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第179話 鍛冶村見学

 一通りの鍛冶仕事の案内の中、カデュウは何人かの鍛冶師と会話して情報を引き出しつつ、認識の段階を引き上げるべく意図的に名乗っていった。

 名前も知らないただの客から、名前を知っている知人へと。

 人は知らない人間にはそれなりの対応しかしないが、親しくなるにつれて親切になっていく、というのがかつてカデュウが先達の冒険者から教わった事だ。

 特に知らない人間と知人の差は大きい。

 知らない人間というのはただの記号であり情報でしかないのだが、知人とは生きている人間なのだ。


「カデュウのお嬢さん、また来てくださいや。俺らの仕事を褒めてくれるとは嬉しいねえ」

「とても見事な技術、見事な光景でした。面白かったですよ」


 禿げ上がった頭部の鍛冶師が、嬉しそうに笑みを見せる。

 この鍛冶師も、最初こそやや面倒そうな態度を見せていたが、すぐにご機嫌に語り出すように変わっていった。

 しっかりと話を聞き、興味を示し、各々が誇りとしているものを褒めていたカデュウの事をすっかり気に入ったようだ。


 かといって、カデュウは特別な事は何もしていない。

 褒められれば嬉しいし馬鹿にされれば腹を立てる。そんな誰でも知っているような当たり前の法則を適用しただけだ。

 そしてそれは、意外な程に意識する者の少ない法則でもあった。特に、身分が上の者程、下の者の気持ちに留意しない。

 しかし、その下の者達もまた褒められ、自らの価値を認めてもらいたがっているものなのだ。


『求めるものを与えよ。金銭であれば金銭を。賞賛であれば賞賛を。求める何かを与える者の為にこそ人は動く。邪魔であれば、消せ』


 これがカデュウが先生に教わった処世術であった。

 ちょっと殺伐としすぎているので、カデュウなりにマイルドな解釈をして動くようにはしているのだが。


「グリモスさん、案内ありがとうございます。とても興味深いものでした」

「お役に立ててよかった。今は戦争の影響で忙しいのですが、落ち着いてきた頃になら他からの大口のご注文も承れるかと思います」


 やる気のない戦争現場の話を思い出し複雑な気分になるが、何はともあれ仕事があるのは良い事なのだろう。


「あ、注文した鍛冶道具一式なのですが」

「はい」

「変わった木材を持ってきているので、使えそうならそれを使ってみてください」

「木材を……? ええ、わかりました。それでは木材も預かりましょう」


 売り物にはならなかったが、せめて加工して自分達の物に変えられれば、というわけだ。

 ほとんどが金属で作られると思うので、あまり木材の用途はないかもしれないが、柄ぐらいには使うだろうし……。


「カデュウ、ついでに武器の手入れやってもらう?」


 横から出されたユディの提案に、カデュウもすぐに頷いて同意した。


「お忙しい所に恐縮ですが、よかったら武器の手入れもお願いできますか?」

「それは私共の職分ですから、ぜひお任せください。他の方々にも、たまには鍛冶師に預ける事をおすすめしているぐらいです」


 快く承諾してくれたグリモスに、皆が武器を渡していく。

 一つ一つ、丁寧に扱い刀身を確認していたグリモスが驚いた表情を見せたのは、カデュウのるつぼ鋼の剣とアイスの刀の時であった。


「これは……、エルフバルトの剣ですか」

「エルフバルト、というのですか? 私、由来は知らなかったのですが」

「ええ。とあるエルフが秘奥を用いて作ったとされる逸品です。とても素晴らしい剣をお持ちですね。これならば鉄であっても易々と切断できるでしょう」


 その不可思議な波紋を見て、グリモスが感嘆の声を上げる。

 アイスの刀、マルコギツネに至っては鞘を見た時点で驚愕していた。


「こちらはまさか、コトーブレード? ……このような芸術品にお目にかかれるとは光栄です。信頼に応えるべく、全力をもってお手入れをさせていただきます」


 やたら真剣に引き締まった表情でグリモスが頭を下げた。

 ……はて?




 一通りの見学も終わり、カデュウらは宿へと戻っていた。

 何故あんなに感謝されたのだろうかと不思議に思い、口に出してみると、ソト師匠から答えが返ってきた。


「そりゃあ、あれだけの逸品を任されるという事は、鍛冶師への信頼の証だからな。信じてない奴に大事でお高い物を預けられるわけないだろ? 壊されたら嫌だし、盗まれるかもしれないんだ」

「ああ、なるほど。……だとすると、もしや気軽すぎたでしょうか?」


 カデュウはあまり鍛冶師との関わりがなかったから、その辺りの事は初耳であった。

 何しろ冒険者としても経験は浅く、過去の修行では先生が用意した武器を使っていただけ、実家は食料品をメインに取り扱う交易商人だ。

 信頼を示すにしても、出会って初日ではあまりにも早すぎたのではないだろうか?


「向こうも驚いただろうが、少なくとも好意的に受け取ってくれたようだし、良いんじゃないか? 世間知らずっぽいところが、いかにも貴族のお嬢様って感じで」

「むー。いいですけどね、勝手に誤解してくれる分には」


 貴族だと誤解されるのは有利に働くので、嘘こそつかないが一々訂正はしない。

 しかしお嬢様扱いはちょっとよろしくない。

 最近はすっかり慣れてきて、違和感を持たなくなったのが実によろしくない。


「私の手斧は壊されても盗まれても別にいいよ、むしろおニューにしてくれた方が嬉しい」

「お前のアレはそこらの戦場で拾ってきた武器だからな……」

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