お願いします!」
悠長に話している時間などはない、フルトについて混乱の最中にある敵陣を突っ走る。
「カデュウ、この地味な方はあなたの部下?」
「信頼できる仲間だよ」
襲い来るゾンビのような兵士を手際よく片付け、フルトの進む速度はどんどんと上がっていった。
「おいおい、地味とか言うなよお嬢ちゃん。……ちょっと気にしてるんだぜ」
「これは、申し訳ありません。腕前は確かなようなので、安心できます」
「お褒めに与り、恐悦の光栄ですよっと」
軽快に喋りながらも、フルトは控えめな動きで軽々と敵を倒していく。
華こそないが、無駄のない動きで、簡単に切り倒していく。
地味だと言われるが、その強さは怪物達の傭兵団に相応しいものであった。
おかげでカデュウ達は走るだけで済んでいる。
「こんなに強いのに、どうしてフルトさんは下っ端扱いなんですか?」
「そりゃ簡単だ。他の団員達が狂ったような怪物揃いだからだよ」
帝国軍に扮装したクースピークスが正気を失い限界を超えた筋力を発揮し、剣を振り下ろした。
微動だにしない緑色の皮膚に向けて。
しかし。その剣は皮膚を切り裂く事すら、かなわなかった。
ゴブリエル・ガーブンの鍛え上げられた肉体に阻まれ、かすり傷一つすら。
「非力なり。愚かなる同胞よりも、愚かなる者共よ」
剣を振り下ろした者の身体が吹き飛ばされ、頭は粉々に飛び散った。
同じように、次々と敵達が吹き飛ばされ、粉々に打ち砕かれていく。人がその鎧ごと、いとも簡単に引きちぎられていく。
ゴブリエルの拳と爪は、恐るべき凶器となって襲撃者たちに襲い掛かった。
……わずかな間に、その場に活動できる敵はいなくなる。
そこに南から3人の若者達が斜面を駆け下りてきた。
「む、来たか。カデュウ、フルト」
「ゴブリエルさん、あとは宜しくっす!」
「すみません、お願いします」
通りすがりに言い残した彼らのその後ろからは、大量のゾンビのような兵士が雪崩となって追ってきていた。
その大軍を前に、口元を釣り上げ、ゴブリエルは牙を輝かせる。
「腹が減っていたところだ、食事としよう」




