第28話 世界の鍵
「……んー、仕方ないか。ここまで来て説明しないというのも危ないかもしれない。今から話すことは他の人に言っちゃだめだよ、カデュウくん」
カデュウはこくり、と頷いた。
「“世界の鍵”とは、古の時代に生み出された神々の遺産。法則すらも変容させるという、……簡単に言えば物凄く強力な術みたいなものだね」
ハクアはまぶたを半開きにして、突き出した両手で何かを支えるような恰好をとる。
神秘的な気配がハクアから発せられるようだった。
「――“世界の鍵”」
世界に溶け込むような静かな声。
いつのまにか、森の音が聞こえなくなっているような気がした。
「言うなれば神々の術ってところかな。導聖術と異なるのは、神に力を借りるのではなく、神の法則を操るという点だね。――といっても万能と言うわけではなく、むしろ限定された事柄にしか干渉できないんだけどさ」
「……神の法則、ですか」
「んー、ジオール教で神とされる存在だけではなくて、神とあがめられた強大な力をもった王――神王が操ったという力も“世界の鍵”とされている。だから厳密にいえば神の力ってわけじゃないのかもしれない。ボクも詳しくはわからないんだけどね」
ハクアが説明しながらカデュウに苦笑をみせた。
ジオール教における神々と、神王と呼ばれる古の王たちには明確な違いがある。
神王は、人間、エルフ、ドワーフ、魔族、などのような種族に分類される生命体であって、世界を管理する神々ではない、というものだ。
「そして、この“世界の鍵”というのは物として残っている場合もあるんだ」
「つまり魔道具みたいな感じかにゃー。術の方と違うのコレの場合、“鍵”を手に入れた奴が好きなように使えちゃうってことだね。めちゃくちゃな力が使えるようなアイテムだっていうのに、悪用する奴が手に入れたらやばいじぇ」
タックがハクアの言に付け足し、その脅威を説明する。
「“世界の鍵”について知る者はとても少ない。なぜならば、不用意に“鍵”に関わる者を処分していくっていう怖い怖い奴らがいるからだ」
「逆にいえば、限られた者しか知らないはずの“鍵”が目当てだとしたら。――そりゃー、よほど世界の裏側に精通している連中だってことだねい。魔獣やらアンデッドやらを使役するってだけでもう真っ黒そうだじぇ」
「ああ、そうだねタック。そんな奴らが待ち構えているところに行きたくはないけど」
タックの意見に、ハクアも頷いた。
「今回の件が、“鍵”が関わるものかどうかは、まだわからない。でも、嫌な予感はするね。ボクたちが向かっている遺跡――パネ・ラミデの祭壇はとても謎が多い。いつの時代に、誰が、何の目的で作ったのかもわかっていないんだ。わかっているのは古代ミルディアス帝国期以前に作られたということ。そして知られる限りのどの神王の遺跡とも特徴が一致しないということだね」
ハクアは目を閉ざし、それからゆっくりと見開いた。
「もしそこに、“鍵”があるのだとしたら。――“鍵”を探すことは、ボクが旅をする目的だ。そうした意味でも、あの遺跡に詳しいボクが行かざるを得ないね」
「……他の冒険者などに応援は頼めないのでしょうか?」
カデュウの質問に、ハクアが首を振る。
横から、タックがその理由の説明をはじめた。
「戻って応援を頼もうにも、ベテラン勢は魔獣退治で手一杯。……それに、教えてはいけないコトだからね。説明できなければ、村の窮地を救う方が先だって言われちゃうじぇ」
「そうなんだよね。すでに知っている冒険者も中にはいるかもしれないが……、“鍵”を知る者は皆が口を閉ざしているんだ。事故が起きたり悪用されたりすると、どんな厄災になるか想像もつかないからね」
かつて、実際に大きな被害がでた事例もあるのだろう。
歴史の裏でそうした厄災が起きていてもなんら不思議はないことだ。
「“鍵”のことが知られたら、欲望に駆られて暴走する者が出るのは想像に難くない。でもね、それだけが問題じゃあないんだ。……下手をすればカデュウくんにも危険が及んでしまう」
その言葉は以前、定期船の船室で聞いたことがある。
もちろんソレ自体も扱いを間違えれば、危険なのだろう。
だが、ハクアの話はそういうものではなかった。
「――“聖なる闇”教団。そういう名の、“鍵”のような強大な力あるものを収集している闇の組織があってね。こいつらがとにかくヤバい。いたずらに“鍵”の秘密を広めるようなものなら、その全員を消すぐらいはやってのける連中なんだ」
「……何のために、集めているんですか?」
「さてね。ボクにはそこまではわからない。わかるのは、その秘密を守ることとそれを集めるための手段は選ばないってことぐらいだね」
カデュウの疑問に、ハクアははっきりとした答えを返せなかった。
「“鍵”のことを人に言ってはいけないよ。それがカデュウくんのためでもあり、他の人のためでもある」
ハクアのその真剣な口調から危険性が十分にうかがえた。
確かに、それだけ強大な力があるモノならば、どこかの野心ある国が悪用しそうなものだが、そういった話は聞いたことがない。
もしかしたら悪用を企んだ者たちもいたのだろうが、そういった者たちは処分されてきたのだろう。
「やれやれ、またアレかい。私ら戦争屋なんだけどねえ。なんだってそんな魔術の領域みたいのに因縁があるんだが」
「ふふふ。ボクを助けた時点でそうなる運命だったのかもね。何にせよアークたちがいてくれて運が良かったよ。ボクらだけじゃ危なかった」
「いいんじゃない、団長? 暇つぶしの護衛だったけど、なんだか盛り上がってきたじゃない? おとぎ話のヒロインになったみたいよ?」
「マリアがヒロインって、どんなホラーだ」
アークリーズがそう言って、ハクアが笑い、マリアルイゼが口を尖らせる。
どうやらアークリーズたちは以前に“鍵”の案件に関わったことがあるらしい。
ハクア絡みなのだろうが。
「どんな奴がいるのかわからないが、そこのライオンもどきや猿どもよりは強いことを期待しておこうか」
「あ、そうだ。素材の採取の仕事もあるんだった。……確か、ちょうどこの辺だから休憩がてらにやってしまおうか。カデュウくん、タック、行くよ」
うっかり元々の依頼を忘れそうになっていた。
ハクアに言われなければ、カデュウも気が付かなかっただろう。
「ラミディアの花、でしたっけ。僕、どんな花なのかわからないですよハクアさん」
「ああ、そうか。水色のようなうっすらと赤みがあるような、そんな感じの花を見つけたら教えてね、カデュウくん」
「やれやれ……、こっちはやりがいのない仕事だな……」
素材採集という仕事に嘆くアークリーズであったが、冒険者としては依頼をやらないわけにはいかない。
幸い、花は付近ですぐに見つかった。
観察力に優れるタックのおかげだ。
「あったあった。ここだじぇー。ギリギリだけど依頼の分はあるでしょ」
「この花は食べられるものじゃないから、残ってたんだろうね。そのままかじると危ないんだよ」
「そうなんですか、はじめて見る花です。時間があれば僕の分も欲しかったですね……」
しげしげと花をみつめるカデュウに、ハクアが微笑む。
「へえ。花、好きなのかい?」
「はい。調合で使うので」
「ああ、そういう……」
問題なく採集の依頼を終え、カデュウたちは休憩の準備をはじめた。
血や獣の刺激臭が入り混じって大変臭い。
これは戦いの結果だけではなく、キマイラから素材を回収するために解体したからだ。
「――【等価の浴場】」
カデュウが浄化魔術を使い、血と臭いと、ついでに生贄に捧げた死骸をも消し去った。
「便利と言うべきか、おっかないと言うべきか悩ましい魔術だじぇ……」
「これ死体を消して証拠隠滅するアサシン的なやつだよね……」
タックとハクアがぼそぼそとつぶやきあっていた。
なにやら失礼なことを言われている気がする。
「ほお、これは便利でいいな。返り血を洗う手間が省けるし傭兵向きじゃないか」
「臭いが消えるのもいいわね。でも、血化粧でデコレーションしてたら消えちゃうのかしら?」
一方、傭兵組の物騒さはさすがであった。
こうして簡易キャンプを準備して、持参した干し肉とパンを食べたカデュウたちは再び遺跡へと歩き出した。




