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第187話 天才軍師様を囲む会

 ヴァレンチーノ、その名はカデュウの中でほんの少しだけ記憶に残っているものであった。

 クロスを救出に向かったときに一瞬だけ目にしたフェイタル帝国軍の将。

 カデュウはあの時、クロスを助ける事に意識が集中していたし、すぐにその場を離れたのだが、あまり将軍らしくない人物だとは感じていた。

 将軍というよりは、学者や研究者のような……。


「……ゾンダか。こんなところで知人に出会うとはな」


 くたびれた様子の男、ヴァレンチーノがゾンダを見て肩をすくめた。


「俺は傭兵だからよォ、こんなところに出てくる事もあるだろうが、お前は軍師だったろ」

「それは昔の話だ、今は何もしてない」

「要するに、無職か」

「……まぁ、そうだな」


 ヴァレンチーノは嫌そうな表情を一瞬見せ、自嘲気味に笑う。


「なんだか知らんが、もう国には帰れず行く宛もないんだろ?」

「当てずっぽうの癖に……正解だよ」


「じゃ、俺らが世話になってる開拓村に来るか? お前はずっと戦争漬けだったろう、たまにゃあ休暇も悪くはないぞ」


 ゾンダの言葉が意外だったのだろう。

 ヴァレンチーノは少し考え込み、そして意外に早く答えを出した。


「開拓か……、ああ、のんびりしたいね。農業でもやって静かに消えていくのも悪くない」


「おう、つーわけで新たな村人の誕生だ。拍手拍手~。外道で陰湿で生意気な奴だが、悪い奴じゃないぞ構わんよな?」


 どう聞いても悪い奴にしか思えないのだが、まぁ特に断る理由もない。

 元軍師ならば内政面でも知恵を借りる事はあるだろう。

 問題があるとすれば……。

 カデュウはちらりと、クロスの方を見た。


「ええ。私もそれで結構よ、過去の事はどうでもいいの。その人、私に何の興味も抱かなかったしね。見逃されたようなもので、ある意味では命の恩人と言えなくもないし」


 自分の国を滅ぼされたクロスがそういうのならばカデュウに異論などない。


「……ああ、あの時の。奇妙な縁だな、まったく。深追いしなかった事で助けられるとはね」


 ヴァレンチーノが小さく笑った。


「久々に、のん気で気楽で滅茶苦茶な傭兵団の奴らの顔でも見てやるか。……ああ、本当に久々だな。何かする気になったのは」


「おう、聞かせろ聞かせろ、うちの奴らのとこで話を聞かせろ。ふんぞり返ってたあの生意気な小僧がどうやって落ちぶれたのかをな」

「あ、僕達はお菓子買ったらそちらに行きますねー」


 面白そうな話だが、お菓子を買っておかないと後々が面倒なのだ。

 買い物も頼まれているし、その辺りの準備を終えてから向かうとしよう。


「ソト師匠はヴァレンチーノさんの事、知ってます?」

「いんにゃ。私は会った事ないなー、団長達が参戦したっていう結構前の仮面王戦争時代の事だろうし」

「ユディちゃんが小さかった頃だよ。といっても私はみんなの手伝いぐらいしかしてなかったから全然知らないけど」


「……人生いろいろ面白い」


 最も数奇な人生をしてそうな子が、他人事のように呟いた。




「……何故、大勢の前で僕の失敗談を語らねばならんのだ」


 傭兵団の皆に囲まれ、ヴァレンチーノが仏頂面を見せる。

 他の客の姿が見えないのは32名となる傭兵団の全員とカデュウ達、そしておまけに鍛冶師達と全員で騒ぐ為に、酒場を貸し切ってあるからだ。

 裏では酒場側だけでは料理が用意出来ないと慌て、かといって商機を逃すわけにもいかず、近所の飲食店複数に助けを求めたり、そういう苦労を察したメルガルトが集まりの時間を遅らせたりといった事もあったようだが、飲み食いする団員達には関りのない話である。


「ま、ま。堅い事言わずに、吐き出してすっきりしちゃおうぜェ?」

「そうそう、大歓迎っすよ。いつもネタにされるの俺ばかりだから!」


 酒を飲みながら良い笑顔で座るゾンダと、ニヤニヤと楽しそうな顔のフルトが嫌がるヴァレンチーノに催促していた。


「仲間が出来たようではしゃいでる地味フルトと違って、その人は成功続きでしたけど」

「だからいいんじゃねえの、天才様が落ちぶれた姿なんてそうそうお目にかかれねえ。……ゲッヘッヘ!」


 呆れた表情でグローディアコーヒーを口にして『苦ッ』と吐き出すエルバスに、フルトが下劣な表情を向けて本音だだ洩れで返した。

 最初こそヴァレンチーノも嫌そうな表情だったが、やがて自嘲気味に溜息をついた。


「フルト、相変わらずだな。まだ生きていたとは驚きだが。……そういう意味ではお前の方が上等だろうよ、僕は大きな間違いを犯してしまったからな……」

「おう、俺は大きな失敗はしないからな! 常に安全セーフティ、冒険はダメ絶対!」


「貴方みたいなチキンがこの団にいるのが驚きですね、フルト」

「だって他の団行って団長達に出会ったら即死だぞ! 俺はただの凡人だからな!」

「安全を求めてこの団にいるのだから大した勇者じゃて」


 そんな情けない自信に溢れる調子のフルトに、ノヴァドが笑いながら褒め称えた。


「ま、こんな理由の奴が居たっていい。本音じゃあ楽しんでるんだろ?」

「もちろんっすよ団長! さ、そんな事より、天才様の華麗なる活躍を聞かせてもらいやしょうや! ぐへへへへ!」


 指をわさわさとさせ、フルトがヴァレンチーノに近づいた。

 その姿にヴァレンチーノは溜息で答える。


「はぁ……。まあいい、田舎で遊んでいて大陸中央の事情に疎い貴様らに教えてやろう。この僕のありがたい話を聞き逃さないようにな? 特に愚かなるフルト」

「何こいつ、いきなりクソ生意気に戻ったんすけどー!」

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