第15話 依頼は中身を聞きましょう
「……そうだ。もう一つの依頼がまだなのですが、ファナキア北部周辺で何かついでに出来る仕事はありますか?」
「はい。冒険者許可証と依頼書のご提示をお願いできますか」
そう言われてハクアはライトブラウンの牛革のカバー付の赤い鋼の冒険者許可証と依頼書を受付の女性に渡す。
使い込まれた形跡の少ない比較的新しいカバーだった。
プレートが交換される昇格時に新調したのかもしれない。
「……ああ、ポーションに用いる素材の採取ですね。少々お待ちください、お調べ致します」
受付の女性職員は、ハクアから渡された依頼書を確認すると、凄い速さで依頼一覧のリストに目を通し出した。
さすがギルド本部を担当する職員だ、すぐにチェックを終え、再びハクアの方へ顔を向けた。
「……こちらの手元にある分では、北部周辺の依頼は見当たりませんね。奥の分も確認致します。椅子にでもおかけになって、しばらくお待ちください」
不思議な顔をして奥の部屋に向かう女性職員。
「ハクアさん、北部ってあまり依頼がこない場所なのですか?」
「この街の北部は街道周辺を除けば魔獣が生息しているし、素材採集に限らず、魔獣退治に護衛や配達の需要もあるはずなんだが……」
そこで女性職員が戻ってくる。
その表情から良い結果でないことは明白だった。
「お待たせいたしました。……申し訳ありません、少し前に別の窓口で冒険者合同チームが北部方面の依頼を複数まとめて受注していたようです」
「ありゃりゃ、タイミングが悪かったね」
タックが気軽な調子ながら残念そうに両手を広げた。
「ですので、現在こちらの採集地点に近いファナキア北部方面で残っているのは、先程入ってきたばかりの遺跡調査の依頼のみです」
「遺跡調査? いいですね、いいですね! それを引き受けちゃいますよ!」
ハクアが凄く乗り気で飛びついた。
遺跡だからだろうか、その手の案件が好きなのだろう。
「承りました。が、落ち着いてください。まずは内容と条件の確認をお願いします」
「そりゃそうだ。一応新人の後輩くんちゃんがいるんだぞ。大丈夫そうなヤツなのかチェックをしないと」
「くんちゃん、て」
「……ごもっともです。カデュウくんちゃんがいるしね」
「ちゃんはいりませんよ?」
カデュウが小さく抗議する。
それを気にせず、ハクアは女性職員から渡された書類に目を向けた。
「どれどれ、場所は……ん? とっくに調査済みの知られてる遺跡じゃないか? なんでまた?」
「……ご存じの場所なんですか?」
カデュウの声に今度は反応し、ハクアは軽く解説を加えながら答えた。
「ボクも一度行ったことがある。パネ・ラミデの祭壇と呼ばれている遺跡だね」
カデュウもハクアの後ろから書類をみた。
「ふむふむ……。依頼人、冒険者ギルド本部。情報提供者、ドッピエッタ・ヌルディ。奨励条件……」
カデュウが書類の内容を呟いたところで、女性職員がその内容を説明しだす。
「はい。依頼の情報によりますとパネ・ラミデの祭壇付近に異変が起きて、アンデッドが付近の魔獣を襲っているらしいのです。現在の所、被害は出ておりませんが、住処を追われた魔獣が人里に向かうかもしれません」
「退治のお仕事ってことかにゅ?」
タックが口を挟むが、女性職員は首を振った。
「いえ、その原因を調査し解決して欲しいとのことです。また、この依頼はパネ・ラミデの祭壇を過去調査している経験者が条件として指定されています」
「なるほど、丁度条件を満たしているね」
「はい。ですのでこの依頼をお持ちいたしました」
「……おや? 厄介そうだけど引き受けざるを得ない状況のような? おやや?」
「はい。すでに依頼を引き受けて頂けたとのことで、私共も一安心でございます」
ニッコリ笑顔の受付の女性はきっぱりと答えた。
もう依頼を受けたことにされてしまったようだ。
ハクアがはっと気づく。
ここまでして押し付けるということは、かなり厳しそうな依頼だ、と。
調査と言いながらアンデッドの退治も含まれるのは明白だ。
そして冒険者ギルドが強引にすすめるということは、早期解決が望ましいと考えているのだろう。
後先考えずに内容も確認せず引き受けたことが裏目に出たのだ。
大好物の遺跡というキーワードだけで食いついてしまったハクアは汗を流すしかなかった。
「なんかヤバそうなんですが、さっき飛びついたのは無かったことには……」
「申し訳ございません。危険な可能性も低くないのですが、可能な範囲で構いませんので調査だけでもお願い致します。……すでに調査済みの遺跡を探索している方って多くないんですよね。特にあの遺跡は」
すでに人手が入っている遺跡というのは、当たり前だがめぼしいものは無くなっており、旨味が少ない。
そんな所に依頼も無いのにわざわざ行く冒険者は、遺跡探索を主体とする探索者と呼ばれる冒険者の中でも学者気質の者ぐらいである。
魔獣や盗賊やアンデッド等が住み着いている場合もあるので、退治等の依頼の際にそういった調査済みの遺跡に行く、というパターンの方が多いだろう。
「仕方ないなあ。引き受けるといったし、やりますか。……カデュウくんの最初の冒険らしい冒険なのにちょっと危なそうだけど」
「ご協力ありがとうございます。無事達成されることを期待しますね」
にっこりと女性職員がハクアに笑みを向けた。
やれやれ、といった顔をしていたハクアだったが、ふと別件を思い出し口を開いた。
「あ、そうだ。これは別の話ですが、定期船の中に邪教徒と思われる人物が乗っておりまして、一応お知らせしておこうかなと」
「情報を提供していただきましてありがとうございます。少々お時間をいただいて詳しくお聞かせ願えますでしょうか?」
「ええ。ハイランと名乗る祭服をまとった女性が……」
カデュウも補足しながら、詳細に定期船の出来事を伝えて、冒険者ギルドをあとにした。
もちろん、船室に忍び込んだことは伏せておいたのだが。
「さーてさて。厄介な依頼を押し付けられちゃったなぁ」
「いくらなんでも、かよわい我らだけでは不安が残りますな。他の協力者を探した方がいいかねぇ」
困った表情のハクアに、かよわいタックから助言が差し込まれた。
人手が必要な依頼や難易度の高い依頼に対して冒険者同士が組む事はよくあるケースなのだ。
問題は頼れる相手がいるのかどうかだが、これは探してみない事にはわからない。
「どうしたものかなぁ……」
ハクアが頭を悩ませ、困った表情をみせた。
「ふーむ……。落ち着いて考えるためにも、とりあえず宿を取ってこようか」
「あのー。よければ交易品の取引を行いたいのですが。重いですし、早めに売却した方がいいかなと。船長さんから紹介された店に行ってきてもいいですか?」
カデュウがそう言うと、ハクアはすっかり忘れていたという表情で答えた。
運んでいたのはカデュウであったので意識していなかったのかもしれない。
「ああ、そうだったね。……んー、まだこの街は道もわからなくて不慣れだろ? ボクもついていくよ」
「んじゃ、僕が宿を探しておくよ。待ち合わせ場所はギルドの近くにあったカフェにしよう」
タックがそう言って、親指を立てた。
「ああ、ワードカフェだっけ。前に行ったことあるなあ。リーズナブルで美味しい良い店だった。いいよ、そこにしよう」
「いいですね、楽しみです。……でも、冒険者ギルドの酒場ではないんですか?」
「ギルド内で食べなければならないとか、そんな掟はないんだじぇ?」
タックの言葉に追随するように、ハクアが答える。
「そうそう。ギルド以外の色々なお店でも食べてみたいと思うのは人情というものさ」
「確かに。僕も美味しい店で食べたいです! 特にパスタを!」
カデュウは小さくガッツポーズで答えた。




