第42話 フェイタル帝国の南征
マーニャ地方中部に位置する軍事大国、フェイタル帝国。
その帝都カイゼルフィーネには、帝国の軍を預かる者達が集まっていた。
精鋭軍と名高いフェイタル帝国軍の頂点。
帝国八軍将。
皇帝によって任じられた、精鋭軍と名高いフェイタル帝国軍の頂点である。
その中の1人、父の後を継いだ最年少の若き天才、フェリックス・フォン・ルーゼンシュタインが口を開いた。
「情報によると、グランハーブスは北東ルース地方と緊張が続いております。南方を攻めるなら機は今かと思います」
その意見にジャック・ボードが反論する。いかつい顔と体格で、“腕斬り”と呼ばれる猛将である。
「しかし、グランハーブスは大国だ。二面同時に戦をする事も出来るぞ」
「来たら来たで、また私とエドウィン殿で撃退すれば良い。心配するな」
最初期からフェイタルと共に戦い続けてきたエルフ、ウェルフィンベル・アーガイオは余裕の表情でそう返した。
「おいおい。私の仕事を増やさんでくれよ? ただでさえ忙しいんだ」
亡国の王子でもあるエドウィン・バインレーゼンは帝国の内務外務など各方面で仕事を任されており、フェイタル帝国で最も多忙な人物の一人であった。
「海上から来るならば私の艦隊もいるわ。中途半端な戦力で仕掛けてきたって、またやられるだけというのは、向こうもわかってるでしょう」
八軍将紅一点のヒルディア・ローゼンベリは海軍を一手に委ねられた提督だ。
その本領は苛烈な攻勢にあり、防衛戦においても積極的に敵を追い詰める海戦の名人である。
「こちらのルートで調べた情報でも間違いない。ルース地方の大国、オクセンバルトを怒らせたらしい。南部同盟の攻略は今が機だね」
子供の頃からフェイタルの傍にあった最古参の一人。
軍師としてフィーネ帝国との戦いを勝利に導いた神童、ヴァレンチーノ・レーヴェンサレルもまた賛同した。
「儂は反対じゃがな。グランハーブスの奴らが北東で忙しいのなら、背後から攻めるべきじゃろう」
帝国八軍将筆頭にして皇帝フェイタルの師でもある、老将カール・リヒテルは静かに口を開いた。
「……報いには報いを」
フェリックスの親友にして同じく最年少のルクシェル・アドリアンソーンは、独特の言葉でカールの意見を肯定した。
「グランハーブスが散々やってきた事に報いてやれってか、私はそれでも構わんぞ」
「ヒルディア殿。奴らと戦うには地力が必要です。強さでは申し分ないが、我らは持久力に劣る。国力に差がありすぎます」
「フェリックス、まずは報いとやらを南部同盟にも与えないとね。君と同意見だよ」
「その通りだ、ヴァレンチーノ! 仁義にもとるゼップガルドや南部同盟も許せん! 断固打つべし!」
「ジャック。お前さっきと意見が逆転してるぞ」
ジャックの顔を見つつ、困った顔で溜息をつくエドウィンに同調し、カールも呆れ顔でまとめにかかる。
「つまり話をまとめると、南部同盟を攻めるべしという意見が多いわけじゃな」
「好戦的な奴らだ、まったく。何をするにしろ守ってやるから好きにしろ」
防衛戦の名人ウェルフィンベルは興味なさそうに呟いた。
このエルフにとって領土の話は興味のないものなのだ。
その時、作戦会議室の扉が開く。
直ちにその場の全員が起立し姿勢を正し敬礼を行う。
皇帝フェイタル・ブロウ・ブランダムが入室したのだ。
皇帝というより戦士、武人と言うべき凄みのある風格の持ち主だが、生涯を戦場で戦い続けている、という経歴の持ち主なれば必然と言えよう。
「話は決まったか」
「陛下。皆の意見は南部同盟の攻略が大勢を占めますな」
八軍将筆頭のカールが代表して意見を伝える。
「理ではない。義でもない。弱か強か、弱きか強きか。それが全てだ。それが民を、人を、守るという事。守れぬ者に、王たる資格などない」
威厳と威圧感たっぷりにフェイタルは告げる。
顔からは少々老いも見えるが、その覇気はいささかも衰えていない。
「その通りです! 陛下!」
「ジャック。お主、さっきは仁義がどうとか言うておらんかったか?」
「陛下。御意志、承りました。直ちに南征の手筈を整えましょう」
流れるような動きでヴァレンチーノは右足を引いてお辞儀をした。
「ヴァレンチーノ。仔細は任す、お前ならばもう案は出来ているであろう」
フェイタルのその言に答えるようにヴァレンチ―ノが頭を上げた。
「は。それでは私の案を披露させて頂きます」
作戦会議室の地図と駒を使い、配置をしていく。
その大胆な作戦案に八軍将達も驚いた。
「奴らの厄介な点はノイエンガルド城を盾にした後方国の援軍と、ゼップガルドの機動力に優れた精鋭軍にある。ならば、話は早い」
そして、ヴァレンチーノが駒を指で差す。
「南部同盟の同時攻略、援軍など送らせなければ良い」
「――なるほど。しかしこれは長引けば不利だな? ノイエンガルド城がそう簡単に落とせるか?」
慎重派のエドウィンが懸念を示す。
「かの名城は私にお任せ下さい、ヴァレンチーノ殿」
「フェリックス、君が色々細工をしていたな。僕がやっても良かったが、では任せる。ゼップガルドには僕が当たりましょう。カール老、ルクセンシュタッツを頼めますか」
「あの王は、仮面王相手に共に戦った知り合いじゃ。引き受けよう」
「ヴァレンチーノ! 俺に任せろ! 軟弱な奴らなど蹴散らしてやるわ!」
「では。ジャック殿にはベルマイヤーを任せよう。ミロステルンはルクシェルに行ってもらう」
「報いを与えよう」
「それぞれの担当地域が終わったら隣国へ向かって補佐を行う、作戦上どうしても兵数は限られてくるからね」
軍師ヴァレンチーノの作戦概要は伝えられた。
最後に、フェイタルが全員を見据えて重い声をあげる。
「決まったな。では出陣せよ。手こずるようなら儂も出るが……貴様らに任せておけば問題あるまい」
「は!」
皇帝フェイタルの意の下に、フェイタル帝国軍が動き出した。




