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第3話 依頼は受けましょう

「さて、まず最初に言っておきます。ボクは新人の面倒を見た事はないし、ボクの本業は一般的な冒険者とは違うので、基本的には次の街のギルドで預けようと思ってます」


 カデュウの指導者となったハクアがそう宣告した。

 少しの間を置いて、そのままハクアが続ける。


「その上でボクが、大丈夫そうかなって認めたとしたら。……後はそうだね。カデュウちゃん。キミがボクについてくるかどうかを選んでね」


 冒険者としての一歩がはじまった……と思っていたらいきなり審査が待っていた。

 しかし、嫌がられているというよりは、カデュウのためを考えてのことなのだろう。


 ハクア自身に指導者の適正があるかどうか、という話のようだ。

 公正だし正直な人だ、と好意的にもなった。


「ありがとうございます、一緒にいたいなって思われるように頑張りますね」

「そうだね。一緒にいたいかどうかというのはとても大事な要素だよ、良い表現だね」

 

 うんうん、と頷きつつ、カデュウに外に出るようにしぐさで促す。

 最初に見た時、カデュウにはとても神秘的な人のように感じたが、意外に親しみやすそうな印象となった。


「ところで、ひとついいでしょうか」

「なんだい? カデュウちゃん」

「僕は男の子です。ちゃん呼びはちょっと、困ります」


 最初なので控えめにしつつも大切なことは訴えていこう。


「はっはっは。何を冗談を……って。……え? 本当かい?」

「なぜそんなに驚くのかよくわかりませんけど、本当です」

「うーん、さすがはハーフエルフ……。耳が長いだけあるね」


 耳が長いことは何か関係があるのだろうか。

 ゴブリンとかも耳が長い気がするのだけど。


「さて、それでは冒険に出発だよ!」


 そう言って意気揚々とギルドを出ようと背を向けた背後に、問いが投げかけられた。


「……なあ。依頼、受けていかないのか?」


 ピタ、とハクアの動きが止まった。

 少し赤くなった顔で体ごと支部長の方に振り向く。


「どこへ行くんだか知らないが、行先次第じゃついでにやれる依頼もあるぞ」

「……いやその。……うっかり忘れて……ました。はい」


「早速、先輩が良い事を教えてくれたな。依頼の確認は忘れずに、だとさ。勉強になっただろ」

「あはは……。はい、大切な事ですね。うっかり忘れちゃう事だってありますよね、うんうん」

「ほれ、依頼の書類だ」


 ハクアは気まずそうな顔のまま、ごまかすように支部長が渡した書類に目を通しだした。


 冒険者ギルドの依頼は通常、職員が管理している書類を見て選ぶかたちとなる。

 全ての依頼を見せてしまうと、実力に見合わない仕事を選んだり、不適切な人物が相応しくない依頼を選ぶ、という可能性を職員側で防ぐためだ。


 例えば、そこの包帯ぐるぐるの怪しさ全開の人などは、交渉交流が主体となる依頼はあまり紹介してもらえない。

 ギルドの評判に関わるからだ。

 どのような姿でどのような態度であろうとギルドは関知しないが、客側の需要というものもまた歴然と存在するのである。


 冒険者ギルドに限らず、世の中とは万事そういうものなのかもしれないが。


 またギルド職員と冒険者の信頼を築くという意味でも、職員と相談の上で選ぶことが奨励されている。


「今、うちのとこの奴らが出払ってるから細かい仕事片付けてくれるのはありがたいねえ、まあ緊急性のある依頼はないがな」


「うーん、あんまり数がないなあ。……この辺でいいかな、初心者さんもいることだし」

「ああ、こっち方面か。つい最近"吟遊聖騎士"が片っ端から処理したって聞いたな。なんか用事かい?」


「遺跡調査の許可が降りるような依頼がないかなって。それで、大きなギルドに行こうと思ってたんですよ」

「なるほどな。……おお、そうだ。ついでに配達物をあっちのギルドに届けてくれ」


 冒険者ギルドは郵便の配達も業務の内だ。

 緊急性や機密性の高い重要な案件はギルド職員が護衛と共に自ら配達するのだが、急がない通常の郵便等は冒険者がギルドへ届け、現地のギルドから配達されるという形式になっている。


 大抵の国家にも伝令部隊による馬や馬車等で行う高速配達制度があるにはあるのだが、一般人が利用するにはお値段がお高いのだ。


 冒険者ギルドは古代ミルディアス帝国崩壊後の混乱期に生まれた民間互助組織が発端であり、一般人へのサービスの一環として、郵便事業も利益度外視の良心価格で受け持っている。

 とはいえ肝心の依頼料は冒険者への相場としては安いが、貧しい庶民には厳しい金額でもあるのだが。


 基本的には他の街に向かうついでにこなすものであるし、駆け出しや下級冒険者には、こういう安全で堅実な仕事を安定してこなす事で昇格に繋がるものなのだ。


 だが重要度が低いとはいえ他人様の物や手紙を預かるのだ。

 ギルドからの多少の信頼がないと、こうした郵便物すらも新人には任せられないのであった。


「そうですね。配達もついでにこなせると、こちらとしても助かります」

「基本のお仕事ですね。ある意味、これぞ冒険者って気もします!」


 その時。

 ぬっ――っと、人がいきなり横に現れる。

 顔に包帯を巻き黒眼鏡をかけている、あの冒険者だ。

 いつのまにか謎の踊りはやめたらしい。

 カデュウ達が呆気に取られている隙に、包帯の人はギルド支部長へと話しかけた。


「西の方面で戦闘系の依頼はあるか?」


 そう言うと、包帯の人が首だけぐるりと回し、笑顔をハクア向けた。

 率直に言ってとても不気味だ。

 唐突過ぎたのであろうその登場に、ギルド支部長も固まっている。


「時間がかかりそうに思えたので先に入らせてもらった、構わんか?」

「……あ、はい。どうぞ、おかまいなく」


 少し割り込み気味ではあったが、そこまで非礼というわけでもなし、包帯の人の言う通りまだ依頼を決めていないのだから反発する道理も必要性もない。

 少々驚いたが、ハクアは何を言うでもなく先を譲って、書類に目を通すことに専念した。


「……あ、ああ。わかった。じゃあ先に決めようか」

「西の方面の戦闘系の奴を片っ端だ」

「……ふむ。戦闘系の依頼だな。確かにいくつかあるが、一人で全部行くのか?」

「ああ」


 包帯の人は冒険者許可証を取り出しギルド支部長に渡す。

 少し優雅な枠のついた赤地の鋼のプレート、中級冒険者(メディオ)の証だ。


 新人冒険者ヌーヴォの許可証はシンプルな枠に白地の銅のプレート。

 色を付けているのは特殊なアイテムだと一般層にわかりやすくする為だと聞いた。


 この冒険者許可証には、冒険者の情報が特殊な暗号で刻まれている。

 古代ミルディアス帝国期の魔道具を使って書き込む暗号は、冒険者ギルド職員の依頼受付業務を行う者など、一部にしか解読できない。


 もちろん貴重な魔道具の数は限られているため、これらは大きな冒険者ギルドにのみ設置されていた。

 昇格時には許可証も変更されるので、その際には魔道具のあるギルドに行って手続きを行うシステムとなっている。


「どれどれ、……ほう。……あんた、あのミシュラか」


 渡された許可証を確認しながら、それが知っている名であったのだろう、ギルド支部長が反応を見せる。


「ああ、そのミシュラだ。俺の名を知っていたか」


「たった一人でデカい怪物を退治し数々の盗賊達を潰してきた猛者だ。“狂える魔術師”ミシュラ、こんな平和な街でも吟遊詩人の飯の種にはなるさ。……もっとも、“包帯男”なんてネーミングの方なら一発で見抜けたんだが」


「クカカ……。それも悪くない名だな、適切だ。わかりやすいというのは正しいものだ」


 どうやら有名な冒険者だったらしい。

 まるっきり悪い人みたいな異名だが、この見た目の影響だろうか。

 退治主体で行う冒険者って一般人からしたら頼れる存在だと思うのだけど、やっぱり印象が悪かったのだろうか……。


「さ、待たせたな。退治依頼が二つだ、詳細はこの書類を見てくれ」

 

 そういって書類と共に冒険者許可証を返す。

 ミシュラはそれを鞄にしまい、カデュウの方に不気味な笑顔のまま近寄ってきた。


「良き冒険を、新人」

「……え? ……あ、その。ありがとう、ございます」

 

 そう言って、カデュウの肩をポンと叩く。

 ……あれ、もしかして応援してくれた?

 ……意外と良い人だったのだろうか。


「……意外とまともな奴だったのかな? いや、まあいい。依頼を決めないと。」

「あ、そうでしたね、すっかり忘れてました」

「はっはっは。ボクも忘れてたさ。……アイツ、インパクト強すぎだよねー」


 カデュウと話しながらもハクアは書類に目を通している。


「確かに、個性的過ぎますね、一度見たら忘れられません」


 ハクアの書類をめくる手が止まった。


「お、これなんかいいかな。新人のカデュウくんがいるし」

「どんなのですか?」

「それは後でのお楽しみ。じゃ、これお願いしますー」

「あいよ」


 ギルド支部長が書類にサインを書き、ハンコを押して手続きは終わった。


「それじゃ、気を付けてな。たまには帰って来いよ」


 見送りを受けながら、カデュウとハクアは街の外へと歩き出した。

 向かう先はどこなのか、カデュウはまだ知らぬまま、ハクアの後ろをついていくのであった。

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