第20話 冒険者は絡むもの 実質パスタ
「……え? まさか、僕ですか?」
絡んできたのは、20代前後の男性冒険者、と思わしき4人組であった。
見るからに、軽薄な者達だ。
「ガキ共には用はねえよ、兄ちゃんにもな」
ちょっと待って?
女性だらけのパーティで、ピンポイントで狙われるのが女装した男ってどういう事?
この人達、変態? 変態なの?
などと思考がぐるぐると混乱していたカデュウは、つい本音を漏らしてしまった。
「……気持ち悪」
「なんだとコラァ!」
男達の一人が大声で威嚇してきた。
「姉ちゃんのせいで俺のハートが傷ついちまったわぁ。こりゃあ詫びが必要だよなぁ」
ニチャア……、と。口元を歪め、挑発的な笑みを浮かべる。
大きな声をあげたせいだろう、酒場にいた他の冒険者達も騒然なっていた。
冒険者は何も、英雄志願者ばかりが集まっているわけではない。
裏社会に堕ちる前に冒険者になった、というタイプも少なくない。
貧困層であっても、簡単な審査で冒険者となって一攫千金の夢が与えられる。
そうした、命を張るしかなかった者達や、こうした犯罪者手前の者達。
言わば一般社会に適合できなかった異分子の集団なのだ。
自然、こうした乱暴者も出てくるわけで。
「他の奴らは勘弁してやるからよ、ちっとつきあえよ」
そのまま男がカデュウの腕を掴んだ。
――と、同時に男の身体がくるりと回転し叩きつけられる。
「体術は得意じゃないんですが……。他の人の迷惑になります、やめて下さい」
「テメエ、女だとやさしくしてりゃ調子に乗りやがって!」
この手の人が、これで収まるとはまったく思っていなかった。
気持ち悪いからやってしまったが、せめて周囲への印象作りをしなくては。
冒険者ギルドから処罰がきてもつまらない。
こういう場合の規約がどうなっているのかはカデュウにはわからないのだが。
「こら! 女の子相手に恥ずかしくないのか! それでも冒険者か!」
勢いよく、男達に食ってかかったのはソトであった。
……小麦ジュースをまだ頭にのせたままだが。
「そうですよ、カデュウにそれ以上触るなら斬りますよ!」
続いて、アイスも男達に指を突きつけ、物騒な言葉を吐く。
とりあえず君達は頭のジュースをテーブルに置きなさい。
のせておいてなんだけども。
「バカにしてんのか、なんだその頭は!」
大変ごもっともである。でも絡む前からこうだったんですよ。
「いつでも飲めて便利だろうが! バカか貴様は!」
頭のコップを取ってゴクゴクと飲んでから、ソトはまた頭に戻した。
……何故戻したし。
「えぇ……? なんだかわからなくなってきたぞ……?」
「そうだったんです? 確かにいつでも飲めるのは良いですね」
アイスまで同じように、頭から取って、飲んでまた戻す。
器用ですね君達。
「変な事教えるから真似しちゃいましたよ」
「と、とにかく! 頭のコップなんかどうでもいいんだよ!」
なんとか頑張って激昂した男だが、大分ぐだぐだした空気に飲まれている。
「ほほう。しかしそのどうでもいい事を指摘したのは、貴様ではないかね?」
「いや、そりゃ確かに言ったけどよ……」
「それなら、謝罪の気持ちが必要だよなぁ? 謝るか慰謝料を寄越すかだろう」
「そうですよ、さもなくば死です。無礼者は首ちょんぱですよ」
……なんと、逆に滅茶苦茶な要求した上に脅しだした。
新手の詐欺師か何かですか君達は。
アイスの眼はまったく笑ってないから余計に怖い。もしや本気なのでは……?
酒場にいた他の冒険者達もソト達の応援に回った。
「……ご、ごめんなさい?」
わけのわからない雰囲気に飲まれた男は、困惑しながら謝罪をする。
周囲の冒険者達はソトの勢いに喝采を贈りだす。
そのカオスな空間に、鎧の男が割って入った。
「失礼、その辺りでもうよろしいか?」
美しい装飾が施された騎士風の銀の鎧に負けていない、凛々しく端正な顔立ちに意志の強い眼を宿したその男は、まずは乱暴な男達へと向いた。
「お嬢さん方をお誘いするには、君達は少々手荒過ぎた。そうだね?」
「あ、ああ……」
「非は彼らにあるだろうが、その辺りで勘弁してやってくれませんか、お嬢さん方」
そしてソト達へと優しく語りかける。
「ここは酒場であり、冒険者ギルドです。あまり大事にしない方が賢明でしょう」
「む……」
「申し遅れました。私はヌルディと申します、お見知りおきを」
礼儀正しく上品なその振る舞いは、見事な鎧と相まって物語に登場する理想の騎士のようであった。
「銀の鎧にその風貌。――“吟遊聖騎士”か!」
ソトの言葉によって、冒険者ギルドが一気にざわつきだした。
「あれが、“吟遊聖騎士”ヌルディ……」
「あの噂の、二つ星冒険者……」
ほぼ同時に、酒場のあちこちから少しずつ声が、その銀の鎧の騎士風の人物に向けた憧れと賞賛の歓声が広まっている。
酒場全体の注目が銀の鎧の騎士風の人物に集中していた。
一つ星冒険者が中級冒険者が昇格して上級冒険者の仲間入りを果たした時のランクである。
二つ星冒険者とはその選ばれし上級冒険者の中でもさらに1段上、数々の難しい冒険を成功させた英雄といっても過言ではないだろう。
これら上級冒険者には、ただ地道に仕事をこなすだけでは決して昇格できず、多大な貢献を果たした者のみが審査資格を得られるという。
「……怪我人が出る前に終わって本当に良かった。では、私はこれで」
見事仲裁を果たし、ヌルディはギルドの受付へと歩いて行った。
それを見送った後、元通りの喧騒を取り戻した酒場で、アイスがくるりと向いた。
「ところでカデュウ、このコップどうしましょう?」
「降ろしなさい」




