第21話 ヒトキリバーサーカー
「それじゃ、暗くなる前に宿に戻ってきてくださいね」
酒場を出たカデュウ達は、自由行動として好きなような動く事になった。
お小遣いを渡して、食べたい物や欲しい物があれば買っていいと伝えてある。
冒険者パーティというより子供の集団みたいだが、これには理由があった。
報酬の分配を行わずパーティ全員の資金としてカデュウが預かっているからだ。
全員、金の管理を面倒臭がって全てカデュウに丸投げした、とも言える。
とはいえ、開拓も兼任するこのパーティではその方がいいのかもしれない。
「よーし、行ってくる。街の隠れた名店を探すぞー!」
「……自由にベッドでくつろぐ」
「お前もっと活動しろよ……」
ソトは街の散策に、イスマとシュバイニーは宿で休むらしい。
「さて、僕はどうしようかな」
とりあえず、この場を離れた方が良さそうなのである。
先程の騒ぎのせいで何故か人気が出たらしく、他の冒険者達から妙に視線が集まっていた。
試しににこっと笑ったら歓声が沸き上がり、手を振ったら皆もアピールしてくるというプチ有名人状態である。
騒ぎの影響だろうから、数日もすれば忘れる……といいな。
「私もついていきますよー」
「アイスも? まだどこに行くか決めてないけれど」
「特に何をしていいのか思いつかないので、カデュウについていくのです」
何故か胸を張って答えるアイス。
どこに自慢げになる要素があったのだろうか。
「うん。……それじゃ、どこか適当に行こうか」
「はーい!」
「どこかにパスタ屋はないかな~。パスタ食べたい、パスタ」
「パスタって何です? 美味しいんです?」
「そりゃもう! パスタというのは南ミルディアス地方発祥の伝統食で、小麦で麺を作って茹でたものなんだけど、デュラム小麦やスペルト小麦などその種類も……」
「あははー。なんか謎の呪文みたいですね」
そこでカデュウは、つい無駄な事を語りすぎていたと気付く。
こういうものは、好きな事だからと言葉を羅列してもダメなのだ。
心に響くわかりやすいキーワードが重要なのである。
「……おっと、いけない。つまり簡単に言えば。……凄く美味しいよ!」
「そのうち食べてみたいです。美味しいのはいいですね!」
アイスは今日も元気な笑顔だ。
「アイスは何が好きなの?」
気が付けば人気の少ない暗い雰囲気の場所に出ていた。
この街のスラム地区、であろうか。
「私ですか? ……です」
「よお、お嬢ちゃん。さっきは世話になったなぁ?」
アイスが何か言いかけた時に、粗野な荒い声が割り込んだ。
「あなたは……、先程の」
最初に投げ飛ばした、あの乱暴な冒険者の1人か。
他の仲間達はいないようだが。
この手の人種の行動理念は、大体読めている。
「あんな事されちゃよ、俺のプライドが許さねえだろ」
まったく想像通りの理由に、カデュウは溜息をついた。
あの時、投げてしまったのが余計だったと見える。
「貴方が不用意な行動に出なければ、あんな事にはならなかった、とはお考えにならないのでしょうか」
「うるせえ!」
顔を真っ赤にして、その男は飛び掛かってきた。
カデュウが対処しようと、動きを見せた瞬間、その男が崩れ落ちる。
「ぐぁぁぁ!?」
アイスの剣によって足を少し斬られ、男は転げまわっていた。
さらにその男にとどめを刺そうと、アイスの剣が振るわれ――。
「ひっ……!」
「……危ない」
とっさに割って入ったカデュウが、なんとか防いだ。
この呪いの服の祝福が無ければ、間に合わなかったかもしれない。
「アイス! 落ち着いて。ね?」
そこへ高速の横薙ぎが追撃でやってくる。
とっさに左手のショートソードでそれを弾いたが、これ以上続くと厳しい。
「……え、……カデュウ? ……敵を、斬らなきゃ。かばった? 敵じゃない?」
虚ろな、そして悲し気な目で、アイスはその場に立ちつくした。
「斬る、敵、大切な、ダメ、……私、カデュウを、斬ろうと?」
「ちょっと、待っててね」
様子のおかしいアイスを優しく抱きしめ、カデュウは地面に倒れる男の方を向く。
「先程、プライドと仰いましたが、貴方のそれは虚栄心です」
突然、言われた男は、カデュウを見つめたまま動きを止めた。
「自分の為ならば、もっと賢く立ち回って下さい。他人の為ならば、もっと優しく振る舞って下さい。無意味な意地を張るだけでは、自分も他人も傷つくだけですよ」
にっこりと優しい笑いを見せ、敵じゃないよとアピールする。
ちょっと生意気な事を言ったので、両手を胸の前で組んで祈るようなポーズ。
「若輩者が失礼致しました。これは僕の先生の言葉です。お互いに、冒険者として頑張りましょうね」
そう言い残して、カデュウはアイスを連れて去っていった。
年齢差への配慮も入れておいた。完璧ですよこれは。
これであのギルド内でつまらない揉め事に巻き込まれなくなる。
まったり平穏な冒険者スローライフの第一歩だ。
などと心で考えていたりもしたが。
残された男は、その後ろ姿が小さくなった辺りでぼそりと呟いた。
「……天使だ」