第206話 これなるは、守るがための物語 6
当初こそ混乱していたゴール・ドーン軍であったが、落ち着きを取り戻してからは命令通りに射撃を防ぎつつも前へ前へ、着実に進んでいた。
矢の雨によって徐々に減らされてはいるが、それでも射撃を想定した対ダークエルフ用の装備であったことが功を奏した。
重装歩兵の盾と魔術兵の各種防御魔術によって被害はずいぶんと抑えられている。
一方。
カヴァッラ伯の率いる軍は、いまだ混乱の極みにあった。
態勢を立て直そうと谷の入口から出ようとして、狭い門に詰まりそこを撃たれ、余計に混乱して逃げようとし、やはり門を詰まらせ撃たれる、その繰り返しだ。
また、毒の話を信じて自分だけ助かろうと同士討ちも横行している始末であった。
それというのも率いるべき指揮官のカヴァッラ伯が慌てふためいて撤退の指示しか出していないからだ。
「逃げた奴らは放っておけ。帰るならば構わないし、そうでなくとも森で勝手にくたばる」
「了解です、ネイムさん。進んでいる軍の方はどうしましょう?」
「忌々しい事に守りが堅い。作戦通りあいつらに任せるとしよう。半数は魔王城の援護にむかってダーマ殿の指揮下に加われ」
ダークエルフの部隊を率いるネイムが部下となっている者達に指示を下し、谷間の奥側を見つめた。
ネイムは何かを感じとっているのか、目を細めて呟いた。
「……そろそろか」
先行した魔道騎士達は谷間を出て、起伏のある森林へと入り込んでいた。
それなりに整備された道が続いており、この道の通りに進めばいいだけというのが見てとれる。
飛行魔術を用いていた彼らは起伏をものともせず、低空を進んでいた。
これまで順調であった彼らだが、何かが横から飛来していることに気付き、とっさに回避する。
――矢だ。
矢の飛ばされた方角に首をふれば、そこにはひとりのダークエルフが木々の間を跳躍しながら並走していた。
それは谷間にて最初に出会ったダークエルフ――リーブルであった。
再び矢が放たれる。
正確な狙いだが、1本の矢など避ければいいだけだ。
「こんにちは。平和に行きましょうよ」
そういいながら、リーブルは笑顔で矢を放つ。
避ける事は彼らにとって簡単なことだが、飛行の軌道に重なるように撃たれているので、思うように移動出来なくなっていた。
「――【氷柱の雨】!」
魔道騎士のひとりがリーブルに氷の矢を放った。
一度に複数の氷の矢を浴びせる魔術が雨となって襲い掛かるが、リーブルは少し跳躍する高さを変えて、位置をずらして回避した。
「その程度の数と速度じゃ勝負にならねえよ、ダークエルフ」
「そうですか。ご忠告痛み入ります」
笑顔のまま丁寧な返事を返すリーブル。
その表情が気に入らなかったのか再び魔術を唱えようとしたそのとき。
横を並走するリーブルに視線を向けていた反対側から、びちゃ、っとしたものが、魔術を唱えようとした男の顔を濡らした。
血。
肉片。
「な、な、なに? 血?」
混乱するその男が首を回し、斜め前方を飛んでいた仲間の身体が森へ落下していく様子を目撃する。
正面、おそらくは正面。
そう決めつけ、森の中の道に目を向けると。
ひとりの小さき髭男、シードワーフがそこで槍を構え、投擲した。
轟音。
凄まじい速度で放たれた槍はとっさに展開された魔術障壁を、いとも簡単に貫いた。
混乱する男の横に並んでいた魔道騎士の肩が吹き飛ぶ。
かろうじて息はあるらしく、叫び声をあげながら森に落ちていった。
「ぐはは。やっぱ数より一発の威力だぜぇ。しかしあいつもギリギリで逸らしたか。中々の手練れ共よのぅ」
森の道に立ち、上空の敵を眺めるシードワーフ――オーラヴが顎髭をさわりながら楽しそうに笑った。
オーラヴはクリーチャー傭兵団の中でも投擲名人として名高い男であり、かつて別の軍を率いてゾンダと戦ったという過去を持っている。
「凄い威力ですね。それでは私も、アドバイス通りに数と速度とやらを試してみますか」
両腕の篭手につけられた弓を一度にもった矢を番え、次々に射出した。
片手に持つ矢が無くなれば逆腕の弓を使い、同じように次々と。
跳躍の合間に、いつのまにやら足で持った弓を足で引き絞り、撃つ。
曲芸のような並射を異常な速度で撃ち続け、雨のような矢を降り注ぐ。
すべての狙いは、アドバイスをくれた男へと。
「うおぉぉぉ!?」
オーラヴの槍の恐怖が頭にあって、そちら側に魔力の盾を展開してしまったその男にはもはや為す術がなかった。
多少は防いだものの、その数によって手足に次々と矢が刺さり、森の中へと消えていった。
「いや、まあ。私が引き付けてオーラヴさんの槍を当てる、という作戦だったわけなのですが……。数にご満足頂けなかったようですので、増やしておきました」
リーブルは落ちた男には目もくれず、次の矢を手早く構える。
2方向から射撃され、残る魔道騎士達は戸惑いながらも規律を保ち、リーダー格の男の指示に合わせて動きを見せる。
「これでまた平和に近づきましたね。さあ、次々と平和にしましょう」
にこりと、優し気な笑顔を見せて、リーブルが次の目標に狙いをつけた。




