第19話 頭の上に載せてみる
「ベルスの宿は冒険者ギルドに近いのが良いですね、ソト師匠」
「そこが何気に一番の利点なのかもな」
冒険者ギルドに到着したカデュウはさっそく報告に向かった。
リンゴジュース組は当然のように酒場側に座っている。
今回のギルド職員は中年の男性だ。きりっとした表情でいながらリラックスしており、ベテランの職員らしい空気を出している。
「冒険者よ、自由なれ。依頼の報告に来ました、こちらが書類と冒険者許可証です」
「冒険者よ、自由なれ。若い子だね、おや? まだ新人冒険者なのに報告に来てるのかい? 珍しいねえ、指導者の方針かな」
「方針ではありますね、ええ」
新人に丸投げしてリンゴジュースを優先する方針だけど。
などと口から出かかったがなんとか留めることに成功した。
それにカデュウも嫌がっているわけでもない、ついついつっこみたくなるだけなのだ。
書類に目を通し、いくつか不明な点を質問し埋めていく。
職員の仕事ぶりは手慣れたものだ。
その後、職員は奥の部屋に白い銅のプレートを持って入っていった。
ここは大きめのギルドなので、プレートに記録を行うのであろう。
「はい、ごくろうさま。いや、凄いね。新人たちばかりでゴブリン40匹も倒しちゃうなんて。丁度、別の冒険者が援軍に来たとは言え、大したもんだ」
白く塗られた銅の冒険者許可証がカデュウの元に戻される。
記録されたらしいが、特に何が変わったのかさっぱりわからない。
もっとも、簡単にわかったらセキュリティ的に問題なのだけど。
「ええ。仲間達と、別口の冒険者さんのおかげです」
「買取の件だけど、こちらは後日依頼主が届けに来るみたいだね。いったんギルドの金庫に預けとくから、待っている必要はないよ」
冒険者ギルドのサービスの1つ、保管金庫だ。金貨以外でも武具や道具でも預かってくれるが、冒険者側から預ける場合は有料となる。
今回は依頼者からの報酬を預かる形になるので、通常のギルド業務の一環として無料で使わせてもらえるのだ。
「そうですか、ありがとうございます」
「あいよ。……他に何かあるかい?」
そう言われたので、カデュウは先程考えていた話を切り出した。
「はい。少しお尋ねしたいのですが……、腕の良い馬車の職人がいる街ってご存知ですか?」
「馬車ぁ? ……つまり車大工か。グランハーブスが多いって聞くな。ロメディア半島のガルフリートにもティエール皮革商会が馬具関連を得意としているらしい。だが、詳しい事は商会や交易ギルドに聞いた方が良いだろう」
思ったより情報が出たが、やはり冒険者ギルドで聞く内容ではなかったらしい。
しかし、マーニャ地方北部やロメディア半島まで徒歩で行くのは少々遠い。
発注してからしばらく期間がかかるようなオーダーメイドだとさらに厳しい事になる。
他の場所でも情報を集めてみるべきであろうとカデュウは判断した。
「参考になりました。ありがとうございます」
「おう、良き冒険をな」
冒険者ギルド受付口を離れ、カデュウはリンゴジュース組の元へと近づいた。
「このヴァイツェンってのも中々うめえじゃねえか」
「そうだろうそうだろう。良い飲みっぷりだ、シュバイニー」
……リンゴジュースどころか小麦ジュースを飲んでいた。
ヴァイツェンとは、小麦で作られた白いビールの事で、小麦の他に大麦麦芽やホップなどが使われているマーニャ地方南部の特産品だ。
素材の割合はその醸造所によってそれぞれ秘伝のものがあるらしく、カデュウも詳しくは知らない。
苦味が少なくフルーティーな味わいや香りがするのが特徴だと言われている。
呆れ困った表情でシュバイニーとソトに詰問した。
「なんで早速酒盛り始めてるんですか、どういうことなんですか」
「いや、功労者の荷物運びに上手い酒があると勧めたら。流れでついついね……」
「ははは。堅い事言うな、いいじゃねえかこれぐらい」
「……ぷはー。リンゴジュースうまうま」
リンゴジュースを飲んでいるのはイスマとアイス。
カデュウもリンゴジュースを注文して席に座った。
「まあ、それじゃ。はじめての冒険達成に乾杯~」
これはカデュウにとってもはじめての依頼達成であった。
最初の冒険で依頼達成となる前に転移事故に巻き込まれたからだ。
「いぇーぃ。祝いに小麦ジュース追加していいか?」
「ビールじゃないですか。1杯だけですよ、ソト師匠」
そして先程のギルド受付での話を説明する。
「さて、どうしましょう。すぐに次の依頼に取り掛かってもいいんですが……」
「護衛の件は期限は先なんだろ? 特に急ぎでもないし、内容もふざけてるし」
「いやまあ、本人は大真面目なのかもしれませんけどね……」
「ふむ……。一仕事終わった事だし、休暇を挟んでおきますか」
「そーそー。特に戦闘の後だ、身体に疲労が蓄積されてるぞ」
「ソト師匠は戦ってなかったですけどね……」
「華麗に指揮しただろ!? あと罠発見とか!」
……罠の方は戦闘ではない。
「……おやすみだー、ごろごろできる」
「もふもふのベッドだしね」
「……もふもふー」
イスマの頭を撫でていたら、ソトまで目を瞑ってそわそわと頭を出してきた。
……この人、一応師匠でしたよね?
とりあえず頭に、師匠飲みかけジュースをのせてみた。
「ぉぉぉ……!? こ、これが師匠に対する仕打ちか!」
「いや、なんとなく……」
「くっ、うまくバランスを取らないと、小麦ジュースで大変な事に……」
つんつん、と指でつつかれた方を向くと、アイスまで頭を出してきた。
この流れで何を求めているんだろう……。
撫でるのかのせるのか、どっちだ、どっちが正解だ。
少し考えてから、撫でておいた。
「もふー」
そして油断させた後に頭にのせる。
「心地良い撫での後に、リンゴジュースをのせられましたよ!?」
「とりあえず両方やってみたよ」
「ここで俺が登場したらどうなるんだ?」
「もう新手が思いつきません……」
ほのぼのとした日常だ。
こんな日々が続けばいいな。
そう思った矢先から、非日常がやってきた。
「おい、こいつは上玉だな。俺達と遊ぼうぜぇ、かわい子ちゃんよぉ」
その乱暴者達の目は、カデュウをしっかり捉えていた。
……え?




