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第181話 罪名は王の気分次第罪

「つまるところ、この国を支えてるのは宰相のデイン様ってわけですわ。そう、デイン・ソーサ。ロメディア半島の出身でありながら、3代に渡ってグローディア王国に仕えたって人物ですぜ。カデュウのお嬢さんもご存じでしょう? 今の王、ボスティノス6世だか7世だか忘れたが、とにかく王が暗愚なのも有名な話ですしねえ」

「いえ、はじめて聞きました。宰相さんの話も、王様の話も」


 世間話をしながらも、禿げ上がった頭部の鍛冶師が革の鎧に蜜蝋を塗っていく。

 鍛冶師というから金属だけを扱っているのかと思いきや、金属以外の素材であっても武具の範疇の物なら鍛冶村で作っているらしい。

 鍛冶村ミトラス以外の場所だと、何を扱うのかは鍛冶師の方針によるらしく、大工を兼任する者から、剣しか作らないストイックな求道者まで様々なのだという。

 ここ鍛冶村の場合は、それぞれ専門の鍛冶師が担当するのだが、他の鍛冶師もそのフォローが出来るように全体的に学んでいく方向性らしい。

 中には窓枠であったり錠前であったりといった生活用品の専門家もいるのだとか。


 アイスはこういう職人の人々とは相性が良いのか、すぐに仲良くなって武器の試し切りを手伝っている。

 意外なところで、興味がわいたらしいユディが武具の作り方を教わっていた。

 ソト師匠やクロスは別行動し、面白い情報を探して街を歩き回るのだとか。


「……とんかんとんかん。……ちがう人が誰か来た」


 リズムにのって口で音を鳴らしていたイスマが、突然どこかを指さした。


「ん? 誰か? 特にお客が来るのは珍しくはないんじゃ……」


 イスマの指の先をしばらく見つめていると、身なりの良い小太りの中年男性が武装した数名を連れ、この鍛冶場までやってきた。

 小太りの男性は睨みつけるようにあたりをゆっくりと舐めまわす。

 カデュウ達は死角の位置にいたので気付かれなかったようだ。


「そこのお前、パトスを呼んで来い」


 小太りの男性が近くにいた女性に命じる。

 女性は慌てて奥へと駆けていった。

 やがて白髪交じりの職人服の男性、パトスが奥からゆっくりと歩いてくる。


「ここへ来るとは珍しいな、ミジスラ卿ウールス殿。いかなる用か」

「いかがも何もないわ! 儂の息子グリモスを組合長とし、反逆者パトスは王都へ送還すると決まった。これは王のお裁きである、貴様に拒否権はないぞ!」


 後ろに控える武装した部下の一人が、立派な書状を開き見せる。

 それを見たパトスは、溜息をついてミジスラ卿に呆れた視線を向けた。


「俺は鍛冶をしていただけだが? 組合長とやらも好きにしろと前に言っただろう、こちらの方からグリモスに譲りたいぐらいだ。俺はつまらん役目より鍛冶仕事をしていたいだけなんだがね」

「貴様がいる限り、息子の評価が上がる事はない。ただの管理職としか思われんだろう。忌々しい事に貴様の名声が高すぎるからだ」


 ミジスラ卿の言う事はもっともであった。

 名声が高すぎる当代随一の鍛冶師の名が輝く事はあっても、その管理者の事など覚えはしないだろう。

 とはいえ、もっともなのはその事だけであり、それ以外に褒めるべき点はない。

 子を思う父の暴走という風にも見えるが……。


「父上、おやめください! どうせ王にある事ない事吹き込んだのでしょう」

「ミジスラ卿。捕まえるというのならば、せめて今の仕事が終わるまで待ってほしい。見張りでも何でも置いて構わんので、頼まれた仕事だけは果たしたい」

「ふん、職人を気取りおって。ダメだ、ダァァメ! 王命は絶対だ」


 ミジスラ卿が勝ち誇った表情で鼻息を荒くする。


「俺が気に入らねえなら追放でも何でもすりゃあいいだろうが……。それすら出来ないで長いこと嫌がらせばかりをしてきたあげく、最後には王を頼ったのかよ。アンタは親父さんとは比較にならん器の小ささだったな、デカいのは腹ばかりだ」

「黙れ! ……貴様を追放などしたら王からおしかりを受けるわ、王国最高の鍛冶師を他へやるなど何事だ、とな」

「くだらねえ、勝手にしろよ。……お前ら、後は頼んだぞ」


 つまるところ、ミジスラ卿は自身の事ばかり考えているわけだ。

 クロスの話では過去からの因縁があるという事だが、積もる憎しみがあったのだろう。

 絶対に潰すという強い意思が、離れた場所で見ているだけのカデュウにも伝わった。


 そのまま武装した部下達にパトスは連行されていった。

 パトスは抵抗もなく従いつつ、血気にはやろうとする鍛冶師を目で制し、おかげで血を見ることはなかった。




「はぁ……。父上がここまで強硬手段に出るとは……」


 ミジスラ卿達が去ったあと、グリモスはがっくりとうなだれた。

 どうしたらいいのかと考えあぐねているようだ。


「グリモスさん」


 部外者の立場として隅に控えていたカデュウが前に出る。


「……これは、お見苦しい所をお見せいたしました。申し訳ありません」

「先程、鍛冶師の人から王は酷いけど宰相は優秀だと聞きました。宰相に助力を求める事は出来ないのでしょうか?」


 一応、まっとうそうな手段が通じるのか聞いてみた。

 まぁ優秀なのと人格は別だし、国の為を優先する人物であれば切り捨てるべき所は切り捨てるものだ。


「無理です。宰相閣下はザンツ王国との和平交渉に出ております。とてもすぐには戻ってこれません。むしろその期間を狙っての陰謀でしょうね……。事が済んだ後ならば宰相閣下も覆す事は出来ません。それに、鍛冶場で修行してばかりだった私には他の貴族との付き合いがありません……。王に訴える事すら出来ないでしょう」


 グリモスは座ったまま首を振って頭を抱えた。

 コネすらないので、まともな手続きではまず無理ということか。

 ――ならば。


「ならば、私共がお助け致しましょうか」


 呆気にとられるグリモスを背に、カデュウ達はミジスラ卿を追って走り出した。

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