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第16話 それでも街は

 大通りを行き、横道を行く。がらがらと荷物を引く。


 ――様々な人々が過ぎていく。


 革鎧を着た冒険者が、品物を抱えたおじさんが、うさんくさい探検家が、禿げ頭の貴族が、執事姿の老人が、商品の前ではしゃぐ少女が、黒いローブを被った者たちが――。


 ――様々な人々が様々に過ぎていく。


 皆、生き生きとした表情をしているのが印象的だった。

 自由都市、その名に恥じない活気あふれる光景だった。


 脇道を行き、大通りを行く。がらがらと荷物を引く。


 様々な商会が立ち並ぶ、商業地区の大通り。

 貨幣の音色が奏でられ、商品が積まれては売れていく。


 この辺りには食料品関係の商会が集まっているのだろう。

 店舗をのぞき見れば、おいしそうな食材が箱に詰められている様子がうかがえた。


 船長によれば、商会が並ぶこの大通りに良心的な商会があるらしい。

 

 「だんだんと実家のような雰囲気になってきました」

 「あの家もこんな感じだったね。ボクからすると縁のない地区で新鮮だね」


 カデュウとハクアは、少量の交易品を売却するためにこの区域へと足を運んでいた。


 商品を個人に販売する商店ではなく、それらの店舗に商品を卸すのが商会だ。

 基本的に商会は商人向けの施設であり、一般客は取引することはできない。

 だが、中には直営の店舗として個人向けにも販売を行っている商会もあるし、扱う品次第では冒険者から直接素材を買い取るような商会もあるように商会の方針次第なのだ。


 どの道、カデュウの場合は交易許可証があり、問題なく取引が行えるのだが。


 「定期船の船長さんが紹介してくれたお店は……。あそこですね」


 ジプリン商会。

 看板にはそう名が刻まれていた。


 ル・マリアあたりでは聞いたことがない商会だ。

 周囲の商会の建物と比べて、大きくはないが、決して小さくもない。


 ファナキアの街は他所の街よりもずっと古い建物が多い。

 それは、かの魔王降臨時代に被害が少なかったからだが、この商会の建物は汚れやキズも少なく、建築様式自体が新しいものだった。


 つまり新規にできた商会か、他所で大きくなった商会の出店か、という所だが、新築という予算の潤沢さを考えるに後者であろうと推測する。


 店先に立っていた人に事情を話したところ、商取引用の客間だろうか、無駄なく質素な部屋に案内された。


 煌びやかな美術品のたぐいはないが、必要となるものは揃っている。

 新しさはあるのに使い込まれていたこの部屋は、交渉という商人同士の決闘の場なのだろう。


 足音が近づいてきて、――ドアが開かれる。

 さほど待つこともなく、その人物はやってきた。


「いらっしゃい。俺はジャニオ・ジップ。ここの商会長をしている、よろしくな。――ああ、連合定期船から話は聞いてるよ、取引がしたいんだって? 商品はどれだ? 海賊に襲われたらしいが状態は大丈夫か?」


 入ってくるなりまくし立てるジャニオという商人に、カデュウたちは圧倒されていた。

 顔も強面だが、体格も大きい。まるで屈強な戦士のような太い腕だ。


 わずかだが所々にロメディア半島の人達と話した時の訛りを感じる。

 恐らくはその辺りの商会なのだろう。

 となると、上り調子の景気のいい商会がファナキアに出店した、という線が濃厚だ。


 それにしても冒険者風情を相手に商会長自らが出てくるとは――。

 予測と違っていたが、すぐに気を取り直してカデュウは応対した。


「はじめましてジップ商会長、冒険者のカデュウと申します。――商品はこちらの熟成ル・マリアーノチーズ3点に、定期船の船長よりお礼にいただいたレモン香油です」


 ル・マリアはレモンの名産地としても名高い。

 レモン香油は料理の香り付けだけではなく、肉や魚の腐敗を防ぎ、臭い消しとしても用いられる。

 地域によっては葬儀の際に用いることもあるらしい。

 軽量で価値があり、徒歩の商人でもかさばらなく、かつ交易をおこなわない冒険者でも使用できる実用品。

 この品がお礼に選ばれたのはそのような意図があったのだろう。


「どれ、ちょいと香りを。……んん。んむ、上品でいてレモンらしさが強い、良い香りだ。上物だな、これは。いいのを貰ったじゃないか。まあ、海賊退治の報酬としちゃこんなところか」


 ジャニオは続いてチーズの箱へと向かった。

 ル・マリアーノチーズはハードチーズの一つで、牛のミルクを使い約3~4年の長期熟成で作られる。

 芳醇な香りと凝縮された旨味が特徴なこのチーズは、王侯貴族も愛するル・マリア特産の高級食材として大人気の品だ。


「どれ。こちらも拝見、と」


 棚から木槌を取り出してジャニオがチーズに近づく。

 外箱を開けると濃厚なチーズの香りが広がった。


 木槌で叩かれたチーズから良い音が響く。

 チーズを叩き音で出来栄えを確かめる伝統的な方法だ。


 経験の浅いカデュウに判るのは、良いか悪いか程度であり、普通の物か、良い物か、という微妙な線となってくると判別がつかない。

 目利きならぬ音利きをしたのは父なので、大丈夫なのだろうとも考えていたが。


「んむ、良い音だし香りも合格。――素晴らしい、さすが地元の商人だ。良し悪しっちゅうのがわかっとる」

「仕入れた父の技量をお褒め頂きありがとうございます」

「よし買った。全部で金貨30枚。どうだ?」


 ジャニオの提案した額にカデュウは心の中で驚いた。

 カデュウの想定していた額より少々多い。

 チーズ3つで金貨24枚、オイル1箱が金貨2枚弱が相場だと踏んでいたが。

 少し驚いたが高い分には何も問題はない、大歓迎だ。


「高く評価して下さってありがとうございます。私共に異論はございません」

「あの船長には以前世話になったしな。――それにこのチーズの取引先を教えてもらった代金だ。情報料を含めりゃ安いぐらいだ」


 つまりカデュウの父の商会から買い付けるルートを込みでの価格ということだ。

 この辺りでは新参の商会なので、優れた仕入れ先のルートを欲していたのであろう。


 ケチな価格交渉で少量の利益を取るよりも、仕入れ先の息子をもてなして、ルート開拓への投資としているのだ。


 良心的でありながらも、敏腕な商人である。

 カデュウは舌を巻いた。


 カデュウの紹介文とヴァレディ商店の住所を書いた紙を渡し、深々と頭を下げてジプリン商会を後にした。




「いやー、なんていうか、凄いね。商人ってのも大変だ。ボクにはとてもできそうにないよ」

「あの人は特別に迫力ありましたよね。ただの冒険者風情にわざわざ商会長が会いに来るなんて思いませんでした」

「商人の身体とは思えないよ、アレ。そこらの冒険者よりずっと強そうだった」


 外に出て、カデュウとハクアは驚いた感想をあげながら笑い合った。


 いくらハクアやカデュウが冒険者として線の細い方とはいえ、傭兵や将軍と言われても違和感のない強烈な体格の商人が出てきたのだから無理からぬことだ。


 スムーズに取引は終わったが、まずはタックと合流し宿に行くのが先決だろうと、二人はそう考えて再び来た道を戻っていった。


 道中で、何を食べようか、などと他愛もない話題で盛り上がる。


「海の上では無理でしたから、パスタが食べたいですね」

「それもいいねえ。ボクは何にしようかな~。メニューを見るのが待ち遠しいよ」


 大通りを戻り、脇道を戻る。荷物はなく、音もない。


 ――様々な人々が過ぎていく。


 品物を抱えた旅人が、買い物帰りのおばさんが、禿げ頭の鍛冶職人が、銀の鎧の騎士が、リュートをもつ吟遊詩人が、仮面姿の少女が、美しき女傭兵が――。


 ――様々な人々が様々に過ぎていく。


 人々は日常に浸り、平穏に慣れ、自由都市の日々を過ごしていく。


 人ごみの中に紛れた、特異なる者たちに気付くこともなく――。

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