第34話 これなるは、別れと旅立ちの物語 3
カデュウが右手の剣でラルディを横薙ぎに斬りつけた。
鋭い一撃ではあるが、ラルディからすればたやすく防げる程度のもの。
余裕をもってそれを防ぎ――。
「筋は悪くねえが、真っ直ぐすぎるな。――ソレェ!」
防がれたまま硬直しているカデュウに、ラルディのファルシオンが振り下ろされた。
その一撃は、カデュウの右腕を両断し――。
「――手ごたえが、ねぇ? ――まさか!?」
ラルディがとっさに後ろを振り向いたとき、すでにカデュウは子供の方へと走り去っていた。
カデュウによる、幻術。
初撃を防がせたあと、カデュウは気配を消してその場を幻影に委ねたのであった。
幻術【幽かなる幻視幻覚】の効果は2種類の幻を発現させるもの。
この魔術はその場に発現させるものなので、対象に魔術をかけたときのように抵抗は起きず、全員から“その場にあるもの”として認識される。
今回の場合、カデュウは視覚と気配による幻を作り、あえて動きの少ない状態にしてその場に“設置”したのであった。
【現身の影】でないのは、ラルディが魔獣使いという情報から五感に優れている可能性を考慮して、視覚情報だけでは足りないと判断したがゆえの選択だ。
ラルディにひやりとした汗が流れる。
油断していた先程のタイミングで攻撃を受けていたのなら、果たして気付けただろうか、と。
もっともカデュウの方でも、攻撃という賭けに出ることは避けていた。
ラルディが強者であることはわかるし、初撃に不意打ちをして倒せる自信もなかった。
仮に攻撃が命中したとしても、非力なカデュウが巨漢のラルディを一撃で殺せるかというとおそらくは難しい。
悪くすれば、防がれるどころか反撃で斬られるかもしれない。
それに、ボッリがマリアルイゼとの攻防で牽制に徹し、時間を稼ごうとしているのはカデュウも気付いていた。
では時間を稼いで何をするのか。
そこには明らかに、生贄に捧げられているような横たわる子供の姿があり、奇妙なオブジェと不気味な黒い石が置かれている。
よからぬことを企んでいるのは間違いなく、それは時間を稼ぐことによって敵の勝利につながるもの、という推測ができる。
それを妨害する意味でも、生贄の子供を救出することをカデュウは優先したのであった。
カデュウが横たわる子供を助けようと考えた、その時。
黒い石の光と呼応するかのように、その付近にあった石の輪ようなオブジェが光を放った。
放たれた光――光のようなナニカが触手のように蠢きだす。
――少しの間、その場から動かなかったその蠢きは対象を見つけたことで集約され、光の触手が対象――横たわる子供へと向かった。
「!!」
考えている暇はなかった。
子供が危ない、そう本能的に察知したカデュウは子供を抱きかかえ、すんでの所で光の触手を回避する。
「ちょっと……、何よアレ」
「……なんだ。……何かが、おかしい?」
尋常ならざる異変を目の当たりにしたマリアルイゼとボッリは、お互いに構えたまま申し合わせたかのように動きを止めた。
取り分け、マリアルイゼには護衛としての役目があり、それが迷いに繋がっていた。
カデュウの助けに入るべきなのか、――といって自身が離れれば術者であるハクアを狙えるという状況で、ボッリを自由にしていいのか、と。
「なんだよ、アレ……。世界の救済のはずじゃ……なかったのか……?」
壁際でコルネに介抱され術での治療を行っていたイザーイが呆然と呟く。
カデュウが子供を助け光の触手を回避していたところに、介入してきた者がいた。
巨漢の魔獣使い、ラルディだ。
「待てぇぇ! そのガキに触るんじゃねぇ!」
「いかせないよ!」
投げナイフによるタックの牽制を紙一重の動きだけで回避し、ボッリはタックに上段から斬りつけた。
予想を上回る動きに、回避せざるを得なかったタック。
そのタックが退いた瞬間に、ラルディは動いた。
反撃を避けさせて引き離したラルディが、カデュウ目掛けて突進したのだ。
「……まずい! カデュウくん!」
タックが叫ぶが、もはや打つ手はない。
ファルシオンを振り回し、ラルディはカデュウを斬りつけた。
急に激昂したラルディの横入りに驚くも、その猛攻を子供を抱えながらかろうじて回避する。
だが、さらなる追撃がカデュウを襲う。
右の袈裟斬りを躱す。
返しの左胴薙ぎ躱す。
直突きを躱す。
どれが当たっても真っ二つとなりそうな膂力でもって、ラルディが連撃をくりだす。
「ガァァラァ!!」
猛獣のような雄叫びを上げて、ラルディはファルシオンを振るう。
カデュウを、あるいはその腕に抱える子供を狙って。
子供が軽いことが幸いしていた。
子供を抱えるというハンデ付きのまま、カデュウは自身を超える強者の攻撃を避けてはいたが、それでもやはり負荷は大きい。
首への薙ぎを躱す。
左の袈裟斬りを受け弾く。
真上からの振り下ろしを躱す。
――技術の、そして体力の限界が近づいていた。
横薙ぎをバランスを崩しながら躱す。
――だが。
その回避先には、光の触手が罠のように待ち構えていた。
「なっ……!」
触手に包み込まれ身動きが取れなくなるカデュウは、いまだ子供を抱えたままであった。
別の光の触手がラルディの方にも叩きつけられる。
「なにっ!?」
紙一重で巨体を一回転させて、ラルディはその場から逃れた。
しかし、さらにラルディに向かって光の触手が伸びる。
警戒を強め、ラルディは大きく離れた。
「……動けない。……この子を降ろすこともできない」
「カデュウくん!」
「やばいんじゃないのアレ!?」
ハクアとタックの悲鳴のような声が飛ぶ。
「ごめんなさいハクアさん……、迷惑をかけちゃいました……」
「なんてことだ、今そっちにいく!」
ハクアは急いでカデュウの下へと駆け寄った。
カデュウは申し訳ないと沈んだ表情をみせる。
さきほどの疲労や傷はあるが、この触手に包まれていることでの痛みはなく、この触手は硬くもなく、ただふわふわとした感覚に包まれていた。
身動きを取ろうにも動けない。
だが逆に考えれば自身という足手まといがいなくなり仲間たちの負担が減る、のかもしれない。
何もできないのならば、悲観しようが楽観しようが何も変わらないのだ。
「なんだ、これ。……おい、ボッリ。……なんだよ、これ。……俺たちも、狙っているのか? おかしいぞ? 救済ってのは、こういうものなのか?」
事態をよく見ていなかったのか、頭に血が上っていたのか、あるいは危険がないものだと思い込んでいたのか。
ラルディは今になって戸惑いだした。
そうして動きが止まった所へ別の光の触手がラルディを捕まえに向かう。
「うぉ!?」
数ミリ程度のギリギリで図体に似合わぬラルディの転身が間に合った。
勢い余った光の触手はラルディが立っていた場所に叩きつけられる、激しい音と衝撃が伝わるが遺跡の床はまったくの無傷だった。
「魔術……? ……いや、これは“鍵”だ。それも、暴走している……?」
光の触手を睨むように視たハクアは、その本質を理解した。
魔術でもなく、遺跡に備えられたトラップのようなものでもなく――。
――“鍵”。
――“世界の鍵”。
神話に記された神々や、伝説の神王たちが残したとされる、神代の遺産。
「カデュウくんたちに害を与えてはいないようだが……、“鍵”では魔術のように分解することができない……」
ハクアの眼をもってしても、その光の触手への対処方法がわからない。
これは魔術ではない。
故に魔術式もない。
この光の触手は、まったく別の現象だ。
皆が戸惑ってこそいるが、元々、緊迫した戦いの最中でもある。
ハクアに焦りが募っていく。
「ダメ、です。まったく動けません。……せめて、この子が無事だったら良かったんですが……」
「キミが無事じゃないとちっとも良くないよっ! ちょっと待っててね、カデュウくん。なんとかしてみせる!」
そうは言ったものの、この光の触手を動かしているものは何なのか。
ハクアの持つ手札で対処ができるものなのか。
「どうだ! ……やっぱダメか」
試しにカデュウを包む光の触手に解除をしかけてみたが無反応であった。
同時に、触れても害はなく、ハクアを狙うようなこともないと、気付くこともできたが。
――その時。
入口とは逆側、扉がないはずの壁が轟音と共に動き出す。
そこから歩き出したものが2名。
ひとりはフードと奇妙なマスクで顔半分が隠れた古典的すぎる魔術師のローブを纏う者。
そして、もうひとりは紫色の修道服の老婆――。
「ヒヒ、ヒ。――奇しくも“鍵”をもつ者がいよるわ。“店主”のしわざかのう」
ハクアを一瞥し、老婆が不気味な笑みを浮かべた。




