第55話 これなるは少女を救うための物語 2
「……ここまで来てくれるなんて。……そうね、ええ。行きましょう」
「うん、行こう。微力ながら、お守り致します、姫」
やや前方にいたカデュウが手を引き、クロセクリスを引き寄せた。
そしてすぐに、2人は並んで逃げるべき道を駆け出した。
「後はお願いします、団長。どうかご無事で」
「おうよ、楽しい戦場だ。お子様はさっさと帰って休んでな」
力強く武器を構えるゾンダの背中は、とても大きいものだった。
「ふふ。その恰好で騎士みたいな事を言われてもね。なんでそんな恰好してるの」
「お恥ずかしい限りです……。でもこれ、見た目と引き換えに性能凄いからね。クロスを助ける為に格好は選んでられないよ」
走る、走る、走る。坂道を下り、敵をかわし、木々を抜ける。
走りながらも、明るく軽快に、久方ぶりとなる会話を楽しんでいた。
「そう、それじゃ。私の可愛らしい騎士様、共に戦場を駆けましょうか」
「あはは。それ、姫の台詞じゃないね」
「あれは、ゾンダ・ゼッテ? という事は、クリーチャー傭兵団が横腹にいた? 悪い冗談だ。王殺しの情報は耳にしていたが、一体他の誰が雇った?」
帝国軍の指揮官ヴァレンチーノが驚き、呟く。それと同時に火の手が上がった。
軍の輜重隊の位置、兵糧が狙われたのだ。
「ちっ! ノヴァドの爺か、やってくれる!」
ゾンダの近くにいた、老人の姿をヴァレンチーノが見つける。
「油断したのう、小童。勝ち戦ほど気を付けなければならんのだぞ?」
「全軍! 闇雲に仕掛けるな! 怪物共が来たぞ、不意を打たれた状態で倒そうなどと思うな!」
「相変わらず、可愛げのない陰険な奴だぜ。ほら、かかってこいよ」
大きな声で皮肉るゾンダに、決して近づかないヴァレンチーノ。
少数でしか襲い掛かれない今の戦場で戦うべき相手ではない、と判断していた。
向こうから襲い掛かってくるのならば、対応策もある。
「攻めてこない。という事は、奴らの目的は、先の逃亡者を守る事、か。何の為に、あれは誰だ? ルクセンシュタッツ方面から逃げ出した不審な者、となれば……」
「さあ、やろうぜ!」
「よし、急ぎルクセンシュタッツまで撤退せよ! 奴らを相手にするな!」
フェイタルに最初期から仕え続けた軍師、神童と呼ばれたヴァレンチーノの推察と決断は早かった。
「え? 戦争しないのか?」
「あいにくと戦う理由がない。用もない亡国の姫を1人捕まえるのに、お前らの相手などしていたら、損害と釣り合わないからな」
「えー、つまんなーい。遊ぼうぜー?」
心底残念そうな表情のゾンダに動じず、ヴァレンチーノは言葉を返す。
「それなら、お前達も早く追いかけた方がいい。後ろには傭兵団クースピークスが潜んでいる、あの暴徒共がな」
「……何?」
クースピークス。数多ある傭兵団の中に置いて、最悪の暴徒と言われる者達。
その総数は傭兵団最大数であり1万人を超えるとも言われている。
並の国家よりも遥かに多いその構成員達は、最悪のクズ達で固められていた。
賊徒よりも暴虐の限りを尽くすという、その風聞は、クースピークスという傭兵団を的確に言い表す一切脚色のない言葉だ。
「ゼップガルドの脳筋王をハメる為に雇って、我らがフェイタル帝国軍もどきの格好をさせたんだがな。それを着たまま、後列にいるんだよ」
「……おいおい。軍と戦うのかと思ったら、まさか虫潰しの仕事になるとはね」
「あのクズ共が、暴れるきっかけが生じたのに大人しくするものか。いや、違う。奴らは暴れる為にいたのだ。……僕も計られたな、裏で絵図を書いている奴がいるぞ」
いかなる手段を使ったのか、その状況を眺め鑑賞を楽しむ者がいた。
いかなる手管を使ったのか、その状況を操り干渉を愉しむ者がいた。
ごく一部の同類達からは、店主と呼ばれる者。
あるいは、そう。
――物語の編纂者、と。
「さあ、配役は整った。さあ、舞台は整った」
「これよりは我が“鍵言術”にて記録しよう」
自身の言葉に高ぶるように、店主は何かに語りかける。
あるいは、独り言を。
「物語を。物語を。――さあ、物語を、はじめよう」




