第7話 髭のおじさん、変な奴に絡まれる
カデュウの案によって全員で甲板に出る事になった。
その道中。
上階の船室の通路を通っていたところ、高級なシルクに贅沢かつ派手な模様を縫い込んだ服装の人相の悪い髭の男と遭遇した。
「なんだぁ? 臭いハーフリングなんかが船に乗ってやがる、汚らわしい」
「ああん?」
不機嫌な声を出すタックだが、カデュウは冷静にその男を観察する。
壮年の男性、といえば聞こえが良いが、平たく言えば髭のおじさんだ。
服装の雰囲気から商人だろうか。
酒を飲んでいたらしく、顔が赤く、息が臭い。
手には鎖、その先には奴隷と思われる少年の姿があった。
あちこちに傷ができている。
少なくとも良い待遇とは言えない環境のようであった。
まともな奴隷商人なら自分の商品の価値を落としたがるわけがないので、おそらくは奴隷商人ではないのだろう。
ちなみにハーフリングとはホビックの別称であり、どちらかというと侮蔑の意味で使われる呼び方だ。
ホビック達は自身らをホビックと呼び、ハーフリングと呼ばれることを好まない。
「さっさと失せろ、ここは人間様の人間様による人間様のための船だぞ。……ん? なんだババアみたいな白い髪の小娘、お前は奴隷商人に売れそうだな。おお、そこのハーフエルフは良いな! 好事家が高く買ってくれそうだ。ハハハハ!」
「なん――」
「まあまあ、ハクアさん。相手にしても得はないですよ」
食って掛かろうとしたハクアをカデュウが止めた。
種族差別をする人はあまり多くはないのだが、たまにはこうして出会うこともある。
多くの人から差別されている種族もあるが、それは魔族などの邪神側についていた種族だ。
魔族や魔物に比べれば、耳が長いだの髭だのチビだのというのは誤差の範囲でしかない、という認識が一般的である。
何の騒ぎかと、他の客たちも集まってきた。
と、そちらを振り向いていた間に、祭服を身に纏う女性がカデュウ達と髭の男性との間に割って入った。
少し驚いたのは、意表をつかれただけでなく、まずカデュウたちの方をじっと見つめてきたからだ。
「な、なんだ貴様は」
髭の男性が祭服の人に荒く声をかける。
その声に応じ、祭服の人がくるりと髭の男性に身体を向けた。
「貴様、とは私かい? 私は貴様ではないが私はなんだと問うのだね」
「……なに? そ、そうだ」
妙な言葉を返され気勢をそがれつつも、髭の男性は祭服の人を睨みつける。
「私は、ハイラン。そう、私はハイラン。……いや、果たしてそうか? そうなのだろうか」
ハイラン、と名乗った人物は、いまいち要領を得ない答えを返す。
「ええい、なんなんだ、貴様! 頭がおかしいのか!」
「貴様ではないのだが、なるほど、それも一理ある。しかし、しかしだ。私がおかしいとして、名も名乗らぬ者よ。貴方がおかしくない証明はできるのか? 貴方は、他の者は、国は、世界は。それらの正気は誰が証明できるのだ?」
怒鳴り声をあげる髭の男性だが、ハイランと名乗った人物が意に介さず、まくしたてるようにそう言った。
その喋る内容を別にしても、どこか異質な雰囲気をもつ不可思議な人物だ。
「奴隷を連れて、感情のままにふるまっているようだが、貴方は同じ扱いであっても異論はないと? それとも、自分自身は特別に扱ってほしいと願うのだろうか。私の正気を疑う者よ。さあ、返答やいかに」
「なんだと……。奴隷のガキに愛情をもって高い高い、と可愛がれとでもいうのか」
「愛。いいことじゃないか。慈愛を与えることに異を唱えると?」
「……ふん! オラ、行くぞ奴隷」
ハイランと名乗った人物の妙な迫力に押されたのか、髭の男性はそのまま奥へと去っていった。
変な奴に絡まれてわけがわからないから立ち去った、といえなくもないが。
「まったく気分が悪い! なんだあのおっさんは。あの子も可哀そうだよ、酷い扱いをして……」
無礼な男が居なくなった後、ハクアが怒りの声を上げる。
「その通り。なんとも可哀そうな子だ」
「あ、絡まれていた所、ありがとうございました。助かりました」
「それは良かった。私でも助けになれたようだ」
「ハイランさん、でしたね」
「君がそう思うのならばそうかもしれない。私はそれを許そう」
「え、え?」
「名など、名に過ぎないということさ」
実にわけのわからない人だ。
「ふむ……。そのようなことがあるのだろうか。もしや君は、ウィンブルミルか?」
「ウィン……?」
「わからない。似ている気がするが違うかもしれない。ああ、カーデュよ。私は、懐かしい、のだろうか? どう思う?」
「そんなの僕にわかるわけないですよ……。何を言っているのかもわからないですし……。あと、ちょっと名前が間違ってますよ。僕はカデュウです」
「そうか。私の方が間違っていた、のかもしれない」
何故、本人が名前が違うと言っているのに断定できないのか。
そちらのほうがよっぽどわからない。
頭が痛くなりそうな人であった。
「あ、あのー。それではボクたちはこのへんで……」
「うむ、そろそろ行こうじぇ!」
「あ、そうですね。助けてくれてありがとうございました。……それでは」
「ああ。ルール・ルーレは許すだろう。神の加護を許すだろう」
この人物は聖職者なのだろうか。
祭服を着ているのだから、おそらくはそうなのだと思う。
それにしてもわけのわからない人物であった。
「あれ? 僕、名前を名乗ったっけ?」
夜風にあたるという気分でもなくなり、カデュウ達は再び部屋へと戻った。
「それにしてもあの子、なんとかしてあげたいけど」
「買い取るにしてもお金がないんだじぇ。同じような子も、他に一杯いるだろうしねー」
「あの髭オヤジ、私のことを白いババアだといいやがったし」
「私怨じゃん! 主な理由がそっちだろー!」
苦笑しながら、カデュウはカップに水を注ぎ入れた。
その水を一気に飲み干し、ハクアはカデュウの頭をなでる。
「気が利くねー。良い子だよカデュウくんは」
翌日。2日目の朝。早くに目覚めたカデュウは、客室が並ぶ廊下を歩いていた。
そして道中に、再び出会う。
今度はあの男ではなく、連れられていた奴隷の少年だけであったが。
傷だらけだし、あまり食事を与えられていないのか、痩せ気味である。
そして、痛みか飢えに苦しんでいるのだろうか。少年はすでに起きていた。
鎖を近くのフックに巻き付けられて客室の外に出されている。
奴隷の部屋を用意するのも金がもったいない、という考えがあらわれていた。
奴隷の少年は、カデュウの姿を虚ろにみる。
「……」
この人も、何もしてくれないのだろうと。
そんな、期待のない、しかし何かに期待している目。
諦めと祈りが混ざった表情。
「助けが必要、だよね?」
何気ない様子でカデュウが尋ねる。優しい表情で。
――静寂の間。カデュウは少年の反応を待つ。
やがて、少年は静かに首を縦に振った。
「たす……けて……」
「いいよ。その依頼引き受けた。これでも冒険者だもの」
カデュウはそのまま、甲板へと歩き出した。




