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第192話 皇子様、遊ばれる

「ほう。思ったよりもかなりの量の情報だ、よくやった」


「お褒めにあずかり光栄です、ユルギヌス様……殿下」

「……なんだその慣れない呼び方は。どうせ、礼儀の拙さを指摘されたのであろう。拙いからと言ってその程度で怒り出すほど器量が狭いつもりもないので、校内においてはこれまで通りで構わん。学院にはそう伝えてある」


 そういえば確かに他の生徒も殿下とは呼んでいなかった。

 教師に至っては呼び捨てな事もあった気がする。

 庶民も在籍する学院であるし、礼儀作法のことでそこまで罰したくはないという優しさなのかもしれない。


「素敵な温情に感謝感激でございます」

「その変な口調はわざとやっているのではあるまいな……。まあいい。どれ、褒美に俺の」

「キモッ。死んでください」

「まだ何も言っておらんだろうが! あとキモとか言うな、心が傷つくんだぞ!」


「すみません、つい条件反射で」

「まったく、俺をなんだと思っている」


 そこへにょっきり横から出てきたペタルが手元の紙に目を落としながら読み上げた。


「いつかあいつを押し倒してモノにしたい、などと意味不明な発言をしたとメイド達からの証言が……」

「おいこらペタルやめろ、お前なんでここにいる!」


「ここにお宅のメイド達からの証言を記した紙がありまして」


 そのメイドがどうたらと書かれた紙を見た瞬間、ユルギヌスはうろたえて冷や汗を流しながらしどろもどろに弁解しだした。


「ちが、いや、これはその、……そういうんじゃなくてだな。その、俺の妃として迎えたいと」

「やめてください、殺しますよ」

「殺害予告!? そんなに嫌がるの!?」


 何を当然なことを、という表情でカデュウはユルギヌスを暗い目で見つめる。


「簡単に手に入らぬから燃える、などと意味不明な発言を……」

「そのような事はまだ言っておらぬ!」


「それ以上近づかないでくださいね、依頼人だからまだ生かしておきますけど」

「待て違う待て、本気にするな、戯れだ戯れ。話が進まんからそろそろ止めよ」

「大丈夫です、本気なら相手に殺すなどとは言いませんから」

「なんか発言が怖いんだが!?」


「その蔑んだ視線が癖になる、などと意味不明な……」

「そんな事は一切言っておらん! お前はもう喋るな、話が進まんと言っておるだろう! 本当になんでここにいるんだ!」


 何を当然なことを、という表情でペタルはユルギヌスに目を細めてみせる。


「カーデさんに会いに来たに決まっているでしょう。ユルギヌス様……殿下」

「お前、隠れて全部聞いていたな。……なんでわざわざ言い直した」


「だって、殿下と呼ぶなとわざわざ全校生徒に指示したのは殿下ではありませんか」

「呼ぶなと言ってる事を知っているお前がわざわざ呼ぶのは嫌がらせか何かか?」


「遊んでいるだけですわ。さ、続きをどうぞ」

「くそ、だから嫌なんだよこいつ……」


 ……小さい方の皇子から毛虫の如く嫌われていた理由の一旦がわかった気がする。

 友達が出来ないぼっちさんかと思いきや、中々に良い性格をしていらっしゃるようだ。


「あー、うむ。……そのー、とりあえず。……ご苦労であった」

「あー、はい、どうもです」


 一連のやり取りで謎の気まずさが漂う。

 キモいけど色々バラされてるのはなんだかかわいそうになってきた。キモいけど。


「で、褒美として俺の判断で何かやろうと思うのだが……何が良い?」

「うーん、今だと料理人が欲しいですね?」

「人は……褒美で渡すようなものではあるまい。何故、料理人限定なのかは知らぬが」


「じゃあ、船とか?」

「船は吹っ掛けすぎだぞ……。大体、この街はマルク帝国に海上封鎖されていて船など出したら沈められるぞ」

「そういえばそうでしたね。面倒だからもう金銭でいいですよ」

「……まぁ、わかった。こちらで考慮しておこう」


 段々面倒臭くなったカデュウは万能アイテム現ナマを要求した。

 それを察したのか、ユルギヌスはあいまいな返事を返す。

 現ナマ案はやんわり否定されたような気がする。


「さて、こうして情報を集めてもらったわけだが……。何か意見はあるか、質問でもいい」

「それでは直接お聞きしますが、兄弟同士の仲も悪いのでしょうか?」


「少なくとも、兄にも弟にも取り立てて悪い感情など抱いていない、俺はな。向こうがどうなのかはわからない」


「どうも情報の限りだと、派閥の人達が勝手に争っているっぽいんですよね」

「間違いではないな。俺はそのような指示を出した覚えはない、他は知らぬが」

「これって皇子同士で止める事は出来ないんでしょうか」


 派閥のトップである皇子達が争い合いたくないのならば、協力して止める事は出来ないのだろうか。

 出来ないんだろうなぁ、と察しつつも一応質問をしてみる。


「父上、つまり皇帝陛下ならば止められる。しかし皇子では難しいな、後継者争いで劣勢と見なされる他の二人の派閥は当然逆転を狙う為に無理をしてくるのは目に見えている。そして……俺の派閥とされているディアメリスマ侯は……俺よりも上だ」

「え? 皇子殿下より上の人が皇帝陛下以外にいるんですか?」


「ああ。マンディス公ベネディクト、ディアメリスマ侯アラフニ、魔導学院長オールドマン、魔道将軍アダルテ。この四名はそれぞれが国家の重鎮であり、彼らに命令出来るのは父上のみだ」


「厳密にいうのならば、マンディス公爵家は国家の情報を統括する家柄ですわ。代々皇帝陛下以外には中立を義務付けられ、あらゆる勢力からの干渉が認められていません。その強大な権限の代わりに公爵家にしては領地が小さく、ヴァルバリアの一部のみに留められているのですけども」


 マンディス家という事はペタルの家系だ。

 情報を握る家だからメイドがどうのという情報まで……。

 確かに、裏の裏まで秘密を握っているのだからその力が皇子よりも上という話も誇張ではなさそうだ。

 やりたい放題な皇子達への態度を考えてみれば、公爵令嬢であるペタルもその権限を持っているのかもしれない。

 ……友達が出来ない理由も納得というものだ。


「そしてディアメリスマ侯は、周辺諸国に目を光らせる外交とイルミディム地方における外的駆除の役目を負う、国内No.2の権力者だ。若い頃からの忠臣として父上からの信頼も厚い。だが……あの男が問題なのはそういう事ではない……」


「あの男はな、俺など視界に入っていないのだ……。お前では皇帝に、奴自身の主たるに相応しくない、と。そう言われているように感じるのだ……」


「各所からの情報でも、ディアメリスマ侯は野心家であり、国に忠誠など持ち合わせていない、というものが多いですわね。恐らくカーデさんの方でもそういう噂も耳にしたことでしょう。もちろんその逆の噂もあるにはあるのですが……」


「正直に言えば、あの男を御せる自信はない。俺は仲が悪いつもりもない兄や弟などより、あの男の方が恐ろしいのだ」

「……だから信用出来る者が少ない、と仰ったのですね。まぁディアメリスマ侯は私達が会った時には特に怖い所は見せてませんでしたけども」


「あの男に……会っただと?」

「ええ、良くカフェに来てますし、ティーカップのご注文も頂きましたよ。茶器好きのおじさん程度の印象だったんですが。いえもちろん、顔は怖いですよ」

「……鈍感なのか、大物なのか。いや市井の民の前ではあの男が牙を隠しているのだろうな……」


「ペタルさん、あの人ってそんなに怖い人なんです?」

「ゴール・ドーンにおいて、正常な怖さという意味ではあの方の右に出る者はいないでしょうね。ええ、もちろん顔も怖いですけれども」


「顔、怖いですよねえ。では正常ではない怖さなら?」

「それはもちろん現皇帝ウッドウォート陛下に他なりませんわ。何しろ、どのような事をなさるのか誰にもわからないのですもの」


 ぼかしてあるが、数々の噂を聞く限り、狂人の怖さというものなのだろう。

 それも誰も逆らえない程の魔力をもった狂人なのだから。

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