第4話 タック
「さて、まずはボクの仲間と合流しようか」
ギルドの外に出て、ハクアは歩きながらそう話しかけた。
時刻は昼頃、空は明るく天気も良い。
少し前までは寒かったが今は少し暖かめになってきたようだ。
空では鳥が元気に飛んでいるが、それが何という鳥なのかはカデュウにはわからなかった。
ここは田舎街ではあるが大通りには石畳みの道路が敷かれている。
大通り以外は土の道なのだが、そこは田舎街なので仕方がない。
周囲の建築物は木造と石造が半々程度、大通りには石造が多いので見栄えとしては整理されているが、少し外れれば田舎らしさのある街。
それがカデュウの暮らすル・マリアの街であった。
「仲間の人……いたんですね。どんな人なんですか?」
「それは会ってのお楽しみ、……ん? いたんですね……って、どういう意味なのかな? 仲間が出来そうにない奴だとか思ってたのかな?」
ちょっと不機嫌な声色で、カデュウを問いただしにくる。
確かに出会ってすぐボッチだと思ってました、みたいな言い方は失礼かもしれない。
「いやその、そんなつもりではないのですが……」
あまり余計なことは言わないように気を付けてフォローをしないと……。
「えーと、その。どこか孤独そう……、じゃなくて、一人が好きそうでしたから」
「孤独な寂しいぼっちオーラを出してるってことかな? ん?」
少々、口が滑ってしまった。
ハクアが笑顔のまま怒っててちょっと怖い。
「まったく。まあ確かにボクは一人でやるつもりだったけどね、少々表現を変えていただきたいね。孤高、とかね」
「孤高、ですか」
「そう、ボクは。あえて。……そう、あえて。孤高の道を選んだのだよ、うん。あえてね」
やたら「あえて」を強調するハクア。
結構その辺りを気にしていたらしいことはカデュウにもヒシヒシと伝わってきた。
もしかして仲間集めが大変なのだろうか。
そんな余計な心配までしてしまう。
「……え? でも仲間いるんですよね?」
「……あいつが勝手についてきたんだよ」
そういってハクアが指をさした先には、小さな男の子が野外のテーブルに座ってミルクを飲んでいた。
話しながら歩いていたからだろうか。気が付けばいつのまにか飲食店に到着していたようだ。
あいつ、と指さした人物のいるそのテーブルには、後わずかとなった牛肉とトマトを煮込んだラグーパスタの皿が置かれている。
ここは近所で人気の庶民的な料理店で、濃厚なラグーソースのパスタや、港で取れたての魚介のスープ、この地方独特の窯焼きピザが売りなのだ。
「やあ、タック。キミが美味しそうなパスタを食べている間に、ボクが手続きして次の依頼を受けたら、どういうわけか新人の冒険者をボクが預かることになったよ」
「いえす、デリシャス。ほうほう。ほほーう。なるほど、新入りっぽい面構えをしてるね。僕の見たところ、さては新人ちゃんかな!」
「だからそう言ってるだろ。何を聞いていたんだ」
ハクアのツッコミも無視して、タックはなにやら店の屋根に登りだした。
うんしょ、うんしょ、と声を発して頑張っている。
そして、ずびっとカデュウへ指を突きつけ左手を腰に当てたポーズをとった。
……ハクアは冷たい視線で見つめている。
「僕はタック。正しそうなものの味方、吟遊詩人のタック・ウェインだ! もちろん愛らしいお子様じゃなくて勇敢なるホビックなのだ! ドヤー!」
シーンとした空気だからだろうか、周囲の生活音が良く聞こえる。
子供が笑いながらタックを指さしているような気もする。
なにあいつバッカでー、と言われている気もする。
なるほど、ギャグ担当かな? などと思ってしまうのも仕方ないことだと思うのだ。
だいたい正しそうなものの味方ってなんだ。
いきなりドヤ顔とドヤ音声を決められて面食らったが、この人がハクアの仲間らしい。
一応、この変な人でいいのか確認のために、ハクアの方を振り向くと……。
……すでに隣にはハクアがおらず、知らない人のふりをしてレモンジュースを注文していた。
色々ツッコミたいところはやまやまだが、カデュウは普通に挨拶をすることにした。
あまり反応したくなかったというのもあるのだが。
「僕はカデュウと申します、よろしくお願いしますタックさん」
「ぉぅぃぇ! 僕のことはタック先輩と呼びたまへ、後輩よ!」
ちっちっ、と指を振る。
にぎやかで面白い人なのは間違いないようだ、とカデュウでなくとも同じ認識を持ったであろう。
ホビックという種族はこの人のようなものがスタンダードなのだろうか。
……ハクアは興味なさげにレモンジュースを飲みながら風景を眺めていた。
このテーブルからはちょうど海が綺麗な形で見れるのだ。
「ちょっとちょっと、スルーしたら僕がかわいそうだよ! かまって!」
「……ん? 寸劇はもう良いのかな? それじゃ行こうか」
「ノリわるーい。まーいいや。ハクア、どこ行くことになったんだい?」
おほん。とわざとらしい咳をだし、ハクアは依頼が書かれた紙を二人へ向けて見せつけた。
「それでは発表しまーす、私達はファナキアに行くことになりましたー、拍手拍手。さ、ノリが悪いという言葉は撤回するように」
ファナキア。それはここル・マリアより北西にある海岸沿いの大都市だ。
交易上の重要拠点にあたり、多数の商会が店を出している商業港である。
ここル・マリアは田舎町ではあるが付近の主要都市と定期船で繋がっており、一般層でも行き来することが出来るのだ。
陸路で行くことも可能だが、余計に時間はかかるし船代と食費や宿賃などの諸経費を比べても費用としては大差ないので、他の用事でもなければ海路で向かうのが普通だ。
「ぉぅぃぇ! 都会だじぇ! オッケー撤回だ、リーダー! 僕の手のひらが高速回転のうなりを上げるじぇ! ……ここからだと船旅かーい? 船は久々だなー僕」
「そうだね、船で行こうかと思ってた。ちなみに依頼内容はラミディアの花という薬草、これは近くの森で採集することになる。魔物が多いという森なので注意してね」
薬草類は種類も多いし栽培が難しいものばかりで自然に生えているものを採集するのが基本となる。
となれば、薬師やレンジャーとしての知識が必要になってくる。
「レッツ船旅だよ! ……あ、でも、船だと今日すぐ出発ってわけにはいかないよね。宿取ってきた方がいいかな?」
「あー、船の日程もあるからにゃー。お泊りしないといけないかもだじぇ」
「出発予定日を確認してから宿に行こうか。うーむ、やむを得ないとはいえ、ちと路銀が寂しくなるね……」
「あのー、それでしたらウチの実家に泊まります?この街にあるので」
カデュウの申し出に、ハクアは目を輝かせた。
宿泊費は結構馬鹿にならないので、それが浮くというのは大きいのだ。
特にハクアのような路銀の乏しい冒険者にとっては。




