第10話 船上戦
「頼んだよカデュウくん、無理はしなくていいからね。支援は任せてくれ」
「はい。無理はしませんよ」
ハクアにそう言い残して、カデュウは素早い動きで海賊達の左側へ突進する。
動きの止まった船員の様子に海賊達は、そのまま脅せば降伏すると油断していた。
その虚を突いた形で、客の少年――カデュウが突然斬り込んできたのだ。
――斬撃。
それに気付いた海賊はとっさに反応しようとしたが、油断していた態勢では身体がついてこず、そのまま斬られ倒された。
「てめ……、なにしやがる!」
一人斬られた事で、あわてて近くの海賊がカデュウに斬りつける。
意表を突かれたとはいえ、すぐ切り替え反応している辺りに海賊たちの練度がうかがえるが、反射的に振るったその刃はカデュウの左手の剣で防がれ、そして右手の剣で突き刺される事になった。
――ダブルブレード。
二刀流とも呼ばれる、両手に持つ武器を別々に動かすその動きは、訓練された剣士にしかなしえない動きであった。
海賊達はその淀みない動きに一瞬戸惑い、隙をみせた。
その隙にカデュウはそのまま網を飛び越え、海賊が乗ってきた船の側へと移動する。
一瞬の戸惑いが終わり、我さきに飛び掛からんとしていた海賊達は、再び意表を突かれる形となった。
カデュウが立つ位置は側面の船の端。舷と呼ばれる部分。
定期船のキャラックと海賊たちのガレー船では段差があり足場としては危うい。
海によって揺れる中で不安定な網上で戦うか。
海に落ちたりしないか。
網を踏み外し動けない状態で情けない死にざまとならないか。
そういったリスクを突きつけられれば、海賊といえど少しばかり考えざるを得なくなる。
「いくぞ、テメエら! 囲め、小娘に良いようにやられてんじゃねえ!」
海賊の頭が檄を飛ばす。
それに従い、海賊たちがカデュウを追い詰めるべく、網の上に乗った。
「ひゅー。やるねえカデュウくん」
その手並みを賞賛したタックが、海賊たちにナイフを投げつける。
カデュウに気を取られていた海賊たちは避けることも適わなかった。
そして、魔力の光がほとばしり、魔術陣が描かれる。
ハクアによる魔術の詠唱。
「《水と風よ、海と空よ、雨と雲なるものたちよ》」
魔術語が小さく響いた。
世界に溶け込むように響く声。
「《集え集え、集いて走れ、走りて廻れ、廻りて廻れ!》」
海賊達は、ハクアが唱える術に気付かない。
海賊達の半数ほどが網に乗りカデュウの方へ走った時、――ハクアの術が放たれた。
「――気まぐれの暴風雨!」
ハクアの両手の動きに呼応するように、周囲から海水が回転しつつ集まり、海賊達の右側にその現象は起こった。
――暴風雨。
船をも破壊する神の怒りとすら呼ばれた現象。
ハクアの魔術によって生み出されたソレは、自然のものと違って規模は大きくない。
自分達が乗る船を沈めるわけにもいかないので意図的に威力を下げているのだ。
それでも海賊達の半分ぐらいは突然の暴風に吹き飛ばされ海へと飲まれていった。
「おあああ!?」
その中には海賊の頭も混ざっていた。
率先してカデュウへの対処をしなければならない立場であったため、網の上に乗っていたからだ。
カデュウの側には被害がなかったのも海賊達が間延びし落ちやすい場にいた事と、ハクアの精妙なる魔術コントロールのおかげであった。
「――解除!」
突如発生した暴風雨は、ハクアの振り下ろした右手の動きに合わせるように消え去った。
しかし、それでも突然の暴風とその消去によって一瞬の間に半減させられた海賊たちは、混乱の極みにあった。
その隙をみて、また一人、カデュウに斬られた。
敵前にいながらも気配を消すことに長けたカデュウは、こうした隙をつく攻撃を得意としている。
虚を突くことを先生によって特に教えられてきたからだ。
よそ見をしていられる状況ではない事に気付いた者たちが、目前の敵を倒そうとカデュウに斬りかかる。
だが、カデュウはそれらを左後方へと跳躍し、軽々と回避した。
海賊達は混乱していた。
すぐそばの二刀剣士を放置はできない。
術者も脅威なのだが、個人だけで動いてもただの無謀な突撃に終わるかもしれない。 戦力を分散する手もあったが、生憎と統率を取るべき海賊の頭は海に沈んでいる。
そして海賊達はカデュウたちの奮闘もあって、肝心な事を忘れ去っていた。
「《勇敢なる者たちよ、戦いの時は来た! 今こそ勇気を叩きつけるその時だ!》」
タックがその手にもつ小さな竪琴を奏でた。
メロディに魔力をのせて。
「ふふん、僕の魔導歌の出番だじぇ! 勇気の歌!」
タック奏でるの曲を聞き、怯え混乱していた定期船の船員達が正気に返った。
勇気が彼らに力を与える。戦いの意思を灯す。
――今やらずして、いつやるのだ、と。
――魔導歌。
歌をもって術を成すという、一部の吟遊詩人たちが扱う術歌。
特にホビックたちはこの秘術を得意としていた。
術歌は船員たちを高揚させる。
――自分たちこそが本来この船で戦うべき戦闘員なのだ、と。
「そ、そうだ! 客が戦っているというのに、それでも海の男か! 突っ込むぞ!」
歌に勇気づけられた誰かがそう声を上げる。
それが号令となって船員達は海賊に向かって突撃した。
かたや海賊たちは、半数近くは海に落ち、数人が斬られ、まともに動けるものはもはや、ごくわずか。
士気も最低で混乱の極みにある状態で、元々数の多かった定期船の船員たちが突撃してきたのだ。
海賊達はなす術なく取り押さえられる結果に終わった。




