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第202話 これなるは、守るがための物語 2

 兵糧問題を抱えて、その場に集まった3人の指揮官達の空気は重かった。

 まさか一戦も交えることなく、苦境に陥るとは誰も想像しなかったことだろう。

 兵達からは約3割の兵糧が使い物にならないと報告されていた。


「このままでは、行きも未知数ではあるが、何より帰りの兵糧が保証出来んな」

「マズいですぞ、アダルテ将軍。早急に事態を解決せねばなりません」


 慌てた声で、カヴァッラ伯ステファノスがそういった。

 この場にいる誰もがわかりきった事を何の案もなく口にしただけなのだが、気付いた自分自身にどこか誇らしげな様子もうかがえる。


「まだ、古の大森林に侵入して3日程度。わずかそれだけの日数で兵糧の3割が腐るなど……」

「――撤退、がよろしいかと思いますが。アダルテ将軍」


「何に出会う事もなく、自分たちの不始末だけでおめおめと撤退するとおっしゃるのですか? エネディ伯、それはマズい。兵の不満は高まりますし、この時期に無駄な行動を起こしたと、我らが他の貴族達や民衆に糾弾されますぞ」


「しかし、現実問題として兵糧がなくては飢え死にするだけです。無駄に兵を死なせるほうがマズいでしょう、カヴァッラ伯?」


「それはそうですが……」

「撤退は、出来ない。我々は成果を手にする必要がある。もう後には引けないのだ。それは伯達もご存じのはず」

「ならばどうします?」

「帰還分の兵糧を持たせて一部の兵を帰らせる。これならば残りの兵糧でもまだ進むことができる」


「なるほど、それでは私が批判にさらされてくるとしましょう。――我が軍は魔獣兵も抱えており兵糧の消費も激しい。餌がなくなれば同士討ちになりかねませんしな」


 アダルテとしては、信用を置いていないエネディ伯だから連れてきたのだし、まともな働きを期待できる指揮官でもあるので、戻したくはなかった。

 しかし、カヴァッラ伯は撤退に反対しており、一部撤退を提案したアダルテがエネディ伯の言葉を退けることもできない。

 うまく言を引き出されたのかもしれないと思いながらも承認するほかなかった。


「――そうしてくれると助かる。ダークエルフからの攻撃があるやもしれん、注意してくれ」

「お任せください。兵達は無事、帰還させましょう」


 落ち着いた声で言ってのけるエネディ伯に、より疑念は強まったが、アダルテは仕方がないと考えなおして、念のために別の対策を打ちだした。


「カヴァッラ伯、念のために輸送隊の警備を厳重にしてくれるか。襲撃の危険は奥へ行くほど高まると考えた方がいい」

「もちろんです、アダルテ将軍。私とて食事が出来なくなるのは困りますからな!」


 これは言葉通りにダークエルフからの奇襲の懸念と、エネディ伯が背後から裏切る可能性を考えての事だ。

 この機にアダルテを亡き者にするため魔獣が暴走した、などと言い張るかもしれない。

 そこまではやらないとも思ってはいたが、皇帝の為の遠征に万が一があってはならないと念を入れての警戒である。


 しかし、その警戒は無用に終わり、ダークエルフからの奇襲すらもなかった。

 古の大森林に入って10日、人の手の入らぬ大森林の中には道など存在しないため、少しずつ魔術によって方角などを確認しながら進む上に、大木がうねり川がいくつも横切って険しい山地や崖が行く手を阻んでいた。

 しかし、それ以外の脅威もないようなものではあった。

 病を訴える兵も少しはいたのだが、数が少なくその報告はアダルテまでは届いていない。


「何故だ? 何故ダークエルフは襲ってこない? 今までの小競り合いにおいてはもっと早くに衝突したと記録にあったが」


「こちらの軍の多さに手出しを控えているのかもしれませんね。むしろ、本当の敵はこの大自然なのかもと、思えてきました」


 アダルテの疑問に声を返したのは、腹心である魔道騎士マギア・クリバノフォロスだ。 彼らは階級としては筆頭百人隊長と同じであり、これはゴール・ドーンの軍階級においてかなり高位に位置する。


「あれから兵糧が腐るような報告はないな?」

「はい、まったく問題はございません」


 きっぱりと返事をしたのは先程とは別の男。

 魔道騎士マギア・クリバノフォロスの中でも、アダルテに参謀として仕える者だ。


「……まさかエネディ伯がわざと? ……奴ならやりかねんな」



 古の大森林に入って17日、1週間の間に見たこともない魔物達の襲撃が相次いだ。

 中でも鹿のような魔物による被害が大きく、生半可な魔術を跳ね除ける力を有していたようで、ゴール・ドーン遠征軍は魔術兵を何人も失うハメとなっていた。


 長き遠征の実態は未知の領域の探検でもあり、心身共に消耗も激しく通常ならば脱走兵が出始める頃であったが、このような環境が幸いしたのだろう、逃げ出す者はほとんどいなかった。


 病が流行りだし、体調不良をうったえる兵が続出しているのも、疲労に加えて環境を考えればありえる話だと、アダルテは渋い顔で納得せざるを得なかった。


 そして、ついに――。


「将軍! 前方に門が見えます!」

「ようやくか。帝都の遺跡……というわけでもなさそうだな。木製であるし、妙に新しい。敵を警戒しつつ門に近づけ。探知魔術を」


 木作りの門は狭まった崖の間にあり、自然を利用した要所であった。

 防衛には最適であり、遠征軍にとって極めて危険な地という事でもある。


「将軍! 反応があります、中にひとりのみ!」

「将軍! 門は開けられています!」


「……どういう事だ」


 予想外の状況に、アダルテが迷いを見せた。

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