第13話 冒険者ギルド本部
カデュウの視界にひときわ大きな建物がはいった。
長い年月を経た風格のある石造りで、質素だがとても頑丈そうな建物だった。
大都市だけに石造りの建物はこの街ではさほど珍しくもないし、この街はどこも石畳みの道路が敷かれている。
だが、ここまで立派で歴史あるたたずまいの建物はそうそうお目にかかれないだろう。
「そろそろ見えてきたね。あれがファナキアの冒険者ギルド。各地の支部を統括する冒険者ギルドの本部さ」
ハクアがそう言って、扉の上を指さした。
入口となる大きめの扉の上には看板が掲げられている。
『冒険者ギルド本部』とそこには書かれていた。
建物からは多数の武器をたずさえた冒険者と思われる者たちが出ていった。
これからどこかへ出発するのだろう。
「――あれが、本部なんですか。ル・マリアの支部と大きさがまったく違いますね!」
「はは。君の地元の支部は小さいギルドだから、さすがに本部とは比べ物にならないかな」
そこでタックがカデュウの方を向いて語りだす。
「さてさて。何故、ファナキアが冒険者ギルドの本部なのかわかるかね、カデュウ後輩?」
「国家の支配がない自由都市だから。……ですか?」
「ぶっぶー。……多少はそういう要素もあるのかもしれないけど。ファナキアに本部があるのは、歴史上、最初に冒険者ギルドが結成された地だからなんだ」
「そうだったんですか。……この地で結成された理由なんかもあるんでしょうか?」
「良い質問だよー、うんうん。……じゃ、ハクアージュ先生、後はよろしくお願いしまっす!」
「……ってボクがやるのかい。確かに専門分野だけどさ、まあいい」
自分で語りだしておいて丸投げはどうなのかと思うが、歴史関連の話はハクアの方が得意なのだろう。
タックは吟遊詩人でもあるので、英雄物語や噂話などが専門らしい。
「冒険者ギルドが生まれたのは、魔王降臨時代のこと。当時、大陸の各地方全てが魔物との戦いに明け暮れていた。それが魔王城から遠い場所であっても、どこからともなく魔物の大群が攻めてきたからだね」
「どこからともなく、ってことは元々生息していたというわけではない、ですか?」
「いや、生息していた魔物ももちろんいたけどね。それ以外の理由があったのさ」
真面目な表情で、ハクアが続ける。
「それが大陸各地に繋がるという魔王城の転移陣。古代ミルディアス帝国の帝都に設置されたものなんだけど、これを使って魔王城から魔物を大量に送り込んでいたってわけなんだ」
古代の魔術師が行使できたという転移魔術。
それを永続する魔術陣として魔化を行ったものが転移陣と呼ばれる、古代の移動装置であった。
「それで比較的安全だったこの街に人々が集まり、冒険者ギルドが生まれたわけさ」
「なるほど。すると、逆にいえばこの辺りはそこまで危険ではなかったと」
「うんうん。それでここファナキアに人々が集まり、冒険者ギルドが生まれたんだよ!」
大きな声で、ハクアが両腕をあげてポーズをとった。
突然のことにカデュウはびっくりして黙り込み、気まずい静寂がおとずれた。
それでも意に介さず、ハクアは上がったままのテンションで目を輝かせていた。
「ついつい得意分野だから、ちょっと熱中しちゃったよ! 本当は帝国軍達の方にも色々ドラマがあったりさぁ、この時代に生まれた組織なんかも結構あってね。むぐ……」
「これこれ、その辺にしておきなさい。どうどう」
タックによって物理的に話を中断させられたハクアは、我に返ったようにしまった、という表情をする。
「ありがとうございます。とても面白くて勉強になりました。……けど、到着してから結構語っておられたので。周囲からなんだあいつらって目で見られてました……」
「くっ……。ま、まあいい。さっさと入ろう」
冒険者ギルド本部の伝統を感じるチークの扉を開くと、そこは一面酒場のようになっていた。
各テーブルでは騒音を立てながら冒険者たちがくつろいでいる。
傷跡だらけの戦士が、若きレンジャーが、酒浸りの聖職者が、陽気なドワーフが、杖をたずさえたエルフが――。
様々な背景をもつ様々な冒険者たちが、賑やかに飲食を楽しんでいた。
叙事詩でよく登場する冒険者の酒場というものの、そのままの光景。
多くの一般人がイメージする、いわゆる冒険者の酒場というものがそこにはあった。
「うわぁ~、これが本部なんですね。冒険者さんも多いし、ギルド職員も大勢いますね」
「はっはっは。驚いたかね、カデュウ後輩よ。ウブな反応で何よりだじぇ!」
「ところで、なんで酒場がギルド内にあるんですか?」
「それには色々な理由があるね。まず単純な話として冒険者に飲み食いする場を提供する、というものだ」
カデュウの疑問に、ハクアが応じた。
「ギルド内で飲食店を経営することによって、安定した飲食が供給される。その食事代でギルドが儲かる。当たり前だけど、これはわかるよね?」
「組織維持のために、儲けは大事ですね」
「ま、儲けだけでもなくてね。食事の金もないという冒険者もたまにはいるんだけど、そういう場合はギルドがサービスで食べさせてくれるのさ」
「飢えて犯罪に走られても困るからにゃー。もちろん仕事もセットでついてくるじぇ!」
「気の利いたセットメニューですね」
「次に、冒険者が集まれば、冒険者同士の交流もできる。交流がなければ『今うちのパーティ、人手が足りないんだけど、今度一緒にやろうか』、なんて話にならないからね。同業者として顔を見る、話をする、あいさつする、というのは実はとても大切なんだ。人というものは知らない他人には無関心だが、知り合いには情ができる。その情が仲間意識へと繋がり、助け合いに繋がるってわけさ」
ハクアの解説は続く。
礼儀とされているものの、実利を強調した内容だ。
「知り合いや友人となれば、まともな性格してたら手助けしようかなって思うものでね。そして恩を受けた者は、いつか恩を返そうと考える。お互いがお互いを助けるようになるわけで、とても理想的な循環だ。賢者曰く、好意の返報性というやつだね」
なかなかすれた考え方かもしれないが、感情論で綺麗事を言われるよりはずっと説得力があるのも事実であった。
その意味でハクアの教えは、カデュウにとってより身に付きやすいものと言えた。
「その逆が嫌われ者だ。恩義には恩義を、怨恨には怨恨を返すのが人というものなんだ。嫌われる行為というのは、それだけで人生を難しくしていくのさ」
「はい、損得を考えろって父から教わりました。人に嫌われる行為というのは損がとても大きいと。目先の利だけでなく長期的な視野で見てから、損得を考えろ、と」
「はは。商人らしい教え方だね。ともあれ好意的に接していれば問題ない。カデュウくんはボクなんかよりよっぽど上手くやれそうかな」
自虐気味にハクアが付け足した。
……ぼっち気質の人だしなあ。
「おっと、話が逸れた。酒場が必要な他の理由は、ギルドに行けば冒険者がいる、という状況をつくること。一般人にしても、頼る相手を直接目で見れるのは安心感が違うものだよ」
通常、依頼人は困りごとをすぐにでも解決してほしがるわけで、適切な冒険者がいないということになれば依頼人もギルド側も困るのだ。
例えば、魔物は人の都合など考えてはくれない。
すぐに対処してもらえなければ被害が拡大するばかりとなってしまう。
「後は、冒険者が大勢必要になるような大規模な依頼が来ることもあってね。その時に冒険者があちこちに散らばってたら、緊急事態に遅れてしまうだろ? そう頻繁にあるわけじゃないが、いざという時の為になるべく冒険者をギルドに集めておきたいのさ」
こちらは緊急依頼と呼ばれるもの。
ル・マリア支部に冒険者がいなかったのも、そこから北の大都市レディスタ支部にて緊急依頼の形で呼び出されていたからだ。
危険性の高い魔物、多数の魔物を相手にする時や、大規模盗賊団の退治、王族貴族や国家関係からの規模の大きい依頼など、パターンは様々。
そしてこのギルド発の緊急招集は基本的には断ることが出来ない。
怪我や病気など、いくつかのケースで、ギルドへ報告をすれば免除となるケースもあるが、理由なく断った場合はペナルティとして多額の罰金、降格処分、免許停止などの処分が下される。
とはいえ、この手の依頼の場合、報酬が高額なので断る冒険者はあまりいないのだが。
「後は、歴史的にそもそも冒険者ギルド自体が宿場でもあった酒場を母体として生まれたものだから、っていうのもあるかも。だから昔に出来た古い冒険者ギルドでは必ず酒場があるんだよね」
こちらは単純明快な理由である。
「大体こんなとこかな、他にもあったかもしれないが。ボクはギルドの職員じゃないし細かいことはしーらない。色々な理由があるってことだけはわかってくれたね?」
「はい、よくわかりました。何事にも歴史があって、理由があるんですね」
両手を顔の前で握り合わせ、にっこり笑ってカデュウはお辞儀する。
「よーし、それじゃお仕事の報告に参りますかねー」
ハクアがカデュウに頷きながら中の方へと歩き出した。




