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第201話 これなるは、守るがための物語 1

 エネディの街北部に集結したゴール・ドーン軍は、古の大森林の遠征を開始した。

 総勢2400名、全軍の指揮をとるのは魔道将軍アダルテ。

 マルク帝国との戦いで長年に渡って多大な戦果を挙げた、ゴール・ドーンの英雄である。

 この度の遠征は、古の大森林深部にあるという魔王城、古代ミルディアス帝国の帝都アルケーを目指しての大規模な探検部隊なので通常とは異なる編成がなされていた。


 ゴール・ドーンの特徴的な兵科である重装騎兵(カタフラクトス)は、森林ではその特性を生かせないために今回は連れてこられてはいないし、騎兵と戦う予定もないので槍兵もほとんど組み込まれていない。


 ダークエルフをはじめとしたエルフからの攻撃が予想される為に、重装歩兵や軽装歩兵に弓兵、そして魔術兵が主体となっている。

 この魔術兵こそ、ゴール・ドーンが他国と一線を画す大きな特徴であった。

 異なる大陸のマルク帝国は別として、魔術師を軍隊として編成出来る国家は大陸中でゴール・ドーンしか存在しない。


 魔術師とは希少な存在であり、才能がなければ魔術を習得すら出来ないし、才能があっても軍として役立つ魔術が扱える者となると、さらに絞られてくる。

 そして優秀な魔術師ほど、ただの兵士として雇われることを好まない。


 希少な才能をもった魔術師達は、その多くが個人の力が物を言う冒険者のような職業を選ぶからだ。

 引く手あまたで仲間内でも一目置かれ、自身の修行にもなり、遺跡の探索によって魔術具や魔術書が見つかればそれは自身のモノとなる。

 自由で気楽であるし、実力さえあれば稼ぎも多く、民衆からも英雄として扱われる。


 かたや軍隊の所属であれば、他の兵士と変わらぬ扱いでしかなく、上司にどやされ同僚からは自分達と異なるというだけで迫害されるのだ。

 組織は異物を好まない。劣る者であっても優れた者であっても、ひとしく平等に。

 だというのに常人には成しえない力を持ったものが、どうして一兵卒に甘んじていられるだろうか。


 また、軍の戦いにおいては、多少攻撃が出来る魔術師がいても、それは弓兵と大差がない。

 火炎弾が飛んで来ようと矢が飛んで来ようと、当たれば死ぬという点に変わりはないからだ。


 おまけに他の術者がいれば術の相性も考慮しなくてはならず、それが部隊となるとさらに適した人材を集めるのが難しくなる。

 そんな多大な手間をかけるぐらいなら、素直に弓兵を採用した方が手っ取り早いしコストもかからないのだ。


 もちろん、偵察や地形把握、馬を驚かして混乱させるなど、使い方次第ではある。

 ごく一部に魔術を用いる軍ならば例もあるのだが、魔術師を部隊として現実的に採用出来るのは、魔導学院の存在によって多くの魔術師を輩出しているゴール・ドーンだけなのであった。


 魔道将軍とは、その魔術兵を預けられたゴール・ドーン軍の頂点なのである。

 そして魔術兵の中でも、魔道騎士マギア・クリバノフォロスは言わばゴール・ドーン軍のエリート階級であり、魔道将軍直属の最精鋭部隊だ。

 その人数は極めて少なくゴール・ドーン全体でも100人に満たないが、今回の遠征には20名随行していた。


 これら魔術兵を含め、魔道将軍アダルテが率いる軍が600名。

 

 エネディ伯爵領からは、エネディ伯自身が率いる軍と、魔獣を飼いならして兵とした魔獣兵呼ばれる特殊部隊が合わせて300名。


 カヴァッラ伯爵領からは、カヴァッラ伯が率いる軍200名。


 各軍の輸送隊が合わせて1500名。


 総勢約2600名がこの軍団の全容である。


 輸送隊が重視されているのは2カ月分の物資をもって、長期遠征を支える為だ。

 何しろ目的地は、何日かかるのかわかるはずもない前人未到の地。

 かつて誰も成しえなかった古の大森林の深部へ行こうというのだから物資は多ければ多いほど安心できる。

 主な敵と想定されるのはダークエルフなのだが、今回の規模の軍団にとって真なる敵は補給にあると軍上層部は予測していたのである。



「後、何日森の中なんすかねえ。山道だったり川もあったりするけど、結局どこまでいっても森ばかりで嫌になっちまいますねえ。特にこの森暗いし」


 若い兵士が愚痴まじりに十人隊長である隣の男性に話を振った。


「なんだ、怖いのか?」


 十人隊長は苦笑して、若い兵士に言葉を返した。


「そんなんじゃねえっすけど」

「恵みをもたらす一方で、森は古来から恐怖の象徴でもある。怖がるのも一理はあるさ」


「隊長、詳しいっすね。魔術師みたいですぜ」

「俺も昔は魔術師となるのを夢みたことがあってな」



 行軍も終わり、陣を構築し終えた兵達は、食料の配給場へと足を運んだ。

 代り映えのない日々のわずかな楽しみの機会でもある。


「さーて、食事だ。爺さん、もう出来てっか?」

「……」


 兵糧が積まれた荷台を見つめる輸送隊の老人は若い兵士に声をかけられても動きを見せなかった。

 何かの異常があるのかと、十人隊長が老人に声をかける。


「おい、どうした? 爺さん?」


「兵糧が、腐っちまってる……」


 多少であれば兵糧がダメになったとしても、このような反応はしないはずだ。

 嫌な予感が十人隊長の脳裏によぎる。


「なんだと? 無事なのはどれぐらいだ?」

「こら、やべえぞ。偉いさんに連絡せにゃあ!」


「おい、爺さん! 残りはどれぐらいなんだ!」

「……ここにある分は全部ダメじゃ」


 十人隊長の顔色が焦りに満ちた。

 同じように、その場に居た者達もまた……。

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