第32話 交易ギルドの馬車マニア
「この辺りですね。……あ、あの看板の建物でしょうか」
交易ギルドと書かれた看板が掲げられた石造2階建の建物は、誰でも気軽に入れそうな内と外と繋がっている店構えであった。
馬車を置く為のスペースも用意されている。南門付近の大通りの建物なので外からそのまま入れるのだ。
「ほう。色々な物売ってるんだな。俺はちっとこの辺見てみるわ」
「それじゃ、僕らは中で話を聞いてきますから」
「おう」
交易ギルドの商品はあまり需要のない商品や、商会に所属していない職人や農家の委託販売品など、様々なものを取り扱っている。
必要とする品を必要とする者に届ける、という方針の下に運営されるこの団体では、独立したばかりの職人の保護も行っており、基本的には質を問わなければ安い、といった品揃えだ。
農家には一般販売スペースを貸し出したり、他の店に卸す為の仲介も行っている。
興味津々に雑多に並ぶ商品を眺めるシュバイニーをその場に置いて、カデュウ達はギルドの奥へと入っていった。
ギルドの中はどこか光量が少なく、暗い印象を受ける。
何人か職員以外の客もいるようだが、その数は少なかった。
気兼ねなく質問ができそうだ。
「すみません、聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
カデュウは暇そうにしている職員を捕まえて話しかけた。
穏やかな表情の若い男性の職員である。
「はい、どのような話でしょうか?」
「馬車の購入を考えているのですが、腕の良い車大工がいたりするような、おすすめの街ってどこかありますか?」
「馬車! いいですよねえ馬車! 馬車は大好きですよ、私。なんっでも聞いてください。一般的には、グランハーブスやガルフリートの職人が有名ですね。大手商会所属の職人ならば、自前でその馬車を扱うわけですから腕も信頼出来るでしょう」
物凄いテンションの変化で、ノリノリの職員がそこにいた。
穏やかだった顔が一転して、熱い勝負をするギャンブラーのような表情に変わっている。
どうやら馬車マニアだったようだ……。
「なるほど。確かに商会では馬車職人も必要でしょうね」
「……実は最近面白い職人を見つけたんですよ。まだ商会には所属していないのですが、時間の問題でしょうね」
「どのような方なのですか?」
「ルクセンシュタッツ在住のルドルフ・バーリって若き天才職人ですよ、私のおすすめは断然ここです。機能性よりも箔や格式を求めるなら、有名商会のものをご紹介しますけど」
機能性重視の天才職人。まさにカデュウが求めていた情報に思えた。
馬車マニアの熱の入り方からしても、信用できそうだ。
「良いですね、僕達が求めてる品物な気がします! 機能性が一番重要ですよね」
「お、わかります? お金持ちや、お金持ちと付き合いがある人々は、ついつい箔で格付け勝負をしがちなんだけど、肝心なのは使い心地ですよね。馬車好きとしては、この職人がおすすめです」
「ありがとうございます、とても有益な情報でした。良ければその方の住んでいる場所を教えていただけますか」
「ええ、もちろん。少々お待ち下さい」
さらさらと、何も見ずに紙に住居の区画や位置を書いていく職員。
さすがに詳しい。
「助かります。どうもありがとうございました」
「何、無名の職人を支援するのも交易ギルドの務めです。この街じゃあまり馬車の需要がなくて……、他所の街に引っ越そうかなあ……」
馬車マニアの職員に苦笑し、別れの挨拶をして、シュバイニーの元に向かった。
シュバイニーはなにやら難しい表情で包丁を見つめている。
「お待たせしました。包丁を見つめているんですか?」
「ああ。……カデュウの剣もそうだったが、この辺りの刃物は切れ味が悪いな」
「そうなんですか? シュバイニーさんの国だと全然違うんでしょうか?」
シュバイニーは腰につけた剣をカデュウに手渡した。
物凄く独特な……まるで鋼の木で作られたような複雑な木目模様の剣だ。
魔術を付与された武器のような神秘性も感じる。
「一目見りゃわかるだろ? こっちの国だとこういう刃物を見た事がなくてな」
確かに、圧倒的な品質の違いを感じる。
神秘的な模様とは裏腹に何でも容易く切り裂けそうな、そういう剣であった。
「そういえば……、この間変わった剣を拾いましたが……」
「ああ、野営の時にもってきた奴か。そういやしまったまま忘れてたな」
修道院から帰っていた深夜に、異変に気付いて偵察にいったら死体がごろごろしていたので、楽しく漁った時の戦利品である。
ごそごそと、背負った袋から剣を取り出すシュバイニー。
……持ってきているのか。
「どれどれ。……こいつは驚いた、俺の剣より見た目は無粋だが、切れ味という点では匹敵するかもしれん」
「え、そんなに凄いものなんですか? 確かに独特の輝きですが」
「製法が恐らく近いな。こいつはるつぼ鋼と言われる特殊な鋼鉄だ」
「るつぼ鋼?」
「ああ。これなら鉄ぐらい切り裂ける。敵の鎧ごと貫ける代物だな」
「そんなに……! 売ろうと思ってたけど、勿体ないですね」
「お前が使ったらどうだ?」
「はい。僕のロングソードと同じぐらいの長さですし、丁度いいですね」
かざして眺めていた剣をしまい、カデュウは少し嬉しそうな表情で後ろを向いた。
「次は村の開拓をどうするかだね、とりあえず中央広場に行こうか」




