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第197話 まさかの緊急事態

「ここの生活も馴染んできたねえ、実に美味しい」

「食べ歩き担当は楽でいいよな……」


 ユディが気持ちよさそうにベッドでのびをする。

 そこへソト師匠からぼやきが飛んできたのだが、こちらもベッドでごろごろしていた。

 夕食の後、宿でくつろぐ時間なので皆がごろごろしたり椅子にもたれたりしているのだ。

 アイスとイスマはまだ浴場から出てきていないのだが、温泉なので満喫しているのだろう。


「まー、当たり前だけど、美味しい店の料理人には断られるねぇ。本気にされない場合もよくあるかな」

「生活が安定していると難しいだろなー。何かに問題を抱えていないと、環境を変えるなんて発想にならんし。かといってマズい料理人誘ってもしょうがないしな……」


 料理人の場合、食という根源的な欲求に根差す職業であるし、以前の職人達と違って生活する事が難しいという環境に置かれていない。

 環境を変える必要性を感じていないのに、環境を変える提案をしても良い結果が得られないのは当然であった。


「すでに人気のある料理人の中で、自らの店を所有している人はまず無理でしょう。周囲から求められているし、その場所に根を張っているからです。しかし料理をしているだけの従業員ならば可能性はありますね」

「なるほど、店の主が料理をしているとは限らないしな」


 その会話にカデュウが紅茶を飲みながら口を挟んだ。

 ソト師匠も納得したようで、うんうんと頷いている。


「他には、料理店の中でも専門的な分野、例えば魚介料理店あたりなら、食材自体の供給が厳しいから、話に乗ってくれるかもしれません」

「食材供給がないと私が食べれない……がっくし」


 ユディが目的をはき違えた事を言い出すが、当然スルーである。


「他に例外があるとしたら……変わり者だね。芸術家のようなタイプの人が開拓村の環境に興味を持ってくれたのなら、あるいは……」

「ターレスのおっさんみたいなタイプかー。料理がマズいと怒鳴りつけそうな」

「それカデュウじゃない?」


 何やら失礼な発言がユディの口から飛び出した。


「マズい物出すと怒り出すしな」

「怒鳴った事はないですー。レシピ書いた紙をこっそり寝所に置こうと思った事はあるけど」

「逆にもっと怖いわ。なんで寝所なんだ」


 あまりこの話題を続けるのは良くないと判断したカデュウは、すぐに本題に戻った。


「まあ、ともかく。そんな感じの人材を探すのがいいかもね」

「ふーみゅ。食べ歩きから地道な捜査にチェンジとな。……ソト、変わる?」


「あいにく私はお茶を淹れるお仕事が忙しくてなー。合間に菓子を食べるのにも忙しい。こっそり石を買うお仕事も忙しい」


「こっそり買ってたんですか!?」

「お隣の爺さんが、直接持ってきてな……。今ならお安く……とささやくんだよ。いずれ買う事になるわけだから、チカタナイね!」


 ソト師匠からとんでもないカミングアウトをくらった。

 魔霊石の代金によってカフェの稼ぎなど吹き飛び大赤字である。


「抜け目のない執事さんめ。……それ以上買っちゃダメですよ、ソト師匠」




 翌日の魔導学院も問題なく過ごし、帰り支度をしていたカデュウの下にペタルがやってきた。


「ペタルさん、御機嫌よう」

「カーデさん、お話がありますわ。こちらへ来てください」


 口調と表情から察するに何やら真面目な話のようだと判断し、カデュウは黙ってそれに従った。


「ペタルさん、お話とは?」

「まずはカーデさんに謝らなければなりませんわ。私はあなたの事をある程度知った上で近づいたのです。私の家の事はすでにご存じですわね、諜報局を統括する家系だと」

「ええ」


「私はカーデさんの情報を知った上で、興味を抱き近づいたのです。こちらからアプローチするのは不慣れですから、少々醜態をお見せしましたが……」


 最初の頃、謎に張り合ってきた事を思い出し、不慣れっていう問題なのかなとは思ったが面白い人ではあったので大丈夫だ。


「はい。……特に謝られるような要素を感じませんが」

「私の興味に適うかどうか、査定してから接したのですから、失礼な話でしょう」


「まあ、普通は事前に調査まではやらないと思いますが。どの道、お付き合いする上で気が合うかどうかというのは、皆が無意識であっても査定しているものかと思いますよ。ですから、いいんじゃないでしょうか? こうしてお目に適う事が出来て嬉しいですよ」


 にこりとカデュウが微笑む。


「そのようにおっしゃっていただけるなんて、感激ですわ……! カーデさん、私は親友としてあなたの味方となりましょう」

「ありがとうございます、ペタルさん」


 ペタルは嬉しそうに震えていたかと思うと、突然真面目な顔をして雰囲気を一変させた。


「本来中立を義務付けられた我が家ですが、あくまで国内からの不干渉を定めたルール。国外の民間人に味方してはならないという決まりはありません。――ええ、ですから、あなたの味方にはなれるのですわ」


「そうなんですか。……お話の内容というのは、もしや、そのように重いものだと?」


「お話致しましょう。国内、特にニキとエネディ、カヴァッラにおいて、食料の買い付けが始まっています。種類や規模から言って軍の遠征がある、とみるのが自然でしょうね」

「軍、というとマルク帝国と……?」


「いいえ。動きを見せている軍は三つ程。陛下からの勅命もございませんわ。独自に軍を動かしている以上、相手はマルク帝国ではないでしょう。無論、本来ならば勝手に軍を動かす事など許されませんが、なにしろ我が国は皇帝陛下がそのお役目を果たせておりませんからね」


 ペタルの言い方はやや侮辱気味で、あまり皇帝に敬意を持ってなさそうなものであった。


「この軍を動かしている者の名はチェリニキ侯アダルテ。以前、街から外出した際にあなたを尾行していた男でもあります。本人が行ったのか、配下を使ったのかは存じませんが」


「確かに誰か尾行していると……、でも何故?」


 カデュウには皇子を張り倒したぐらいしか心当たりがなかった。

 職人達を連れていくのがまずいのならば尾行ではなく止められただろうし。


「情報によれば、カーデさんはマルク帝国の密偵ではないか、という疑惑がもたれています。魔道将軍であるチェリニキ侯が監視していたのは、万が一あなたが暗殺教団の密偵であった場合の備えでしょうね」


 尾行していたのに、巨人などが出てきても手助けしてくれないなんて、酷い。


「でも、尾行したのならば私達は密偵じゃないとわかったはずでは?」

「チェリニキ侯はもうひとりの尾行者と共に、カーデさん達が消えた地点を念入りに調査しました」

「え、まさか……?」


 嫌な予感がよぎった。

 そしてその予感は正しかったことが、ペタルの言葉で証明される結果となった。


「ええ、そうですわ。転移した際の魔術光を見た彼らは、古代ミルディアス帝国の転移陣を見つけ出しました。古代の帝都へと続く転移陣を。誰も動かせないとされる古代の帝都への転移陣を扱えるような方々を、一介の冒険者や商人だとは認識しないでしょう」


「――えええっ!? ただ開拓しているだけなのに……」


 誤解が多すぎるが、客観的にみれば色々と怪しさが極まっているのも理解できる。

 カデュウがその立場であっても同じ結論を下すだろう。


「しかし、どういう目的でどこを目指して動くのかまでは私にはわかりませんでしたわ」

「それは僕が説明しましょう」


 脇から現れたのは、第四皇子テオドゥスであった。

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