第188話 フェイタル帝国継承戦争
「皇帝陛下……、フェイタル陛下が崩御……、いや、殺害された事は貴様らでも知っているだろう。帝国八軍将ルクシェル・アドリアンソーンの手によって殺され、その為に僕が奴と戦っていた事も」
ラサの酒場オノマの舞台上、本来ならば吟遊詩人などが歌や曲を披露する壇上に無理矢理立たされたヴァレンチーノは、やがてゆっくりと語り出した。
その内容を聞き、ワイングラスを口から離したゾンダは椅子に座ったまま頷く。
「ああ、もちろん。傭兵達の間じゃその話題で持ちきりだったからな。俺達が知ったのはイルミディムに来てからだったが、そっち行っときゃ良かったなぁ~」
「ふん。お前らが来ても仕事は無かったぞ。どちらの側も傭兵を雇わなかったのだから」
「そぉかぁ~、それもそうだなァ。フェイタル帝国は自前で兵数揃ってるしなぁ」
「普段なら雇う事もあるが、今回は内戦であり、早期に終わらせるべき理由もあった。だから一度の決戦で終わらせる事が全将軍立ち合いの下で決定されたんだ」
「なんかちゃんとした試合みたいだなー、きっちりしてる辺りがさすがというか」
「統制がとれてますね、ソト師匠」
「それはもう、こちらに気付かれる事なくルクセンシュタッツを滅ぼしたぐらいですもの」
笑顔で言うクロスが皮肉なのか本心から褒めているのかはわからないが、実際にルクセンシュタッツの練度が高い事は開拓村の生活の中で証明されてきた。
クリーチャー傭兵団からも認められる程に鍛えられた軍なのだが、彼らに気付かれる事もなく滅ぼしたというのは凄い事だ。
個人が気付かれず忍び込む事よりも、大勢のソレの方が遥かに難しいのだ。
「ルクシェルの側には奴の親友である八軍将フェリックスが、僕の側には同じく八軍将ジャック殿がついた。他の八軍将はグランハーブスへの備えにつき、勝者を新たな皇帝として認める事となった。……君の言うルクセンシュタッツを滅ぼすよう作戦を立てたのは僕だ、恨むならば僕を恨むと良い」
「誰が作戦を立てても、滅ぼされる事に変わりはないでしょう。母が手引きしていたのですから、貴方を恨む筋合いもございません。贖罪というのならば、お話をお続け下さい。この子、カデュウが楽しめるようにね」
「なんでそこで僕の名前が出てくるの……」
困惑した表情でクロスと、そしてカデュウを一瞬見つめるヴァレンチーノだが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「……そこまできて引き返せなくなった時に、ふと気付いた。――僕は間違っていた、とね」
そこで一拍を置いて、皆がヴァレンチーノに注目する。
「まず、僕には勝つべき理由がない。僕自身が皇帝になりたかったわけじゃなく、ただ陛下の敵討ちしか頭になかった。……怒りしかなかったんだ」
「フェイタルのおっさんは、お前の親父みてえなもんだったからなァ。それが後からやってきて、おっさんの娘と結婚して本当の息子になった奴が裏切るんだものなァ。そりゃあ怒って当然だわなァ……。ま、俺には親子の感情なんてわからんけど」
「なんですと。父さん、かわいい娘を大切にね」
ヴァレンチーノはじろりとゾンダとユディの方を睨み、そして目を伏せて一度だけ頷いた。
どういう感情の動きがあったのかカデュウには理解が及ばなかった。
「国を2分して内輪での戦争を長引かせるのも無意味であるし、言うなれば僕の私怨に付き合わせて兵を無駄死にさせる事になるわけだ。内戦開始前の時点で僕が間違っていた事に気付いた。だが、気付いた時はもう手遅れだ」
「色々面倒な事考えてんだなァ」
「我々傭兵とは立場も責任も違うからな」
「がはは、違いねぇや! メルガルトの言う通りよ!」
「そういうオーラヴなんか面倒な事投げ捨てて戦いに没頭してるからねぇ……。それもどうかと思うよあたしゃ」
ワインをがぶがぶと飲むオーラヴに、ドワーフのおばさんエリスが呆れ顔で手を広げた。
「……勝つ意味のない戦いではあるが、それでもルクシェルに皇帝たる資格があるのかを問うという意味だけは残されていた。せめて損害を少なくしつつ、正々堂々と全力で戦おうと考えていたんだ」
「相手は憎くても戦う兵士はちょっと前までの仲間だからの。得意のえげつない手は使えんかったか……、若いのう」
「怒りはしたが憎くはない。それにフランツェ……皇女殿下の婚約者はルクシェルであり、あの方がルクシェルの味方についたのだから、一介の将軍でしかない僕なんぞよりよほど正当性がある。奴についた兵達の判断は当然なのだから、ノヴァドのジジイ程に割り切れはしないさ」
ちらりとみれば鍛冶師達もヴァレンチーノの話を興味深々に聞いている。
こうした『物語』が好まれるのはどこでも同じなのだろう。
さっそく傭兵団の面々と気さくに付き合えている光景も見れて、カデュウも安心した。
「いつ敵国グランハーブスが襲い掛かってくるかわからない以上、短期決戦以外はないと、そういうつもりで挑んだのだが……。ルクシェル側についたフェリックスの奴にそれを逆手に取られてね。僕の作戦はことごとく看破され、無様に敗北したというわけさ。無駄に兵を死なせたあげく、僕の側で戦ったジャック殿も捕縛されてしまった……」
無念だとばかりに、ヴァレンチーノはワインを一息に飲み干した。
「それでこうして、この辺りまでやる事も見つからず放浪しながら、あの一連の過ちを悔いているんだ。あの時、僕が怒りを抑えて、ただ職を辞していれば……とね」
話は終わったというように、ヴァレンチーノは壇上を降りて空いている席に座りワインを手に取った。
飲む前に一瞬だけ、黙祷するように目を伏せて。
ほんの少しの静寂の中、フルトが涙ながらに呟いた。
「うっうっ……そんな……そんな……」
「あら、フルトが涙を流すなんて。奇跡的に人の心を取り戻したのですか?」
「言い方酷いな、エルバス! そんなんじゃねえや……。なんだか想像より遥かに立派な内容過ぎてよぉ。買い忘れとか小さい事で怒られて笑われてた俺の同類が出来たと思ったのに……。これじゃあ、俺がみじめじゃねえかよ……ってさ」
「……ほんと、小さい男ですね。驚くほどに」
「そんなんだからモテないんだぞー、フルト」
「ぼっちキャラだったソトには言われたくねぇな……」
「武器だ、武器を変えろ。そうすりゃモテるぞ」
目の据わったパトスが、トンデモ理論を言い出した。
明らかに酔っぱらいである。
「マジっすか、親方! 村に戻ったら是非お願いしまっす!」
この後、酒場は大いに盛り上がり、皆が楽しく過ごす事が出来た。
親睦も深まり、新たにひとりを加えて一行は村へと帰るのであった。