第213話 これなるは、守るがための物語 13
純粋な技量では完全に押されながらも、アダルテは魔術によってどうにか均衡を保っていた。
“武器師”の異名をとるメルガルトは、ユディの師なのだが、その戦い方は異なる。
ユディのように飛び跳ね回らないこと。技量の精妙さに差があるということ。
これらの点が大きな違いであろう。
正統派の戦いぶりのようでありながら、その奥には隠し持った武器がいつでも機会をうかがっている。
剣、槍、斧、といった武器術ひとつとっても一流の技量であり、数々の武器が潜み、いつでも武器のスタイルを変えてくるのだ。
正道に正道を重ねた邪道。それが“武器師”メルガルトであった。
魔術剣士として剣にも精通しているアダルテだが、武器術の技量では勝ち目などない。
その変幻自在の技巧に対抗するには、魔術の助けを必要とした。
「――【風の突撃】!」
メルガルトの放った手斧の投擲に対し、突風を起こしてその動きを逆流させる。
突風によって自身に牙をむいた手斧を、メルガルトは脚で蹴飛ばして、宙に浮いたところを掴み、そのままアダルテに斬りかかった。
アダルテはその一撃を付与されている無風の風によって抵抗を強め、緩和させて回避する。
しかし、何も持っていなかったはずのメルガルトの逆手には、剣が握られて――。
――アダルテ目掛けて鋭く突きあげられたその剣は、一瞬の差で届かなかった。
アダルテが無風の風によって無理矢理自身の身体を吹き飛ばし、かろうじて難を逃れたのだ。
アダルテの表情が苦痛に歪む。
カデュウに傷つけられた脚が、アダルテの動きを鈍らせていた
距離を取ったことで、アダルテが魔術を放つ。
「――【氷柱の雨!】」
牽制代わりの魔術。これで状況が変わるなどとまったく考えてはいない。
何もしないよりはマシ程度の攻撃。
だが、強力な魔術を行使しようとすれば、詠唱と集中によって動きが鈍くなり、致命傷となりかねないのだ。
メルガルトが氷の雨を、どこからともなく取り出したバックラーで次々に防ぎ、剣で弾く。
「いやいや。魔術ってのは面倒だねえ。アンタ凄いよ」
「貴公ほど、ではない……はぁ、はぁ」
ここでメルガルトが一気に襲い掛かってこないのは、その役目が敵を引き付けることにあるからだ。
無理に攻撃して隙を見せれば、突破されカデュウのあとを追うだろう。
そうした堅実さが、アダルテが感じるやりにくさの一端を担っていた。
堅実に、無理なく、アダルテに休むような余裕を与えることもなく、メルガルトは次々に攻撃を繰り出す。
バックラーから短剣が取り出され、突き、斬り、投げる。
アダルテがそれらをなんとかしのいだ直後に、短槍による連続した突きが放たれた。
その短槍もまた投げ放たれるが、今度は槍に鎖がつけられており、アダルテを拘束しにかかる。
アダルテも無風の風の付与によってそれは防いだが、織り込み済みとばかりに剣が振り下ろされる。
鎖によって逃げ場を限定し、そこへ放たれた一撃を完全にかわすことはできず、左肩の防具が破壊され切り傷が出来た。
防戦一方のアダルテだが虎視眈々とした狙いがあった。
「(あと、少し……)」
アダルテの意識は完全にメルガルトと、出し抜くための魔術の構築に向いている。
それゆえに、――後方から小さな脅威が迫っていたなど、気付きようもなかったのだ。
――アダルテの左腕が空に浮かび、背から大量の血が噴き出る。
アイスの刀がアダルテを斬り裂き、クロスの剣がその背を裂いた。
そのまま倒れるアダルテの姿に、ふたりは終わったと考えた。
しかし、地に伏せたアダルテから、光が漏れ出ていることに気付く。
「《水と風よ……、海と空よ……、雨と雲なるものたちよ……》」
ぼそぼそと紡がれる、アダルテの詠唱。
「――気まぐれの暴風雨!」
今までにない突風、嵐と呼ぶべきものがその場の者たちを吹き飛ばした。
アダルテもまた例外ではなく、その方向はカデュウの歩いた先へと――。
「いかせるかっ……!」
なんとかこらえていたメルガルトも、慌ててその気流に乗ろうとするが、魔術の嵐は一瞬で消えてしまう。
距離を離されたメルガルトは、急いで駆け出した。
奥へと消えていったカデュウであったが、流した血がその行先を教えていた。
アダルテもまた血を流すべき状態にあったのだが、亡くなった腕からは血が落ちずとどまっている。
無風の風によって血を押しとどめているからだ。
カデュウの血痕は扉の中へと消えていた。
アダルテはその扉を、不意打ちに警戒しながら開いた。
すると、アダルテの身体は急に中へと引きずり込まれる。
突然のことで驚き、とっさの対応が出来ぬまま中へと入れられて、扉は閉ざされた。
立ち上がったアダルテの視界に入ったものは、禍々しい気を放つ人外の存在――。
「ようこそ、愚かなる人間よ」
黒よりも濃いミッドナイトブルーのベルベット生地にふんだんに金糸装飾や宝石などが使われている、華美な衣装。
黄金の糸で編まれ繊細な魔術文様が凝縮されたマント。
滅び去った古の帝国の、皇帝の服装。
「無礼なる侵略者よ。余こそが、貴様が探し求めた存在」
そこにいたのは、ミルディアス帝国最後の皇帝。
そして、帝国を滅ぼしたもの――。
「――すなわち、魔王である」




