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第180話 名工パトス

 翌日、再び鍛冶村ミトラスを訪れたカデュウ達は、面会を申し込んでから待つ間に村で必要そうな鉄製品を買い付けるべく市場を物色していた。


 鍛冶師とは一般的に街外れで開業するものであり、この鍛冶村も例外ではなかった。

 街外れならば騒音がさほど問題とならないという住民側の都合の他に、可能ならば川の付近で水車を利用したいという鍛冶師側の思惑があるからだ。

 また炉を扱うため、火事となった場合を考慮して、支配者側としても被害の拡大を防ぐ、という理由もある。


 かといって迫害されているわけではなく、鍛冶師は鉄製品や武具を扱うというその性質上、支配者層から好待遇で扱われるケースが多い。

 中にはこの鍛冶村の領主、ミジスラ男爵家のように貴族として扱われる鍛冶師一族もいるわけだ。


「結局爵位なんてのは数に制限があるわけでもないから、昔の偉い人がこの鍛冶屋ってば俺のお気に! 爵位とかあげちゃうもんね! みたいなノリで授けたのかもしれないんだよな。抱え込んで裏切らせない為、とかまともな理由かもしれないけど」


「そんなノリの王様も長い歴史の中にはいそうですしね、妙な説得力を感じますよ」


 ソト師匠と雑談しつつ、市場で日用の鉄製品を購入し、馬車へと載せていった。

 変なノリで貴族にされても、庶民生活で済んでいたところに貴族生活の維持費がかさみ、貴族の付き合いが生まれ、環境激変となるのだろうから大変そうである。


「もしやお菓子屋さんの貴族とかもいるんでしょうか?」

「……やつらは超大事。好待遇で迎えるべき」


 このようにして面白貴族が生まれていくのかなぁ、とアイスやイスマを横目にみながら、鉄製品の買い付けを続けていった。




「お待たせました、カデュウ様。親方、いえ、組合長がお待ちです」

「組合長が?」


 昨日、色々と世話になったグリモスに面会を頼んだはずだが、何故か組合長と会う事になっていた。

 はて?


 通された部屋、というか鍛冶場では、白髪混じりの男性がカデュウらに背を向けて武器の手入れをしていた。


「親方、お客様をご案内致しました」

「……ん? おお、もう来たか。そら、頼まれていたものだ。久々に良い剣を見た」


 剣に敬意を払うように、丁寧に鞘に納めカデュウとアイスの剣を差し出した。

 それを受け取り、カデュウは白髪混じりの男性を見上げて綺麗にほほ笑んだ。


「どうも、はじめまして。組合長のパトスさんでいらっしゃいますか」

「そんなありがたそうなもんじゃあねえ、ただの鍛冶仕事が好きなおっさんだ。名前は合ってるがな」


 組合長という地位に対し、手を振って否定するその顔に嘘の色は感じられない。


「ところで、何故私達を? パトスさんとは初対面のはずですが……」

「簡単な話さ。お嬢ちゃん達が頼んだ仕事が俺の担当になっただけさ。何せそんな芸術品を持ち込まれちゃあな。グリモスの奴が『最高の鍛冶師を割り当てなければ失礼にあたる』なんつってこっちに丸投げよ。俺も良い物見せてもらって楽しめたぞ」


 自身が担当し顔を売るよりも、客にとっての最善を提供することを選んだわけだ。

 ありがたい心遣いと、グリモスの誠実さにますます感心する。


「ああ、そっちのコトーブレード、あのマルコギツネだろ? 銘を見て驚いたよ。偽物とは思えない程すげえ出来だったしな。失われた、なんて説もあったが現存していたんだな……、本当に良い物がみれた。手入れをさせてもらえて光栄だったよ」

「はい! 本当にありがとうございますです。この子も喜んでいる予感がします!」

「予感なの」


 アイスの妙な口ぶりに、カデュウはくすりと口元に手を当てて微笑む。

 名工と呼ばれる鍛冶師がその出来を絶賛するのだから、やはり本物のマルコギツネなのだろう。

 とはいえ魔王城で亡くなったヤマトゥーの愛刀で、魔王が保管していたのだから信憑性を疑いはしなかったのだけども。


「逆にこっちの手斧は、酷使され過ぎてるな。大分荒っぽい用途のようだが、使い捨てにしろ、そろそろガタが来てるぞ。新しいのを作るか?」

「うーん、ほいほい投げちゃうから無くすかも? ほんとに武器、大事にしないよ?」

「鍛冶師にとっちゃ、大切に扱ってくれる客はもちろん嬉しいが、大事にしないですぐ新しいものを要求する客もありがたいのさ。仕事がこないよりは遥かにな!」


 冗談めかしながら、パトスはにやりと笑った。

 言う通り、次々と武器を買ってくれる客は良い客だろう、大事に扱う客とは別の方向性として。

 鍛冶師も生活があるので稼ぎは大切なのである。


「ふむ。カデュウお嬢様の許可があれば?」

「お嬢様とかいう子には出したくない……。まぁせっかくだからお願いしたいところだけど、そんなに長居はしないのです」

「そだね。というわけで、そこらへんで調達する事になったとさ。しょんぼり」


「あー、他所の国の奴らだったな。護衛の立場じゃ仕方ねえか」

「機会があったらおっちゃんに任せようではないか」


 ユディは手入れの終わった手斧をもて遊ぶようにくるくると回転させてから、マントの裏へとしまい込む。


「さて、次だ。あの木材はなんなんだ? 見た事ねえ代物だし、薄っすらと不思議なオーラみたいのが出てるんだが……。本当にあんなもん使っていいのか?」

「あれが見えるのですね。……良い目をお持ちのようです」


 木に宿りし自然なる魔力、マナとも呼ばれる外なる力。

 そうした魔力を宿す自然物が存在する。

 魔霊石がその代表だが、それと同じような希少なる素材が、エルブンエボニー、エルブンアルバと名付けられた銘木であった。


 魔力を宿す素材だからと言ってその魔力を魔術に利用できるというわけではなく、そこは素材の特質次第となる。

 こちらの木材も魔霊石のように扱う事は出来ないのだが、代わりにその魔力を生かせたのならば、何らかの特殊な力を発する事ができるのだという。

 もっともそれは、魔化系統の魔術などに精通した者である必要があるのだが。


「私共のところにあるものを持ってきたのですが、こちらの商会では売る事すら出来なかったものでして。そのまま持って帰るのもなんですし、加工して何かの形になれば、と」


「なんだと? この木材の価値がわからんというのか、木材を取り扱う商会のやつらが?」

「この辺りでは相場が存在しないので買い取れないそうです。取り扱いのある産地の銘木でなければリスクがあるので難しいとか」


「……実に嘆かわしい。良い物が見抜けぬだけのボンクラだと言っているのと同じだ。新たな物を拒絶する怠惰さに加え、品物を名前で判断する輩ばかり。……この街は本当に衰退してしまったんだな……」


 地元商人の情けない実態を聞き、パトスは頭を抱えた。

 パトスの武具を預ける商会もまたそのような惨状であるのかもしれない。

 そうした実感の籠った嘆きの声のように思えた。


「……話はわかった、それじゃあ遠慮なく使っちまうぞ。何に加工するかはこっちで決めていいんだな? 鍛冶師としちゃ、木材で何か作れって言われても困るんだが、あれだけの物ならやりようはある」

「はい。素材それぞれに適した形があるでしょうから、そのあたりはお任せしたいと思います」


 正直、鍛冶師に木材を渡して何か作れというのも変な話だとは思うが、それだけに何が作れるのか、あるいは作れないのかがよくわからないのだ。

 そもそも木材自体の特性も知らないし。


「で、何日ぐらい滞在する予定なんだ? 鍛冶道具は明日にでも揃うが、この木材は当然ながら鍛冶道具だけじゃ余り過ぎるぞ」

「厳密ではないですが……、あと2日程度のつもりでした」


「わかった。はじめて扱う素材だから、その期間までに使い切れないと思うが、何かは作っとこう」


「それではこれで。もう少し中を見学していってもいいでしょうか?」

「構わん構わん、好きに見ろ。鍛冶道具なんてものを頼んで見学してるんだ、鍛冶師を新しく雇おうって事だろ? うちの仕事は隠しちゃいねえから、好きに盗んでいきな」

「お心遣い感謝いたします。お言葉に甘えますね」


 職人仕事も門外不出のところは少なくないのだが、ここの場所はそうではないらしい。

 正式な許可を得て、鍛冶村の視察と鍛冶師への接触を行うのであった。

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