第29話 はじめての村人
魔王を知る者達、カデュウとイスマとアイスがそちらの方に駆け寄る。
「魔王さん!」
「……魔王だ」
「今日はあまり重圧を感じませんね?」
そういえばそうだ。
アイスの言う通り、あの魔王の恐怖の重圧をまったく感じない。
「言ったであろう? 言ってなかったか? 私はあの部屋に封印されている。部屋の外では何の力も出せんよ。――無害な、ただの魔王だ」
「ただの魔王って……、そこはただの人間とかじゃないんですか」
「ふむ。それもそうだな。……して、そこの者達はなんだ?」
ソトとターレスを見て魔王が尋ねる。
「あちらが、僕らの仲間であり指導者をしてくれているソト師匠です」
「どうも、ソトです。天才魔術師です。よろよろ」
丁寧そうでいて軽い調子で挨拶するソトは、魔王に対してとてもニュートラルな態度である。
普通にはじめて会った知らない人、ぐらいの調子だ。
「こちらが、創造性溢れる場所を見たいとか言ってた依頼者のターレスさんです」
「本物の……魔王? この服の意匠、間違いなく古代ミルディアス帝国の皇帝のもの……」
魔王に近づいてその豪華すぎる服装をじっくり眺めるターレス。
なんと無謀なおっさんだろう。こちらはこちらで変わった対応だが、ソトよりは驚いてはいそうだ。
「これ、無礼であろう。しかし目利きは出来るようだな。こやつが最初の住人か?」
「住人ではないんですが……」
「ん? 住人とは何の事だ?」
いぶかしげな表情で、ターレスはカデュウの方に説明を求めてきた。
「実はこの魔王城では、街を作ろうという計画で人を集めておりまして。この何もないところを開拓していこうというわけですね」
「ほう……そのようなプランが。――よし、私に任せたまえ」
「は?」
「私がこの街のデザインをしてやろうというのだ。街全体の統一されたデザインを私が担当するというのは良いな、とても良いチャレンジだ。そして何より、ここには創造性が刺激されるものが沢山ある。それだけで住むに値するというものだ!」
突然、予想もしていなかった事を言い出すターレスに戸惑うカデュウは、ついつい聞き返してしまった。
「あ、はい。……え? 本当に住んで、しかもデザインまでしてくれるんですか?」
「一から都市のトータルデザインに関われるなど、芸術家にとってこんなに嬉しい事はない。任せたまえ、あの幻想的な白い水棚やこの城に調和する素晴らしいデザインにするとも」
「というわけで最初の住人のようです、魔王さん」
適応が早いのが長所なカデュウは、すぐに切り替えて最初の住人誕生を魔王に紹介するのであった。
「そのようだな。まさか最初の住人が芸術家とはな。ははは」
「それじゃあ、城の内部を適当に使ってください。魔王さんの部屋以外ならどこでもいいんじゃないでしょうか、多分」
「好きに使うがよかろう。どうせ誰もおらん壊れた城でしかないのだ」
「了解した。早速戻って支度をしてこなくては。住むところは城の内部に勝手に用意するとして、食料は私ではどうにもならん。そこは早急になんとかしてほしい」
「先に食料供給を用意してから他の分野へ、と考えていましたからね。まさか最初が芸術家なんて思いませんでしたよ」
「そちらが用意出来たら私も移り住むとしよう。今のままでは自殺と変わらんからな」
話のオチなのだろう、ターレスは冗談交じりにおどけてみせた。
「城にもまだ生きてる機能が残っているかもしれん。その辺りも追々調査し、使えそうなものは好きなように使うが良い」
「かつての魔王城の機能、ですか。なんだか凄そうですね、あの転移陣だけでも物凄いものでしたけど」
「地下には錬金術や魔術の実験棟もあったはずだ。シフィタークめに封印されているが開ける手段があれば良い物があるだろうよ。魔物召喚の部屋は徹底的に壊されておったが、それは当然であるな」
「まだ生きている設備もあるかもしれないのですね。……開拓が始まったら調査してみます」
何しろ伝説の魔王城だ。様々な機能が眠っていてもおかしくはない。
その辺りをうまく活用出来れば、世界でも珍しく面白い街になりそうだ。
「それでは、魔王さん。また街に戻りますね」
「うむ、また暇に……いや寂しくなるな」
言い繕っているが、暇になる事が最大の問題なのはカデュウはすでに知っている。
「ではまたですよー」
「……ぐっばい」
アイスやイスマから雑な挨拶を受けたところで、シュバイニーが魔王の正面に立った。
「挨拶がまだだったな。イスマイリの守護者、モルハン・シュバイニーだ。アンタならイスマが上手く力を使えない理由がわかるんじゃないか?」
「……はっきりとまではわからん。だが、根本的には供給が絶たれているのが問題なのだ。ならば供給が出来るようになれば問題は解決するのではないか」
「何故、絶たれているのかは?」
「環境の違い、であろうな。逆に言えば環境を近づければ良い、という事でもある。……そこでだ、丁度、好きなように開拓していいと持ち主が許可を出している土地があろう?」
「……そういう手があったか」
「上手く利用すると良い、貴様らも目的が出来てやりがいになろうて」
「感謝する」
満足そうな表情で話を終えたシュバイニーがカデュウの肩を叩く。
「……つまりカデュウと目的が同じとなった、よろしく」
イスマの言う事はよくわからないが、なんとなくわかったような気もした。
「もちろん。これからもよろしくね」
さて、これで早めに開拓の人員を集めなくてはならなくなった。
本格的に開拓の方を進める時が来たのかもしれない。
「――あら、面白い話をしているじゃない?」
聞き覚えの無い誰かの声。
気が付けば、見知らぬ女の人がそこにいた。
それは幻想的な、不思議な、そうした空気を纏う――。




