第177話 鍛冶師男爵家の事情
「つまりエルフの森で伐採した黒檀と白檀とイチイか。イチイは買い取るが、他はうちじゃちっと扱えないな」
「イチイなら買い手はおりますが、相場がはっきりしていない物は少々困りますな」
「これがエルフの森の木だって言われても、私はそんな木見た事ないので真贋がわかりかねます」
あちこちの商会で突き返されるエルブンエボニーとエルブンアルバ。
規模の小さい商会が多いのか保守的なのか、高い安いどころか買い手が見つからない状態となっていた。
見た事がないような代物では相場も利益も計算できないので慎重になっているのだろう。
存在自体を疑われ、黒檀白檀の偽物とすら思われる事もあった。
「うーん、反応が良くないです。歴史のある有名な街だから売れるかと思ったんですが」
「来てみてわかったのが、ラケティの街は全体が古いと感じるな。昔は繁栄していたのだろうけど、今では過去に取り残されたような街になってるんじゃないか? どうも新しいものに対する億劫さみたいなものがあるのかもだなー」
「そうかもしれないですね。この調子じゃそのまま持って帰る事になりそうです……」
ソトの指摘に、カデュウも溜息をつき頷いた。
イチイは適正価格で売り払ったが、金貨8枚程度である。
木材は馬車の積載量の都合でそんなに大量に運べないのだ。
わかっていた事だが、大きく重い物はやはり交易品としては向いていない。
希少価値に期待していたのだが、取引自体が出来ないとは想定よりも悪い結果といえよう。
「しょうがないですね、宿に戻りますか」
「しょんぼりです」
肩を落としながらカデュウ達は宿へと帰ったところ、まだクロス達は戻っていなかったが、のんびり紅茶を淹れ出したタイミングで帰還してきた。
「思ったよりもドロドロした揉め事ね。あの変な仮面の人が言ってたのはこの事かも?」
クロスが語りながらに、カデュウの淹れた紅茶を口にする。
一瞬だけ微笑むような表情になったのは、紅茶の味わいのおかげだろう。
「簡単に言うと貴族のお家騒動かしら。鍛冶組合ミトラス派は代々ミジスラ男爵家の当主が組合長を務めていたんだけど、今現在の組合長パトスはミジスラ家の傍流らしくて、結構例外的な状況だとか。組合長になったのはその類まれな腕前を見込まれて先代男爵から任命されたみたいね。先代男爵が鍛冶職人じゃなかったというのも大きいけど」
「元々は男爵家がそのまま組合長だったんだね」
「そんな中、ミジスラ男爵家当主の息子グリモスが、このパトスの弟子ながら組合長の地位を男爵家に取り戻すべく励んでいて。今まではそんな関係でも問題はなかったけど、ここに来て息子グリモスの腕前はイルミディム最高の名工であるパトスにもひけを取らないと、父であるミジスラ卿が大っぴらに喧伝して圧力をかけまくってるんだとか」
「つまり、男爵の本家に組合長の地位を戻そうと工作しているわけだな」
簡潔にソトが要点をまとめた。
元々は男爵家の管轄だったのだから、それを取り戻そうとするのは自然な流れだが、鍛冶仕事が必須の地位ならば先代男爵のように他者に任せようとするのも自然と言える。
貴族は貴族の仕事もこなさなくてはならないので負担が大きかったのだろうし。
それでも取り戻そうという事は、利権も絡んでいる可能性が高そうだ。
「余計な情報として、パトスの昔の恋人をミジスラ卿が奪ったりと昔から因縁があったとも聞かされちゃった。まったく噂好きな情報源で、無駄話も多くて少し遅くなってしまったのだけど」
「じゃあ、その名工とやらに声をかけてみるか?」
「組合長の責任もあるから、すぐに勧誘しても無駄でしょうね」
ソトの案をクロスが否定する。
声をかけるにしてもタイミングが大切な案件だとカデュウも感じていた。
その人物の性格次第という面もあるのだが、気分を害するようになってもいけない。
「ふむふむ……。すると、僕らがすべきなのは……。実際に鍛冶村ミトラスに行ってみて、様子を見る事だね」
「消極的だなー。私なら強引にでもアピールするけど」
「ソト師匠は出会ったときも押しが強かったですからね……。それはさておき、今回の場合は積極的に動くより、顔みせをして周囲が動くのを待つのが上策と思います。何もしなくても関係は崩壊に向かっているのだし話を聞く限りでは時間の問題かなって」
積極的に過ぎれば、印象を悪くするし、自分達の都合ばかりを語り過ぎる事になる。
大切なのは相手の事情を汲む姿勢であって、自分達の都合ではない。
本質的に、他者は他人の話になど興味はない。
そんな話しかしない人間など嫌われて当然なのだ。
「後ろめたくなるようなことは何もしません。でもそれ以外なら何をしてもオッケーという事です。ふふふ」
「うわ、悪い事考えてる顔だ」
「悪い事なんて考えてませんー。どちらにせよ、勧誘する前に人となりを見ておかなければなりませんしね。作ってもらいたいのは至高の武具ではなく、日常の鉄器や武具の手入れですし、必ずしも名工さんである必要はないのですから」
「あー、まあそうだな。ついつい最上を求めてしまうところだが、必要なのは村で使う鉄器だしなー」
肝心なのは人となり、つまり開拓村のゆるーい気風に合いそうな人物かどうかだ。
これは相手からも査定される点であって、例えば、金銭などの自己の利を重視する人物、野心的な人物などは村に来たがらないだろう。
何しろ貨幣が使われておらず、協力関係のみで成り立っている特殊な村だ。
自然、適応できる人物は絞られてくる。
それに今の開拓村には鉱山の当てがなく、たまに石材屋のドワーフが持ってくる中に鉱石が混ざっている程度にしか供給できないので、そこまで鍛冶師に対するアピールポイントがないという事情から、積極的に勧誘するのは申し訳ない気がするのだ。
とはいえ武具の修繕が出来ないようでは困るし、街を作っていく上で繊細な注文もあるかもしれないので、ある程度の技術は必要になるのだが。
「それでは、明日は街外れの鍛冶村に向かいまーす」
方針が決まり、宿の夕食に向かったカデュウ達は思わぬ光景に目を見張った。
宿の食事は驚くほど沢山の量と種類のグローディア料理が登場し、とても食べきれなかった。
客人をもてなすための古から続く伝統らしい。