第186話 何の変哲もない、ただの取引
「いやー、何かと思えばティーカップなどが欲しいとは」
「磁器コレクターってやつだな、お貴族様らしい趣味ではある。あの強烈な顔には合わないけどな!」
何の悪だくみなのかと思ったら、本当にただの取引で逆に驚かされた。
あいにくと今回ティーカップは持ってきていなかったので、予約するにとどめてもらったが。
「あのおじさん、カップに興味があってカフェに通ってたんですかねー」
「ついでに売ろうと思ってた木材も売れたし、お祝いにみんなでおやつを食べようか」
「……おやつばんざーい」
「おやつキタコレ、ですな!」
食い意地張ってる子が無表情のまま喜んでいた。
そして、イスマがすっかりおやつ好きになった丸っこい鳥を天高く持ち上げる。
「それにクロスの知り合いの貴族さんだっていうのも驚いたよ」
「お父様の友人なの。私がいない間にカフェに来ていたなんて知らなかったけど」
唐突にカデュウの首に腕を絡め、そのままクロスが話を続ける。
ユディからぶーぶーと苦情が来たり、カデュウ自身も歩きにくいのだが気にする様子はない。
「あの人、ディアメリスマ侯は磁器好きで有名ね。商取引にしては変な問いもあったけど」
「もしもこの取引が罠だったならどうするか、って言われても、罠だったら対処するしかないよね」
先程の取引の時に、ディアメリスマ侯アラフニから妙な質問をされた事が話題になる。
「斬首ですね!」
「うん、穏便にいかないならそういう事もありえるね」
「そうなるでしょうね」
「父さんなら間違いなくぶっころ死だね」
皆が頷く中、シュバイニーがやや引いた表情で異論を唱えた。
「いやでもよ、罠だとしても侯爵ってかなり地位の高い奴だろ。殺すと後が面倒なんじゃないのか?」
「……シュバイニー、ノリわるーい」
「ノリとかそういうもんなのかこれ?」
シュバイニーの意見にも一理あると考え、カデュウが代案を出した。
「じゃあ、寝室にこっそり入って置手紙をしてナイフを突き立ててくるとか?」
「こわ。なんだそのアサシン思考は……」
「穏便に済ませる手段ですね、他の方法だと家族の名前だけを書いた紙を渡すのも効果的だって先生が言ってました」
「どっちも脅迫じゃん! お前の先生マジなんなの!?」
ソト師匠に的確な事を言われてしまった。
先生は、交易商人としての先生です。
「まあ、特に問題もなく終わったので良い事です。今度カフェに来たらサービスしてあげてください」
「あいよー」
「私の剣舞もおまけにつけます。頭にカップ載っけて頑張りますよ!」
どんなカフェだ。
妙なパフォーマンスも人気らしく、たまにお小遣いやお菓子を貰ったりしているらしいが。
「前に来た時はすぐに出て行ったから気付かなかったけど、結構活発な街だね」
「そういえば街の人達の表情もグローディアとは違って明るい感じ。統治が上手くいっているのでしょうね」
「あ、そーだ。石が無くなってるぞー、買って買ってー!」
「……おやつーおやつー」
突然駄々こねるお子様みたいのが発生した、2匹も。
おやつは今向かってるから少し待ってなさい。
『(聞こえますかー。聞こえますかー。あなたの心か何かに直接話しかけてますよー。……こんなので本当に聞こえるのかなぁ?)』
突然、頭の中に声が響いた。
聞き覚えのある声。
「……!? この声は、レティシノちゃん?」
いきなり変な事を言い出したカデュウに、皆が視線を集める。
その後カデュウの説明により遠聴の間の事が伝えられ、皆で近場の脇道に入り臨時休憩を取った。
「(こんな感じかな。レティシノちゃんですか、聞こえましたよ)」
『(あ、お姉様! やった、届きました! 凄いですねこの施設!)』
「(びっくりしたよ。どうしたの? 何か用事?)」
『(皆さん買ってきて欲しい物がいくつかあるそうです。お伝えしていきますねー。何らかのチーズ、ハムや牛肉を沢山、質の良い牛革を3枚、石炭1箱、何か面白そうな本てきとーにいっぱい、オリーブ油1箱、縄2箱、嫁3人、綿生地1箱、羊毛1箱、ワインとビールなるべく多く、野菜や果物の種……)』
次々と伝えられていく要望が多すぎて、カデュウは忘れないうちにメモを取り出した。
途中ちょいちょい変な要望が挟まっていた気がするが気にしない事にしよう。
『(これ凄いですね、離れていてもお話できるなんて。ではお姉様、お気をつけて~)』
「というわけでただの買い物の話でした」
「貴重な古代遺産を使っておつかい依頼かーい! といいたいところだが、現状じゃ他に連絡する事なんかないよな」
「そうですねえ。後は村の報告と相談事ぐらいでしょうか」
「何の野菜が育ったとかそんなのだな。平和で何よりだねえ」
ソト師匠と頷き合い、皆も含めて雑談をしながら街の人から聞いたおすすめの菓子屋へと向かっていた。
その途中でふと、違和感のある光景が目に入った。
くたびれ果てた格好の男が、よろよろとカデュウ達の正面から歩いてきた。
「ん? どっかでみたような」
くたびれてはいるが、まだ若さの残る顔立ちで、その服装もこの辺りの人々からは浮いていた。
マーニャ地方の旅装束を纏い、身体の重要箇所を守る為の金属製防具を装着していて、その防具の下に見えるのは中々高品質の衣類だ。
その人物がなんとなく気になったので、声をかけてみる事にした。
「あの、すいません」
「なんだ。僕に構わないでほしいね、どこかへ行ってくれ」
取り付くしまもなかった。
顔も見ずに拒絶されて、カデュウがどうしたものかと考えた所、別の方向から意外な人が現れ、その人物に声をかける。
「あん? お前、ヴァレンチーノじゃないか? こんなとこで何やってんだ?」
ゾンダが、そのくたびれた男に少し驚いたような表情を向けた。




