第45話 カデュウむかしばなし
拠点契約は結んだものの、クリーチャー傭兵団はまだ出発準備があるらしい。
カデュウ達は馬車の買い付けに行き、その後またミロステルンにて合流する手はずになっていた。
今はルクセンシュタッツへと向かう道中、草原が広がるミロステルン東部の肥沃地帯の街道を通過している。
時刻は夜、初日の野営を始め食事を食べている所だ。
乾麺のショートパスタを仕入れ、鼻歌交じりにカデュウが調理したものである。
茹でる時に水を使うので、旅の保存食としては微妙なのだが。
そこは工夫して水を再利用しスープパスタとしていた。
食が豊かなミロステルンで仕入れた新鮮なトマトがベースだ。
そこにベーコンやニンニクを投入し、塩で味を整えてある。
「そういえば、カデュウは」
「うん、何? アイス?」
「なんでそんな、暗殺者なんです?」
いきなり酷い言われようであった。
おかしい。パスタを食べたはずなのに、何故?
「そんな……って、そこまで暗殺者ではないと思うんだけど」
「ほう、ならばアサシンか」
「アサシンでもありませんっ! 僕が習ったのは護身術ですよ、ソト師匠」
「では、折角の機会だ。カデュウがどんな事を教わったのか聞かせてもらおうか?」
「私も知りたいです。同じ人斬りなのに大分違いますよね」
密かに同類扱いされてたらしい。
え、もしかして最初から割と好意的だったのは、人斬り仲間だと……?
「いいですよ。色々誤解が多いですしね」
「僕が教わったのは交易商人向けのものでした。先生はそう言ってました」
――昔の話。先生に教わっていたあの修行の日々。
僕はあの頃、クロスという同じぐらいの年の子と一緒に教わっていた。
「敵は殺せ。静かに。気付かせず」
「はい、先生」
徹底的に教え込まれた。殺し方。剣技。体術。魔術。薬学。
野外について。歴史について。世界について。暗殺について。冒険について。
「敵を倒したからと油断するな。とどめを刺せ。残心、この心構えを常時もて」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
何をしてもかまわないので奴らは良い練習台になる、と先生は言っていた。
「お前は才が無い、才有るものに勝てない。だから工夫しろ、ありとあらゆるものを武器に変えろ、状況と環境を支配しろ」
「はい、先生」
試合はいつもクロスと戦った。
いつも負けた。僕は才能がない。
「お前は剣の才が無い。魔術と薬を学べ、才が無いのなら工夫で補え」
「はい、先生」
攻撃魔術よりも補助魔術を多く教わった。
特に戦闘中に使うものは徹底的に短縮詠唱を仕込まれた。
「お前は才が無い、我が剣技を学べ。魔術を取り入れた小手先の児戯だが、少しは役に立つだろう」
「はい、先生」
魔術を学んでクロスと戦った。
ほとんどが負けた。僕は才能がない。
「学べ。生きろ。死んだらそこで終わりだ、敗北など後でどうとでもなる、生きろ」
「はい、先生」
動けなくなっても先生が治してくれた。
大したことはないと言っていたので大した怪我ではなかったのだろう。
「学べ。考えろ。最善を考えろ、思考を放棄するな。どうすればより良い結果に繋がるか考えろ」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
盗賊のボスを斬ってから走り出す。逃げる練習だ。
「敵は殺せ。生かすと恨みを残す。意識の外から攻撃しろ。静かに。気付かせず」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
逃げる練習の後は伏兵の練習だ。
見失わせてから殺すと才無き者でも簡単だと教わった。先生の言うとおりだ。
「敵は殺せ。狩れ。残らず。年寄りであろうと、子供であろうと、情けを見せるな。常在戦場、この心構えを忘れるな」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
盗賊たちはクロスより弱かった、良い練習台になった。先生の言うとおりだ。
「敵は殺せ。時間があれば死体を隠せ。なければ死体を囮にしろ。状況と環境に応じて殺せ。工夫を考えろ。常に有利な状況で戦えるように考え抜け。それが才無き者の務めだ」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
先生は盗賊と言っていたけれど、相手の武具はいつもより質が良いものだった。
鎧の隙間を狙うのに手間取った。
「考えろ。最善を考えろ。いかなる状況でも自分が果たすべき役目を考えろ。思考を放棄するな」
「はい、先生」
練習で盗賊を襲った。
先生は盗賊と言っていたけれど、魔術が飛んできた。
多彩な攻撃は派手でロマンがあった。でも脆かった。
山奥の崖の上でクロスと話した。
「クロス、どうしたの」
「カデュウ、私の家族は父様と、あなただけ」
「そうだね」
「一緒に、冒険者になりましょう? 昔、先生がやっていたという冒険者」
「僕、交易商人にならないといけないんだよ」
「冒険をしながらやればいいじゃない、ね?」
「うん、それはいいね。冒険者になろう」
約束をした。心から笑顔になった事を覚えている。
「お前は才が無い。人を使え。敵を使え。物を使え。環境を使え。どこで何をすれば最も目的に近づけるかを考えろ。意識をもって全てを支配しろ」
「はい、先生」
クロスと共に連携して戦う訓練。
ひたすら、ひたすら。敵が、味方が、何をするのかを考えた。
敵を倒すのは自分である必要はない。最終的に目的が果たせればそれで良い。
「殺せ。心を殺せ。感情など殺せ。プライドなど最も役に立たないゴミだ、殺せ。必要なのは感情ではない。結果だ」
「はい、先生」
交易についても教えてもらった。
かつて商人をしていた事もあると言っていた。
懐かしい、と感慨深そうに先生が笑っていた。
「殺せ。心を殺せ。怒りなど意味はない。発言と行動を考えろ。最善を考えろ。必要なのは感情ではない。結果だ」
「はい、先生」
先生が戦う姿は見た事が無い。
剣技を、魔術を、見せてくれることはあったけれど。
どれも僕達にわかりやすいようにしたものだった。
僕が先生に抱いた不満は1つだけだった。
パスタにあまりこだわりが無い事だけだった。
「――と、こんな感じでした。どうです、しっかり交易商人でしょう?」
「どう考えてもアサシンの修行にしか思えないんだが。……ドン引きだよ」
ソトの評価は厳しかった。
ドン引きされた。
「うーん、割と私と似てるね」
「やっぱり同類でした! お爺様の修行と似てるとこありますね」
良かった、賛同してくれる仲間がいた! ユディとアイスが何やら頷いている。
でも狂犬の人斬りと同類扱いはやめていただきたい。
「え……いや、ちゃんと交易の事も教えて貰ってますよ?」
「むしろなんで交易商人に暗殺修行が必要なんだよ。お前の先生おかしいよ」
「いえこれは護身術――」
「積極的に暗殺する内容だったんだが。護身どころか先制攻撃してるよな」
「やられる前に殺れ、って教わりました。敵の排除こそが最大の護身だと……」
「まぁ、考え方としては間違ってないんだが……、それアサシン思考だからな?」
呆れた表情でソトが指摘する。
「お爺様も、お爺様の友人の人も、同じことを言ってましたよ!」
「うーん、父さんはそんな事したら楽しめないって言いそう」
「うわ、こいつら全員おかしい教育受けてやがる」
「よかった、仲良しさんですね。ソト師匠もおかしな魔術師ですし」
といいながら、カデュウは自分だけはおかしくないと思っているのだが。
「ああん?」
「ほら、パスタですよ。落ち着いて」
「これで落ち着くのはお前だけ、……もぐもぐ。……うまい」
ソト師匠のご機嫌は直った。やはりパスタは万能だ。




