第183話 鍛冶村の結末
急ぎ鍛冶村ミトラスへ戻ったカデュウ達は、パトスの頼みである最後の別れを見届けていた。
この場にいるのがカデュウ一人なのは、予想外に早く出立する事になったので、アイスとユディに他の者達を呼びに行かせているからだ。
夜も遅い時間ながら、パトスの帰還に鍛冶師達が沸いていた。
「心配かけたな。俺はこの国にはいられなくなっちまったが、お前らは元気で頑張れよ」
「本当ならば、私もついていきたいところですが……」
パトスのあっさりした別れの言葉に、グリモスが残念そうに呟いた。
「お前はここの組合長だぞ。村の奴らの事を託せるのはグリモス、お前しかいねえんだ」
「ええ、親方。……いままでお世話になりました」
パトスとグリモスが目を交わし、そしてグリモスが頷いた。
「親方! 俺も連れて行ってくだせえ!」
「俺も行きます!」
「是非、お願いします!」
次々と他の鍛冶師が同行したいと声をあげる。
「しょうがねえ奴らだな。若いグリモスはしっかり巣立ったってのによ。嬢ちゃん、こいつらも連れてって良いか?」
「ええ。人手不足ですから、もちろん大歓迎ですよ」
「お、俺も女の子が多い方がいいな……」
「そりゃそうだな!」
「おいおい、村の鍛冶師がいなくなっちまうじゃねえかよ。ほんとしょうがねえ奴らだ」
本当にしょうがない理由で気軽に未知の環境を選ぶあたり、開拓村への適正は高そうであった。
「さすがパトス親方、人望がありますね。私はせめて残った人達と共に励んでいきます」
「人望っていうのかコレ? ……ま、後は任せた。お前は良い弟子だった、本当にな」
頭をぽりぽりと書いて一拍置き、パトスが片眉をあげてグリモスに向き合った。
「ところでよ、グリモス。一つ聞きたいんだが……」
「はい、なんでしょう」
「お前、親父を焚き付けたんだろ。親族を使ってよ」
喜びと別れに騒がしかったその場が、一瞬静まり返った。
涼しい笑顔のまま、グリモスの表情は動かない。
「はい」
グリモスは短く悪びれずに答えた。
「……ま、やっぱお前だよな。……俺のせいか?」
「お世話になったパトス親方への、せめてもの恩返しになれば、と」
「王が動くのも、こいつらが助けに来るのも、計算ずくで?」
「王に働きかけるのは私には不可能な話ですよ。父に情報をもたらしていた吟遊詩人によれば王に取り入ろうとした側の行動だとか。そちらのカデュウさん達の話は最近聞きました。貴族の令嬢ながら腕利きの開拓者であり、職人を求めている、と」
ちょっと間違った情報が入っているのが気になるが、まさか開拓者と知られていたのは意外であった。
貴族の令嬢で腕利きの開拓者って点を信じるのはどうかと思ったが、考えてみれば現実には元王女の腕利き開拓者、なんてのがいるのだから似たようなものかもしれない。
「とはいえ、どのような方々なのか、実際に知らなければ、信頼できるのかどうかがわかりません。ですから、お会いして話をするまで、決定的な行動は控えておりました」
「まいったねえ。立派に貴族としてやっていけるぜ、見事なもんだ」
「本音を言えばこの地を飛び出したいところですが。……鍛冶村に残る先達の方々を、性根まで貴族に染まった親族達に委ねる事になってしまいます。お世話になっておきながらそのような恩知らずな真似は、私には出来なかった。母や妹の事もありますしね」
「そうか……。ま、これからはお前らがミトラスの鍛冶師の看板を背負っていくんだ。後は任せた。イオアンナによろしくな」
イオアンナ? と疑問に思ったが、恐らくはグリモスの母のことだろうと察しがついた。
「取り急ぎ、引き受けた仕事をなんとかこなしませんとね」
グリモスがそういうと、周囲の鍛冶師達が立ち上がり気炎をあげた。
「おうよ、よく言ったグリモス! 仕事を納めねえと鍛冶師の名折れだぁ!」
「くそったれな王だが、引き受けたからにゃあきっちり作ってやろうや」
「面倒な話は引き続き任せたぜ、新しい組合長さんよ!」
気持ちのいい職人っぷりであった。
「結構結構、頼もしいじゃねえか。うし、老害はそろそろ行くとするか。達者でな」
満足そうに頷いてパトスが目を細める。
こうして鍛冶師6名を確保し、早々にラケティの街を出立したのであった。
ラケティ郊外の街道には4人の男達が寝転がっていた。
茂みの中から彼らが起きたときには深夜となっていた、記憶もおぼろげながら食事をしたかどうか、何か忘れていなかったか、などと考える。
ふと、一人が任務を思い出し、連行するはずの罪人の姿を探すがどこにも見当たらなかった。
暗闇の中ということもあり、探索が難しくもあったが、その場にいない事だけははっきり理解できた。
そして彼らの任務が失敗に終わった、という事も理解せざるを得なかった。
彼らの主はまだ寝たままだが、起こさなかったことには理由がある。
重要な任務に失敗した彼らには厳しい罰と、王命を遂行できなかったという罪が待つ事を彼らは知っていた。
自らの危機が迫り、落ち着いて考えられなくなった彼らが選択したのは――。
「ん、……寝てしまった、のか。……おい、誰か飲み物を」
「おい、どうした? ……何故、武器を構えていこっちを見る? おい、やめろ、こいつは乱心しているぞ、捕らえろ! おい!」
暗闇の中で月明りが照らす自らの部下達の姿を最後に、ミジスラ男爵ウールスは再び眠りについた。