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第39話 そして、はじめまして

 見知らぬ子が、カデュウの顔をのぞき込んでいた。

 見知らぬ子が、何も言わずにただのぞき込んでいた。

 幼くも整った顔立ちは、まるで人形のようだった。

 静かに、じっと見つめ合う。


 暗い。

 暗い場所のようだ。


 意識が少しずつ目覚めていく。


 ここは、どこだろう。

 天使のお迎えなのだろうか。

 死んでしまったのか、これから死ぬのか。


 ――まだ、生きている。


 少し混乱していた思考が徐々に正常なものへと戻っていく。

 

 そうだ、転移してしまったのだ。


 ここはどこであろうか。

 別の国? 異なる世界?


 ――わからない。


 状況の確認が先決だった。


 視線を動かして周囲に視野を広げる。

 暗くてよくわからないのだが、聴覚の補助もあってどうやら建物の内部だとはわかった。


 ゆっくりと手を握り、開き、握り、開く。

 身体が動くことを確認し、起き上がった。


「――【仄かなる蝋燭(カンデラ)】」


 魔術を使い、明かりを灯す。

 光源を作る魔術を覚えていて幸いだった。


 ここはパネ・ラミデの遺跡とはまったく異なった様子だった。

 ボロボロではあるが豪華な意匠の壁や扉だ。


 中央には周囲の石材とは別の、劣化の少ない円形の床になっている。

 その円形部分には模様が描かれており、不思議なぐらいに劣化していない。


 ここに来るまでの経緯を考えると、これが転移陣なのだろうと推測できた。

 やはりどこか別の場所へと転移していたらしい。


 少し調べてみたが起動方法がわからなかった。

 動かせるのかどうかすら判明していない現状では、今ここで時間を使うのは得策ではないだろう。

 部屋には窓はないのだが、あちこちが小さく崩れており、微かな月の光が差し込んでいる。

 のぞき込んでいた子の顔が見えたのはそのおかげだろうか。


 そうだ、と思い出し先程の子に目を向けた。

 美しい栗色の髪だ。

 見知らぬ子はきょとんとした、どこかうつろな目で、カデュウを見上げていた。


 記憶をたどれば、あの時に助けようとした少年であろうか。

 とっさに助けたからであろう、あまりはっきりとは覚えていない。

 よく見れば変わった服装をしている。

 魔術的な衣装という方向性も考えられなくはないが、カデュウが見たことがない別の国、別の文化の服装という可能性もありえた。

 ……もしかして、この子も転移してきたのだろうか。


「……大丈夫だった? 怪我はない?」


 その子は、何も喋らない。


「君の名前はなんていうのかな。僕は、カデュウだよ」


 その子は、何も喋らない。


「……困ったな。もしかして、言葉が通じていない、のかな? ……喋れないとか?」


 その子は、何も喋らない。


「うーん……。どうしよう。とりあえず状況を確認をしないとね。……じゃ、ついてきて」


 カデュウはその子の手を握り、一緒に歩き出した。

 不審だと思われている可能性もあったが、特に警戒も抵抗もされなかった。

 素直に手を握り返してついてくる。


 手を握ったまま歩く必要もないのでカデュウの方では握るのをやめたのだが、手はつながれたままだった。

 ……不安なのかもしれない。


 部屋のドアは倒れていたので難なく廊下に出ることができた。

 見渡せる範囲ではどこも暗い。


 見た限りではあちこちにキズがあり、破壊痕が見られる。

 全体的に、かなりの年月が経っているようだ。

 その割にクモの巣などはなく、ほこりも少ない。


 ……手入れがされている建物なのだろうか。

 もしかすると誰かがいるのかもしれない、というかすかな希望がみえてくる。


 状態からみて、廃墟のようになった大昔の建物のようだ。

 つまりは遺跡、と考えるのが妥当であろう。


 所々が崩れ落ちており、道が塞がれていた箇所がいくつもあった。

 それでも外が見えない辺り、地下なのだろうか、とも考える。

 そういえば、ゆるやかな下り坂を歩いた覚えもある。


 近くにあった階段をあがる。

 少しだけ装飾が豪華になった気がした。

 といっても古びていてボロボロという印象はさほど変わらないのではあるが。


「食料、確保できるかな……」


 戦闘前に食料などのかさばるものは地面に置いていたので、今は武器の他には腰のポーチに入れていた貨幣と水筒と、簡単な冒険道具しか持っていない。

 普通に考えれば遭難飢え死にコースは間違いないな、と妙に冷静に状況を分析していた。

 生存のためにも、調べなくてはならないことが多い。

 誰か人がいないか、あるいはモンスターが潜んでいないか。

 食料になりそうなものはないか、役立ちそうなものはないか。


 状況を把握しないことには何も始まらない。

 あわてて、確認もせず突っ走るようでは生き残るのは難しい。


 階段をあがる。

 特に変わった様子はない。先程の階と同じようなものだった。


 ここまでの間にめぼしいものは何も見つからない。

 見事なまでに何もない。


 階段をあがる。

 道が塞がれているせいかはわからないが、よく階段は見つけることができている。

 あがっていいのかどうかもわからないのだが。


「うーん、すでに探索済みの遺跡なのかな? 何もなさすぎる、ような……」


 階段をあがる。

 とても大きな広間に出た。

 かなり高さのある広々とした空間であった。

 あちこちに、抉れたような跡や剣戟のキズに見えるもの、ところどころ色が黒ずんでいる長い長い絨毯。

 そして玉座と思わしき大きな椅子。


 ここに何らかの王がいて、かつて激闘が繰り広げられた。

 そんな物語の図が浮かんできた。


「……歴史を感じるなぁ。ハクアさんだったら、見ただけでわかるのかもしれないけれど」


 広間を抜けて、別の廊下へと出る。

 廊下の壁の一部は壊れており、そこから外を見ることができた。

 時刻は夜。

 月明かりであまりはっきりとはわからないが、視界の範囲ではどうやら周囲は森のようだ。

 この建物以外には人工物はなさそうだった。


 現在位置はこの遺跡の3階部分のあたりだろうか。

 ここまで階段を4回登ったので、最初の位置は1階部分だったらしい。


 廊下に視野を戻し、再び探索を再開する、――と。


 明かりが漏れている部屋を見つけた。

 何者がそこにいるのか、あるいは誰もいないのか。

 危険はあるが食料も乏しい現状では避けて通れない。リスクを押してでも動かざるを得ない時なのだ。

 慎重に扉に近づき……。


 ――そこでふと、気配に気づいた。

 廊下の先に立つ、奇妙な格好をした黒髪の少女に。


「小さな子を連れた面妖な格好の美少女……。人さらいですか、人さらいですね!」


 出会うなりわけのわからない発言でまくしたててくる黒髪の少女は、流れるように剣を抜き、構えをとった。


「え、違う――」

「問答無用です!」


 だめだ、まったく話が通じない。


 ――と、今まで手を握っていた栗色の髪の子がカデュウの前に出て、両腕を広げた。


 かばってくれているのだろう、栗色の髪の子は首をゆっくり横に振っている。


「……」


 しかし、栗色の髪の子は、何も喋らない。


「……えと。かばう、ということは人さらいではなく、……良い人でしたか。ごめんなさい」


 そして、唐突に頭を下げて謝罪をしだす黒髪の少女。


「……誤解が解けてよかった」


 よくわからない場所でのよくわからない騒動に、カデュウは困惑しきっていた。

 そんなことよりも、ようやくみつけた会話が可能な人だ。

 ちょっと物騒な感じだけど、情報を集めるべきだろう。


「あの、僕たちは気がついたらここにいたのですが……、話を聞きたいですしよかったら食べ物をわけていただけませんか?」


「私も来たばかりです。食べ物は、私も欲しいです。お腹ぺこぺこです」


「……そうですか」


 話が終わってしまった。

 どうしたものだろうか、カデュウは悩んだ。


 そこへ、さらなる予測不能の展開が待っていた。

 明かりの漏れる扉が、突如勢いよく開かれ――。


 ――不思議な力がカデュウたちを中へと押し込んだ。




 急に扉の中へと押し込まれ、転倒したカデュウが立ち上がり前を向く。

 書斎のように多数の書物が並び、雑多に物が散乱する部屋の中。


 そこにいたのは、禍々しい魔の気を放つ、人外の存在――。

 恐ろしくもどこか美しい、超越せしモノの姿――。


 ミッドナイトブルーを基調とし、金糸装飾や宝石が惜しげもなく用いられた豪華な衣装。

 黄金の糸で編まれ繊細な魔術文様が凝縮されたマント。


 黄金色の長い髪を垂らした高貴なる男がそこにたたずんでいた。


 その存在感に圧倒され、誰もが立ちつくしていた。


 ――何故、こんなことになってしまったのだろう。

 カデュウという、ただの平凡な新人冒険者に過ぎなかったはずだ。

 はじめての冒険でしかなかったはずだ。


 ――なのに、何故。


「余の前によくぞ現れた。――歓迎しよう。喝采しよう。余の前に立つ栄誉を誇るが良い」


 高貴なる存在がカデュウへと語りかける。

 ただ喋っただけだというのに、部屋に立ちこめる重圧が増していく。


「……どなたか存知ませんが、はじめまして。迷い込んでしまいまして申し訳ありません」


 おそるおそる、カデュウは口を開いた。

 あいさつして状況を伝え、他意はないのだと伝えるために。


 高貴なる存在が邪悪な笑みを浮かべ、手に持っていた書物を棚に投げ入れた。

 乱暴なようでいて、とてもスムーズに棚に収まる。


「ほう、つまり」


 その瞳が小さく光を灯した。

 恐怖の威厳を伴って。


「余が誰だかわからぬ、と」


 高貴なる存在は目をつむり、そして見開いた。


「――つまり。余に名乗れと申すか、ハーフエルフ」


 重い声だった。

 怒りともあざけりとも違う、どこか感慨がこもったもの。


「良い。知らぬであれば致し方あるまい」


 そして高貴なる存在が名乗りを上げた。


「余こそが、ア・ゲイン・エル・ユーザ。クラデルフィアの魔を統べし、デボスティア・アーゼ」


 大仰に両腕を開き、威厳ある動きを見せて。

 誰もが知る、その名を口に出した。


「――すなわち、魔王」


 ――ああ、本当に。

 何故、こんなことになってしまったのだろう。




 現実とは平凡なものである。


 例えば、物語のような壮大なるはじまりであるとか。

 例えば、運命的な場面での出会いであるとか。


 そういうたぐいのものとは無縁なのが現実というものだ。

 夢のような出来事は起きないからこそ夢なのであり、奇跡はありえないことだからこそ奇跡なのだ。


 ――だが。もしも。

 夢が。奇跡が。悲劇が。絶望が。喜劇が。運命が。起きたのだとしたら。

 それもまた、現実だ。

 平凡ならざる現実なのだ。



 ――かくして物語ははじまり、こうして運命と出会った。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

次からは本編の続き、第4章です。


書く前の準備期間が必要なのですが、

休憩とかたまってるゲームを(ごにょごにょ)とかも含めて、

なんとか2カ月ぐらいで戻れるようにします。


連載再開の目処が立ちましたら活動報告の方でご連絡いたします。

私の割烹なんか見てる人がいるのかというと激しく疑問ですが!w



それでは、少々お待ちいただければ嬉しいです。

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