第51話 滅びのルクセンシュタッツ
その日。何事もない平穏の日々は、突如として崩れ去った。
ルクセンシュタッツ王国は、山国であり、隣接している国々同盟国ばかり、唯一関係が良くないのは、過去の宗主国であったクレメンス連合のみ。
現状ではクレメンス連合の方面さえ気を付けていれば、問題はないはずであった。
国軍を率いるのは若き名将と謳われるアレク・ファルネーゼ将軍。
独立戦争の際に本来の指揮官が戦死した後を引き継いで、クレメンス連合の大軍を撃退した英雄だ。
敵国となるクレメンス連合方面に拠点を構え日夜警戒を怠らない。
だからであろう。
油断とも言えない油断、想定外の事態が起きたのは、必然でもあった。
「陛下! すでに城内に侵入を許してしまいました。敵の紋章はフェイタル帝国のものです!」
連絡役の兵士が慌てた様子で、国王ルメーゲに報告を行う。
戦争をして負けたわけではない、突如として城内に侵入を許したのだ。
それも、隣接していないはずの国から。
フェイタル帝国が攻めるとすれば北からとなる。
ルクセンシュタッツの北にはゼップガルドがあり、攻められるにしてもそちらが陥落してからのはずだ。
小国が維持可能な兵数で、同盟国側に戦力を割くのは合理的ではない。
だが少なくとも見張りによる警戒はしていたはずだった。
何の知らせもなく王城に侵入を許すなど、想定出来るはずがない。
「敵将は、誰だ」
国王ルメーゲの重い声。
威厳あるその声は、兵士の狼狽を消し去った。
「フェイタル帝国八軍将筆頭、カール・リヒテルであります!」
「白霧騎士団か……。得心がいったわ」
白霧騎士団。フェイタル帝国の中でも最強と言われる精鋭中の精鋭部隊。
カール・リヒテルが対フィーネ帝国に育て上げたこの精鋭部隊は、少数で戦い続けなくてはならなかった由来から、特に奇襲を得意とする。
霧の如く現れては消える事から呼ばれた名だ。
「しかし、どこから城に入った? 王城へ侵入する前に最低でも街の城壁を攻略しなくてはならないはずだが……」
ルクセンシュタッツの王城に辿り着くまでには、西区東区のどちらかの城門と、中央区へ繋がる城門を落とす必要があった。
「それが、その……。王家の隠し通路から侵入されたのではないか、と」
「なんだと? あれはそれこそ王家にしかわからぬもの、となると……」
ルメーゲは考え込む。
確かに隠し通路以外に、気付かれず王城へ軍を送り込む手段はない。
恐らく、この兵士の言っている事は真実だ、と悟った。
「お父様」
ルメーゲを父と呼ぶ者、娘であるクロセクリスが玉座へと歩み寄った。
兵士は、慌てて脇に控える。
「クロセクリス。この城はもうすぐ落ちる、今のうちに逃げると良い。街の城門はまだ安全だ」
「お母様、ですね。手引きをしたのは」
クロセクリスが確信しているように、王妃ディアーナの名を挙げる。
特に仲が悪かったのは確かだが、王妃の精神状態はここ最近、特に異常なものとなっていた。
「ディアーナだな、間違いない。……私は長年のツケを払う時が来たのだろう。だが、お前は違うな? 約束が、あるのだろう?」
「はい。お父様、これまでありがとうございました。寂しくなりますが、もはや時間もありません」
「ああ、早く行け。間に合わなくなるぞ」
最後に一礼をし、クロセクリスは走り去る。
それから僅かな空白の時間、ルメーゲの前に現れたのは予想通りの男であった。
「久しぶりだな。……カールよ、元気にしておったか」
かつて共に仮面王を打ち倒した戦友。
カール・リヒテル。フェイタル帝国軍八軍将筆頭。
“竜殺し”の異名で呼ばれる、歴戦の老将。
「ルメーゲ、老いたのう。仮面王戦争で共に戦った時とは大違いじゃ」
「王などになるものではないな。実につまらなくもくだらない、充実した陰湿なる日々だった」
「……そうじゃな。儂が言うのもおかしいが、あの女はいかんのう」
「いやいや、あれで可愛い所もあるんだ。娘相手に嫉妬して、ついには国を売り渡すのだからな」
政略結婚で結ばれたディアーナは、有力貴族の一族の代弁者として、既得権益を守り改革に抵抗し続けた野心家でもあった。
その精神状態がおかしくなったのは、自身では愛情を抱けなかった娘に、ルメーゲが満面の笑みで接した時。
娘相手に嫉妬したディアーナは、過去の所業を後悔し、今更ながらに夫を愛していたのだと理解してしまった。
以後、精神を病み続け、やがて発狂し、夫を道連れにして死を選んだ。
こうして、今日、国を崩壊させる事によって。
「姿は老いたが、まだまだ我が師より授かりし剣腕は衰えておらんぞ?」
「戦友よ、それは嬉しいのう。……しからば、闘ろうぞ」




