第210話 これなるは、守るがための物語 10
必死に逃げていたカデュウが半分崩れている階段を、残る部分に飛び乗りながら下の階へと降りていく。
中央側の階段ならば使えるのだが、そこは敵がやってきた側なので使う事が出来ない。
あまり上の階は使わないからと放置していたことが裏目に出たのだが、使わない部分に労力を回すことは効率的にいって無駄なので仕方がない。
このような非常事態に対策をたてておけるような余裕はないのだから。
「カデュウ、もっと早く!」
「わわ! うん、わかった!」
追いついたクロスがカデュウの手を取り、壁を足場に跳躍する。
一瞬遅れて、カデュウがいた場所に魔力の盾が展開される。
「――【長き大盾】!」
この戦法はすでに知っている。
カデュウは横から抜け、次の足場に跳躍した。
「もう、来たのか……!」
逃げるカデュウの後ろで魔術の詠唱が聞こえてくる。
また魔力の盾だろうか、と警戒を強め、いつでも即座の対応がとれるよう細心の注意を払いながら階段から廊下へと出ようとするが――。
「――【氷柱の牢獄】!」
アダルテの魔術が展開し、辺り一帯に冷気がほとばしる。
みるみるうちに氷の壁が生み出され、カデュウの前方にあった階段出口、そしてその下の階段が氷で覆われ道が閉ざされてしまった。
「うご……けない……!」
そしてカデュウ達の足も氷で固められ、身動きがとれなくなった。
とっさにアイスがカデュウの氷に斬り込みをいれるが、完全に壊すにはいたらない。
「うう、届かないです……」
「なんてこと……!」
「無駄だ。道はもう閉ざされた。貴様には聞きたいことがある」
捕獲を確信したからであろう、ゆっくりと歩いてくる。
しかしその表情に余裕はなく、焦りの色ばかりが浮かんでいた。
「――カデュウ・ヴァレディ、魔王の力を渡してもらおう」
「……魔王の、力? 何を?」
「とぼけるな。貴様がその加護を得ていることはすでに知っている」
何を言われているのだろうか、とカデュウは困惑した。
渡せだの、とぼけるなだのと言われれてもそんなものは知らないのだ。
そのとき、爆発があったように階段出口を塞いでいた氷の壁が吹き飛んだ。
曲刀を携えた眼鏡の男が、その場におどりでる。
「――【氷柱の雨】!」
その侵入者に対しアダルテは即座に魔術を放つが、無数の氷の矢はすべてその曲刀で斬り落とされた。
「よぉ。――うちの奴らをよ、ずいぶんやってくれたみたいじゃねえか」
「シュバイニーさん!」
カデュウ達を守るべく、シュバイニーが敵との間に立ち塞がった。
「そらよっと」
振り向かないまま、一瞬でカデュウの足元の氷を破壊する。
「はやく行け、カデュウ!」
「はい、あとはお願いします!」
即座にカデュウは動き、逃亡した。
「アダルテ将軍、この者は、生命反応がありません!」
「死霊術か。相手にするだけ無駄だな」
「そう嫌がるなって。遅かれ早かれ死人のお仲間になるんだ、俺と似たようなものだろ」
「腕は立つのだろうが、我々の目的は貴様ではない、ということだ」
アダルテの手が部下達に合図を出した。
「飛ばせ!」
「シークッ! ――【熱風爆破】!」
「――【静寂なる風の武具《アルモー・アーエール》】!」
爆発と爆風が巻き起こり、アダルテが吹き飛ばされる。
――否。わざと吹き飛ばされたのだ。
爆風によるダメージは風の防御膜によって遮断し、その衝撃を急加速に用いるという荒業であった。
完全に遮断したとまではいかなかったが、それでも急加速を風の加護によってコントロールすることには成功している。
敵を攻撃するという選択肢は一見合理的にみえて、その実、効果があるかどうかは敵次第だ。防がれることも視野にいれなくてはならない不確かなものだ。
だが、味方への魔術であれば、合意されている限り抵抗されることはない。
つまりは失敗がないのだ。
アダルテ達に出来る最も安定した合理的な手段が、アダルテへの魔術行使であった。
「――なんだと。クソ!」
「お前はここで我らと遊んでもらおうか。追えばそこにいる文字通りの足手まとい達が死ぬことになるぞ」
魔道騎士のひとりが、アイスやクロスにちらりと目を向けた。
他の者からは魔術の詠唱が聞こえる。
「へっ、誰が足手まといなんだ?」
シュバイニーがアイスとクロスの動きを止めていた氷を破壊し、曲刀を魔道騎士達に突きつける。
「お前ら急げ、俺もこいつらを止めながら追う」
「ええ、そうさせてもらいます!」
氷の束縛がなくなってすぐにカデュウのあとをふたりが追う。
シュバイニーがしんがりを務めるのは、それだけ敵を評価しているからだ。
「させるか!」
「――【炎の雨】!」
魔術によって生み出された炎の球が雨のごとくアイスとクロスに襲い掛かるが――。
「そりゃ、俺のセリフだっつうの」
シュバイニーは曲刀をくるくると回し、いともたやすく魔術を無効化した。
動きを止め振り下ろされた曲刀が炎を従えるかのように、地面に火の線を作り上げる。
「しゃあねえ。荷物持ちらしく地道な仕事をこなしますかねえ」
眼鏡を指で直しながら、シュバイニーが不敵な笑みを浮かべた。




