第25話 のどかな郊外
焼きたてのパンとサラダ、そして名物の魔術師のスープという真っ赤なスープが宿の朝食だった。
物凄く辛そうに見えたスープは、サフランやパプリカを使った赤さとのことで、見た目と違ってまったく辛くなかった。
名前の由来は見た目とのギャップのほかに、魔力を持続回復させる薬草のたぐいを調合しているから、だそうだ。
パンはフォカッチャという、古代ミルディアス帝国の時代から食べられていたという伝統的なもので、このあたりの地方でよく食べられている。
意外と美味だった朝食を終えて、宿の支払いを済ませた一行は冒険者ギルドで最後の情報を仕入れてから合流地点に向かった。
宿の外に出たところ、普段は静かな通りであったはずの狭い道が妙に騒がしい。
どうやら何か異変があったようなのだが、カデュウたちが向かう方向とは逆側であるし、約束の時間があるので気にしてはいられなかった。
集合場所の街の防壁手前ではすでに来ていたアークリーズがあいさつ代わりに軽く手をあげ、ハクアらの方へと歩み寄る。
「おはよう。待たせたね、アーク」
「来たか、ハクア。では出発しよう」
ハクアたちは合流するや、無駄なく即座に移動を開始した。
まだ街のすぐ手前なために危険はなく特に隊列は意識していないが、前衛はマリアルイゼが務めている。
それからしばらくは何事もなく歩き続けていた。
大都市であるファナキアも、外に出れば穏やかな風景が広がっている。
街道はきちんと手入れのされた石畳の舗装路で作られて、商人や旅人への配慮がなされていた。
木々や傾斜で隠れていたのか、やがて視界の隅に街外れの村がみえてきた。
農家の人々が、いつもどおりの農作業をこなしているようだ。
平和な様子をみる限り、襲われた人里というのはここではないのだろう。
大きな小麦畑があり、別の所では放牧牛がのどかに草を食べている。
入口には、ファナキア自警団の装備を付けた者たちが数人ほどのんびりと入口に立っていた。
ファナキアの食料供給を担う周辺の村にはファナキアから自警団が派遣され、警備をしてくれるのだという。
朝方、事前にギルドから聞いた話をハクアが伝える。
「もう何時間か歩いたところに問題の遺跡を取りまく森があって、その森の近くに村があるんだけど、冒険者ギルドの情報によればそこが襲われているらしい」
「なるほどな。よし、この村で昼食にするか。飲み水を頼んでみよう」
そう言って、アークリーズは村の者に事情を話して協力を頼み、村側は快く承諾してくれた。
野外の椅子とテーブルを貸してもらい、さらに井戸水に加えて食事の提供などでもてなしてくれたのだ。
「……問題の村の人、大丈夫でしょうか?」
不安そうな顔でカデュウは村の安否を心配する。
……もっとも、誰ひとり真実を知る者がいない。
それが無意味な質問だということもわかってはいたのだが。
その、意味はないが良識的な質問にハクアが言葉を発した。
「いくらなんでも滅んじゃいないだろうけどね。村人の退避が迅速だったとしても、死傷者が何人かは出てるんじゃないかな。緊急依頼が発令するぐらいだし」
「危険と隣り合わせの村には、危険に対応するだけの備えがしてあるものだ。そういう所なら引退した元冒険者が住んでいることも多い。経験を生かした雇用先ってやつだな。……多分、そう深刻な被害ではないだろうよ」
戦場を渡り歩いた歴戦の傭兵の意見は心強いものだった。
アークリーズの意見にカデュウは納得させられる。
危険だとわかっている場所で危険への対策を考えないわけがない、というのは確かに道理だ。
あくまで理論上の話だが、それでも少し安らぐ気持ちになれた。
「なるほどね。……ところで、引退した傭兵の場合はどこへ行くんだい?」
単純な疑問として尋ねたハクアに、アークリーズが予想混じりに答える。
「傭兵は村には行かんだろうな。野山に入ってレンジャーの真似事なんてできないだろうし。街で商人の護衛になったり、酒場の用心棒になったり、とかその辺じゃないか? ちなみに伝説の傭兵は引退した老後、各地を巡って剣を教えたり冒険をしていた」
「伝説の傭兵? うーん、知らないなあ」
「ああ、それって伝説の冒険者でもあるね。ハクアは知らないかな?」
そこへタックが横から解説に入る。
「三つ星冒険者、剣聖ヨハン・リヒトバウアー。傭兵は引退したけど冒険者としてはいまだ現役のご老体だよ」
吟遊詩人として叙事詩を抑えているタックは人物の話には強かった。
リヒトバウアー流剣術は騎士剣術のスタンダードとして特に上流階級に広まっている流派で、その特徴は精神論よりも技量を重視する所にある。
元傭兵ならではの実戦剣術というわけだ。
カデュウはその辺りの話を先生から聞かされていた。
剣聖に出会うことがあったら弟子の端くれとして挨拶しておけと言われているので、先生の知り合いなのだろう。
「老後に冒険者になるって、めちゃくちゃですよね」
「うんうん。そんな人がいたなんて、凄いねえ。……アークならできそうだけど」
「私はどうかな、あの爺さんと一緒にされても困る。ま、傭兵を若いうちに辞めて冒険者に転向する奴ならたまにいるけどな。もちろんその逆も。中には裏稼業に落ち着く奴もいるし、人生色々だな」
差し入れてもらったのは、ファナキア周辺でよく食べられているチャバタというパンと近くのオリーブ畑で作っているというオリーブオイル、それに野菜たっぷりのミネストローネだ。
思わぬ贅沢な昼食を終え、皆が落ち着いたころにハクアが立ち上がった。
「うん。みんな食事も終わったし、そろそろ行こっか。村の人にお礼を言ってくるよ」
ハクアは貸してもらったものや水の提供のお礼に出向くと、逆に村人から深々と頭を下げられていた。
この村でも魔獣の問題は不安に思っていたらしく、よろしくお願いしますと何度も頼まれていた。
一行は村を離れ、とりとめもない会話をし歩き続ける。
すでに農地を過ぎ、やや丘を登っていくような傾斜と共に自然の草原が広がっていた。
しばらく歩みを進めて夕日が沈み夜へとさしかかる。
本来ならば野営をして一夜を明かすべきだが、目指すの村はもうすぐなので暗くなりつつあっても行進を続けた。
遺跡をかこむ森の近くにある村に近づいたあたりで冒険者たちの姿がちらほらと見えてきた。




