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第27話 魔獣との戦い

 縦に伸びた隊列は側面からの急襲に弱い、というのは戦術上の定説だ。

 主力、あるいは盾となるべき前衛がかわされ、覚悟の決まっていない者たちが横から襲われるのだから当然といえば当然だろう。


 冒険者のような少人数集団であってもその本質は変わらない。

 不意を突かれれば、不利というのは同じこと――。


 これが普通の冒険者集団ならばその通りだったかもしれない。


 ――だが、そうではない者たちがこの場にいた。


 前衛と後衛を務める二人の傭兵。

 クラデルフィア大陸に数ある傭兵団の中でも、屈指の強豪とされる者たち。

 ――キティアーク傭兵団、その団長と副団長が。


 彼女たちは魔獣の姿を視認する以前から即座に動き出し、前方後方の位置から側面である位置へと――。

 ――新たに最前線となる位置へと大きく飛び出していた。


「――敵は、キマイラ! それも3頭! その後方に、ブラックコング5頭!」


 その動きはタックの発声よりも一瞬早く、事前に察知していなければできない行動であった。


 その動きに応じて、カデュウは遊撃役として二列目に、ハクアとタックは後方からの支援の体制を取る。

 側面攻撃をされたにもかかわらず、すぐさまに迎撃態勢を整え待ち構えた。


「この森でキマイラ!? いやいや、おかしいよ!」


 タックの情報に、ハクアが驚愕の声をあげる。


 キマイラ。

 キメラと呼ばれることもある有名な魔獣だ。

 獅子の頭と蛇の尻尾に背中のヤギの頭が特徴的なこの魔獣は、単体で冒険者複数を相手にできるほどの強さをもつ。


 その起源はハッキリしておらず、古代の魔術師によって合成されたとも、神王時代に魔獣王テリオンによって生み出されたとも、あるいは災厄と魔物の神バスコによって生み出されたとも。

 さまざまに語られる風説が流れ、学者によっても説は異なるが、共通していることがある。

 キマイラは強力で危険な魔獣という点だ。


 また、ブラックコングはファナキア北部のこの森に住む魔獣の中で、黒い大型の猿だ。

 こちらはそこまで凶悪な魔獣ではないのだが、何しろ数が多い。


 これらを同時に相手にするのは無謀であろう。

 中級冒険者(メディオ)のパーティであっても、キマイラ3匹の時点で逃げの一手が妥当な選択だ。

 ――もちろん、逃げられれば、であるが。


「――これは、魔獣使いの線が当たりかな。ボクが以前来た時にキマイラなんていなかった。噂ですら聞いたことがない!」


「ハクアたちは無理をするなよ。私らが前に出てライオンもどきと猿を片付ける。もれたやつの相手を頼む」


 アークリーズがそう言って、大剣を抜いた。

 美しい文様がきらめくクレイモア。


 キマイラ2頭が前衛の傭兵組に飛びかかった。

 強靭でしなやかな脚が生み出す力は、獣ならではの跳躍力だ。

 凄い速度でアークリーズへと飛びかかったキマイラの口が開く前――。


 ――大剣の一撃がキマイラを両断した。


 飛びかかった勢いのまま、まっぷたつに分かたれるキマイラ。

 中央のヤギ頭が大きな鳴き声をあげる。


 剛にして速。

 アークリーズは冒険者が複数人で戦うべき魔獣を、ただの一振りで絶命させたのだ。


 もう片方のキマイラもまた、マリアルイゼの槍によって貫かれていた。

 無駄のないその動きは的確に急所を突いている。


 ――強い、圧倒的に。

 笑いすらこみ上げてくる。

 おかげでカデュウは、危険な魔獣相手でも気が楽になれた。


「やっぱ、こっちにきたか……。カデュウくんを支援するよ。タックは適当に何かよろしくっ」


 カデュウはその時すでに側面に回っていた。

 最後のキマイラがハクアの方へと突進してきて、その対処をする必要があったからだ。


 新人冒険者(ヌーヴォ)がキマイラと戦うなど無茶な話だ。

 無茶はしない、無茶はしたくない。

 だけど、これは――。


 その時、カデュウの姿を視界に入れる前に、キマイラは仲間の断末魔の鳴き声に驚いて、そちらを振り向きどうするべきか戸惑った。

 またたく間に、気が付けば仲間が倒れ伏しているのだから無理はない。


 だからだろう。

 視界の外から素早く近づくカデュウに、キマイラは気付かない。

 気付けなかった。


 カデュウは絶妙のタイミングでキマイラの背にしがみつき、背に生えるヤギ頭を目掛けて剣を振るった。


「……っ! 硬い……っ!」


 しかし、キマイラの首を少し深めに斬ったに過ぎず、キマイラは暴れ出す。


 ヤギのような鳴き声と獅子の咆哮が混ざった、怒りの叫び。

 ヤギの頭がカデュウを振り落とそうと噛みつきに来る。

 その噛みつきを、しがみつく角度を変えて避けるカデュウ。


「《木漏れの光は輝きて、輝きは命を絶つ光なり》」


「――【砥がれし光輝(フォス・サイフォス)】」


 後方に下がったハクアの口から魔術語トゥルーキィが発せられた。

 カデュウの剣が光り輝いている。

 少しだけ驚いたカデュウだが、ハクアによる支援の付与魔術だとすぐに理解した。


「僕は投擲(とうてき)も得意なんだよ、っと!」


 手に数本のナイフを構え、それを放つ。

 タックが投げたナイフがキマイラのライオン側の目に突き刺さった。


 痛みによって、ヤギ頭の禍々しい悲鳴が響き渡る。


「うしっ、いまだじぇ!」


 痛みで暴れるキマイラに振り落とされないように首にしがみつき、タックの合図で一気にヤギ頭の前に移動したカデュウ。

 ヤギ頭の口から上に向け剣を突き上げ、それを即座に引き抜いて逆手の剣で目から後頭部まで突き刺した。


 ヤギ頭の上げようとした断末魔の叫びが途切れ途切れに発せられる。

 頭部をズタズタにされ、満足に鳴くこともできなくなっていたからだ。


 キマイラの身体が崩れ落ちる。

 カデュウは背から飛び降りて、荒い呼吸をしながらも油断なく倒れたキマイラと他の全体の戦場を視野にいれた。


 先程のキマイラは動かない。

 倒せた、らしい。


 残りのブラックコングは――。

 カデュウが見渡したその時には、もう生きている個体は残っていなかった。

 アークリーズたちが片付けたのだろう。


 緊張の糸が切れる。

 心と視線で注意は払いつつも、身体は弛緩を求めていた。




「あいつらの練習用にちょっと残しといた方がよかったかな?」

「ダメよ、まだ先があるし。アタシたちは護衛の仕事をしなきゃね」


 アークリーズの言葉を、マリアルイゼが否定した。

 さすがに余裕がある傭兵のふたりは、冒険者たちの訓練も考えてくれていたらしい。


 ありがたいやら厳しいやら。

 カデュウは心の中で勘弁してほしいと思っていた。


「さっすが、キティアーク傭兵団。頼りになるよ。……カデュウくんも良く頑張ってくれたね」

新人冒険者(ヌーヴォ)でキマイラをハントするなんて凄いじぇ! ベテランでも手を焼く魔獣だよアレは」


 ハクアとタックが、カデュウのそばに近寄り明るい声で、その奮闘を祝福した。

 呼吸が乱れながらも、カデュウはなんとか声を出して返事をする。


「必死、でした。……皆さんの支援があってこそ、ですよ。僕ひとりじゃとても勝てなかった、です」


「うむす。タック先輩の偉大な貢献を噛みしめ尊敬するのじゃぞ。しかし今のは危なかったじぇい。僕らのパーティだけじゃ逃げるしかなかったね、ハクア」


「ああ……。あれほどの魔獣を操れるとしたら、かなりの実力者だ。そんな奴らが遺跡で何かをしようとしている。まあ間違いなく善行ではないだろう」


 キマイラを何頭も操れるほどの相手、その脅威を感じるハクアに、アークリーズは心配するなと言わんばかりの軽い調子で返した。


「すでに村や冒険者たちに迷惑がかかってる。無論私たちにもな。十分に悪党だよ。まったく困ったものだ」


「相手の狙いははっきりとはわからない……。だが、ボクの知るアレが。“鍵”が関わっているのだとしたら。……ボクたちが阻止するしかないね」


「――ハクアさん。――“鍵”って、何ですか?」


 カデュウのこぼした質問に、一瞬その場が静まり返った。

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