第196話 忠誠の在り方
あるところに、ウッドウォートという若き魔術師の男性がいました。
彼は強大な魔力の持ち主として、若くして皇帝へと選ばれました。
学院において親友にも恵まれ、庶民の暮らしもよく見てきた彼は、民の為にと働き続け、いつしか名君と呼ばれるまでになるのです。
しかし、隣国のマルク帝国がそんな彼の国へと侵略を開始しました。
マルク帝国は強く勢いのある大国であり、魔術大国と呼ばれた彼の国であっても苦戦を強いられます。
なんとか彼の魔力を駆使して撃退したものの、その被害は甚大なものとなっていました。
「私の力が……足りなかったばかりに……皆が……」
彼は嘆きました。力不足を嘆きました。
そんな彼の声が届いたのでしょう。彼は、不思議なお告げを受けたのです。
天よりの神託か。災厄よりの甘言か。
あるいは、そう。――古への妄執か。
「もっと力を……、もっと魔力を……! そうだ、古の皇帝のように、絶対の力を!」
力を求め続けた彼は古代の遺跡を調査させ続けるのですが、望むような成果は得られませんでした。
数々の秘宝こそ手にしたものの、彼が求める力は手に入らなかったからです。
不可思議な欠片を見つけた事もありましたが、それには何の力もありませんでした。
彼は、古代帝国に憧れ続けました。
いつしか彼は、力を得る事以外に興味を示さなくなりました。
何の為に力を求め続けたのか、思い出せなくなってきたのです。
なんとか我に返える事が出来た彼は若き頃からの忠臣達を集め、何が起きているのかを説明します。
話を聞き、忠臣達は誓いを立てました。
やがて、力を求め続けた皇帝は、極端な政策を施行させました。
自身の力が足りないのならば、次代を育てなくてはならないと考えたからです。
皇帝にはもう、時間が残されていませんでした。
忠臣のひとりが皇帝に諫言しましたが、命懸けのその行為は、ただ命を散らすだけとなりました。
子供を逃がそうとした忠臣の妻までも消し去り、皇帝は自身の愛馬を忠臣の代わりに大臣としました。
愛馬は裏切らないからです。
忠臣のひとりが皇帝に諫言しましたが、命懸けのその行為は、ただ命を無駄にするだけとなりました。
家族のいなかった忠臣の代わりに、皇帝は熊を家令としました。
熊は裏切らないからです。
皇帝は皆に恐れられ、誰も逆らう事はなくなりました。
心あるものは口を閉ざし、野心あるものは媚びへつらい――。
「やめろ、もういい」
アダルテは不快さを隠さず、仮面の吟遊詩人を睨みつけた。
言われた通りに仮面の吟遊詩人は竪琴を下げ、歌を止める。
「これは申し訳ありません。将軍閣下にはお気に召さなかったようで。それでは役立たずの吟遊詩人は去ると致しましょう」
うやうやしい礼をして、仮面の吟遊詩人はゆっくりと退室した。
そのまったく申し訳ないと思っていない態度にアダルテは苛立ったが、たかが吟遊詩人に用があるわけでもない。
アダルテは本来の目的を果たすべく、この店の個室で会う事となった男へと顔を向けた。
「エネディ伯、帝都の街道の騒動に加担しておきながら、あのような話を聞かせるとは。私を怒らせたいのか?」
「いえ、とんでもない。お忙しい中にいらして頂けたのですから、せめてお楽しみ頂けるようにと店に手配させました吟遊詩人でしたが、……まことに失礼致しました。アダルテ将軍が求めるものの事は、私もよく知っております。本日はその要件でございましょう?」
怒気を向けられたエネディ伯は意に介さずニヤニヤしながらも、その目元は鋭くアダルテを見つめていた。
エネディの街を治めているエネディ伯爵家は魔物を研究する学派の家系でもあるのだが、昨日ヴァルバリア街道において伯が所有する秘密裏の地下収容場から逃亡した魔物達が旅人を襲うという騒動があった。
すでに冒険者を護衛につけた一団によって魔物達は退治されてはいるが、それまでに何組かの犠牲者もでている。
アダルテはその件についての詰問を口実に会うつもりだったのだが、それよりも早くエネディ伯の方から会談を申し込んできたのであった。
「……伯は耳ざといな。何故それを?」
まさか自身の本当の要件に気付かれるとは、アダルテにも予想外の事。
警戒度を強めて、目を光らせる。
「いえいえ。私もあの事故には心を痛めておりまして。申し訳がないので、せめて将軍に協力させて頂きたいと考えていたのですよ、はい」
怪しい口ぶりで、エネディ伯は笑みを絶やさず自ら協力を申し出た。
弱みを握り強制するつもりであったが、まさかその前から協力的な態度に出るとは思わなかった。
何の目的があるのか、とアダルテは一瞬考え込んだが、元々協力をさせに来たのだから構わない、と考えを打ち切り頷く。
「話が早くて助かる。では、早急に準備を整えよ、エネディ伯ニコラオス。すでにカヴァッラ伯にも協力を取り付けてある」
「仰せのままに。……狩りをお手伝いするだけお目こぼし頂けるのですから、ありがたいですね。くくく」
眉を少しだけ吊り上げ、疑問に思ったアダルテだが、それを口に出す事はなかった。
そこに、悪意の影が潜んでいたとも気付かずに――。




