第178話 鍛冶村ミトラス
街外れにある鉱山周辺、ここに鍛冶村ミトラスが建てられたのは古代グローディア以前の話だという伝説がある。
というか村の入口の立て看板にそういう伝説が書いてあった。
神話時代のなんたらがどうだとか、鋼鉄の国の技術を受け継いでいるだとか、神秘だか不思議だかのパワーで健康になっただとか恋人が出来ただとか……。
うさんくさい観光地みたいな謳い文句がずらずらと並べられている怪しさ全開の代物に、ソト師匠とユディが笑い転げている。
仮に事実だったとしても嘘だったとしても、見せ方というかセンス的な何かを考えた方がいいのでは、などとどうでもいい事を思いつつカデュウは鍛冶村へと足を踏み入れた。
馬車は入口に停め、一応の用心としてシュバイニーに番を任せてある。
「鍛冶師だらけなんて言うから職人気質の乱雑なところかと思いきや、なかなかギャグのセンスある村じゃないか」
「いやー笑った笑った。アレだけで今日の成果はばっちりだね!」
すでに大満足のソト師匠とユディが大変に気分が良くて何よりである。
このゆるゆるさとノリは大切だと思うのです、真面目すぎるのも堅苦しいしね。
「へえ。みんな揃って鍛冶仕事しているのかと思ったけれど、入口の辺りは市場になってるのね」
「街には商会を通して卸してるはずだけど、実際に足を運んだ客に品を売るだけでなく、品自体を見てもらうのが狙いなんじゃないかな」
この鍛冶村は街外れにあるので、行くための時間こそかかるが、隣街に行くよりははるかに安全に歩いていく事が出来る場所である。
つまりは一般人も気軽に来れるわけなのだ。
大抵の客は街の店で買うのだろうが、中には現地で見たいという物好きや何らかの事情があって鍛冶村へとやってくる客も現れる。
もちろん取引で訪れた商人などもついでに購入していくかもしれない。
それらの客に対応するための市場であると同時に、いわば商品の見本でもあり、こういうものを作っている、こういうものが作れる、という表明とも言える。
商品には武具も多いが、包丁や鍋などの一般的な物から、何かに使うであろう金具など、様々な物が並んでいた。
「鍛冶村っていうから男ばかりかと思ったら、市場には結構女性がいるんだね」
「鍛冶師の奥さんや姉妹が手伝ってるんだろうね。身内を使えば賃金が少なく済むから」
ユディの疑問に答えたカデュウは歩きながらに様子を伺った。
売り子の女性数人に隠れ、白髭の老人が一人座っているのは難しい客に対する備えであろう。
市場を通り過ぎ、鍛冶師達が生活と仕事を行っている区域へと入っていく。
こちらに気付く者もいれば、気付かないで仕事に専念している者もいる。
職人集団だけあって、反応を示さない人が多いし、中々声をかけてくる様子もない。
『用があるなら話しかけてくるだろうし。そのうち誰かが相手をするだろう』、というような事を皆が考え、自身は動かない事を選びたがっているのだろうか。
……それにしても反応を示す人達がやたらヒソヒソとささやき合っているのだが、恥ずかしがり屋だらけなのかな?
ならば、とカデュウは近くでこちらに視線を向けた若い男性に声をかけた。
「作って頂きたいものがあるのですが、注文してもよろしいでしょうか」
「もしや、大口のご注文でしょうか」
「……いえ、違いますよ?」
「それなら良かった。今は少々忙しい状態でして……。それで、どのような品を?」
「こちらで使われている鍛冶道具一式を作って頂きたいのです」
「……鍛冶道具、……ですか?」
鍛冶師の青年が訝しげな表情を見せる。
どう見ても鍛冶屋に見えない連中だというのに、鍛冶道具を発注するのだから当然であろう。
「もちろん持ち運び出来る範囲だけですよ。馬車で運ぶので、炉のようなものはちょっと」
「炉を注文したお客は見た事ないですね……。わかりました、お受けしましょう。恐らくはゴール・ドーン貴族のご令嬢とお見受けしますが、お名前をお聞かせ下さいますか?」
「ああ、そういう……」
……周囲の反応が妙だと思っていたら、何のことはない、貴族と認識されていたわけだ。
自分自身の服装が意識に入らず、高貴そうな服装だと言う事をつい忘れがちだが、他人からそう思われるような代物なので無理もない。
しかし、何故ゴール・ドーンと特定が、と思ったところで魔導学院のマントを羽織っていることを思い出す。
確かに、ごく一部の才能ある若者しか入れない魔導学院所属ときて、その上に高貴な服装をしていれば、貴族と認識して接するのが妥当だろう。
なにしろ魔力至上主義の国なので貴族の多くは、多少なりとも魔術を使えるらしいし。
「いえ、なんでもありません。カデュウ・ヴァレディと申します。何度か見学に来たいのですが、かまいませんか?」
「はい、ご自由にどうぞ。申し遅れました、鍛冶組合ミトラス派の組合長補佐グリモス・ミジスラと申します」
「なるほど、貴方が男爵家の。職人にしては珍しく礼儀正しいと……。はい、驚きました」
グリモス・ミジスラ、鍛冶村ミトラスを領地とするミジスラ男爵家の子息である。
聞いていた話では野心的な権力志向者のような印象を抱いていたが、実際の本人は意外に人当たりの良い青年であった。
「しがない男爵家の息子です。貴族とは名ばかりなもので、ご無礼もあるかもしれませんが、お気に障られましたら謝罪致します」
「はい、よかったら今後とも仲良くしていただければと」
「嬉しいお言葉ありがとうございます。見学でしたね、ご都合がよろしければ今から参りますか?」
「ぜひ、お願いいたします」
貴族扱いされるとは予想外であったが、その方が都合が良いのは間違いない。
見学もすんなり承知してくれたので、予定通り鍛冶師の視察に向かうのであった。




