第53話 クロセクリスの逃避行
敵の気配を感じ取り、避けながら外を目指す。
敵の侵入を許した王城こそが最大の難関であった。
まともに外に出ようとすれば、敵と遭遇する事は確実だ。
クロセクリスが取った手段は、およそ姫君とは思えない行為である。
「カデュウと一緒に、先生に教わった事がこんなところで役に立つとは。人生何があるかわからないものね」
窓から出て、外壁を伝う。まるで暗殺者の如き動きで器用に張り付いて移動していく。
そのまま王城の内側に生える背の高い木に飛びつき、勢いで中央区との間を区切る城壁へと跳躍した。
まだ、城の制圧はされておらず、壁を見張っているはずの兵達も戦いに向かったのだろう、城壁の上部には誰もいなかった。
見つからなうちに城壁を張り付いて下っていく。
「こういうのはあまり得意ではないのだけれど……」
ゆっくり慎重に降りていく。ここでしくじっては逃げ出した意味がない。
城の中から中央区へと行けば、当面は安全だ。
夜という事も手伝って、気付かれずに抜け出せている。
「王城をいきなり攻めた、という事は、いたずらに街への被害を出す気はないという事。ならば、中央区や西区は安全となる……」
「問題は、街を出た後。後詰と遭遇する可能性も十分あるし、食料や水という問題もある。といってもお金は持ってない。……ならば敵も想定していない事をしましょう」
目立たないように街の外に出て、街道を使わず山を駆け回る。
それがクロセクリスの考えだした逃亡策であった。
木々が茂る箇所を移動すれば、隠れやすいだけでなく食料や水の調達が用意になる。
「時間があればこの服も変えたかったけれど、ああも急では仕方ないわね」
中央区の城壁をよじ登って、外部へと降り立った。
西か東、どちらかの門番に説明して開けてもらう事も出来たが、敵の占領下におかれた時に問い詰められ口を割らないとも限らない。
正規ルートには敵が待ち構えている事もありうるし、民衆に見られてもやはり情報が漏れてしまう。
極力、敵への情報を与えない為には、こっそりと外へ抜け出す事が最善だ。
そうクロセクリスは考えていた。
しかし、敵の動きは遥かに想像を上回っていた。
フェイタル帝国軍の後詰はすでに付近まで迫っていたのだ。
ひとまず南にいるファルネーゼ将軍の拠点に向かおうと考えていたが、すでに南方面は封鎖されていた。
まだ逃げられそうなのは北側のみ、クロセクリスに選択の余地はなかった。
逃亡してから丸1日が過ぎた。野山を駆け回っている為に、進みは遅いがこの調子で行けば無事逃げられる。
寝ずに進み続けたので疲労も溜まってきていた。
「ゼップガルドも当然落とされているでしょうね……、どこかの村落に行った方がいいのかも」
その時、茂みをかき分ける音が聞こえた。
身を隠すが、段々と近づいてくる。しかも、複数だ。
「フェイタル帝国軍……!」
いつの間にか街道の付近まで来てしまったのだ。
曲がりくねる山道だから避けるのは難しくはあるが、それでも気を付けなければならなかった。
どうするべきか。見つかっているのか、まだなのか。
「おい、そこに何かいるぞ」
まずい。夜目が利く兵士だ。
どんな種族なのかなど、考えている暇はない。
もはやクロセクリスの道は強行突破以外になかった。
逃亡を選択したクロセクリスの目に、厳しい現実が伝わってきた。
街道一杯に展開している帝国軍、向かう方向と数からしてゼップガルドを攻略した後の後詰の軍のようだ。
「それでも、会わないと。約束が、あるもの。……カデュウ」
クロセクリスに唯一残ったものは、その約束だけであった。
それだけが生きる理由であったとも言える。
王女としての暮らしも国の事も、クロセクリスの未練にはならなかった。
幼馴染のカデュウと遊んでいた頃だけが、心から楽しめた時代なのだから。
正面に立ちはだかる者は斬り捨て、クロセクリスは敵の少ない方面に走り出した。
当てもない逃避行を、思い出を糧に進んでいく。




