第176話 ラケティの街
宿にて一夜を過ごした早朝、カデュウらはアルゴリアを出発し細い山道を通ってラケティへと直行した。
他にラケティへと向かう平坦な海岸沿いの街道もあるのだが、そちらではやや遠回り。
通常の馬車ならば平坦で手入れのされている街道が望ましいのだが、冒険者用に作られたこの馬車は、その辺りに柔軟性があるのだ。
道中、山賊や魔物との交戦もあったが、大きな問題もなく4日程でラケティの街まで辿り着いた。
もっとも、到着したのが夜であった為に門は閉じられており、朝になるまで野外で待つことになったのだが。
街の門は敵軍や盗賊、魔物などへの警戒から夜には閉じるのが通例である。
同じように到着したものの街の中へ入れなかった旅人達が、同じように門の前で待機している姿がちらほらと見かけられた。
買い付けた茶葉を味わい、のんびりと野営を楽しみ、そして寝る。
朝起きたら毛布に潜り込んでいるイスマを引っぺがし、野営の片づけを行う。
本来であれば朝食を作るところだが、すぐ目の前が街なので、飲食店で食べる事にしたのだ。
皆が起きた頃に門が開かれ、門番にチェックされながら街中へと馬車を進めて、ひとまず宿や飲食店を探していき、見かけた店へと入ってみた。
「……マズ」
「こんなマズいのを客に食わせるなんて許せない。首を吊って死ぬべきだね」
「カデュウが危ない事言い出しましたよ、ソト」
「確かに危ない事言ってるが、普段お前が言ってるのと変わらない内容だろ、アイス……」
「この子、修行の辛さを美味しい食事で条件付けしてやわらげてたから、マズいものにトラウマがあるのよ……」
目をつむってクロスが片手で頭を抱える。
そんな事件もあり、ぷんぷん機嫌を悪くしてカデュウは馬車へと乗り込んだ。
機嫌こそ悪いが馬車を壊すといけないので丁寧に乗る事は忘れない。
「むー。むー。あんなもので貴重な朝食が失われるとは……」
「一応ちゃんと完食はするんだね」
「もったいないからね!」
ゆったり走る馬車の中、カデュウは次の行動を決めていた。
嫌な事は忘れてやるべきことに専念するのだ。
「さて、まずは宿の確保だね。冒険者ギルドにでも聞き込みに行ってみようか。主目的である鍛冶職人の話もね。かなり腕の立つ人らしいから、冒険者ギルドで知られていると思うんだ」
「馬車はちょっと離れたとこに停めるんだぞ、目立つモノに乗ってると余計な嫉妬を招くからな。天才だから妬まれるのは仕方ないけども!」
「あ、はーい。お薬出しときますねー」
「雑な扱い! さっき頭おかしかった癖に!」
「ふぅ、私しかまともな子はいないのね……」
良い子ぶってるけどクロスも結構おかしいよ。
「……みんななかーま」
「頭おかしいなかーまですな、我が主よ。我は仲間外れで残念無念ですぞ」
自分だけ良い方に回ろうとするルゼはちっとも残念そうではなかった。
予想よりも小さかった冒険者ギルドは、少人数ながらも活気あふれるというか熱さのある冒険者が多かった。
この辺りは良く魔物が出ると聞くので、戦闘好きな熱血系の人々が集まるのかもしれない。
鍛冶職人についての話を聞いたところ、古代グローディアから続く貴族筋のミトラス派という鍛冶集団について教えてくれた。
「鍛冶屋の居場所も分かったし、さっそくギルドおすすめの宿に行くか」
「そうですね。早めに部屋を取っておきましょう」
ラケティはミルディアス帝国時代以前、古代グローディアの中心の一つでもあったという、とても長い歴史がある街だ。
漆喰と石造の建築物が乱雑に立ち並び、崩れた個所や修復跡があちこちの建物に見受けらる。
この街には丘の上に建てられた城があり、その城下街のようにラケティの街が建っているのだが、歴史的には街の方が先に作られていたらしい。
また、街からやや離れた位置に港もあるのだが、規模は小さく、取引も活発ではないようだ。
冒険者ギルドからすすめられた宿屋カッサンドラはそんな長い歴史を持つラケティでも屈指の老舗宿らしい。
「無事、宿も確保したところで、黒檀などの相場調査に行きたいと思います」
「了解ですよー」
「私は噂の鍛冶職人がどのような問題を抱えているのか調べてみるから、別行動ね」
「んじゃ、二手に分かれるかー。開拓村で一晩過ごした間に尾行してた奴らも見失ったと思うが、念の為に警戒しとこう」
カデュウと共に来るのが、アイス、ソト。
クロスと同行するのが、ユディ。
そして宿でごろごろするのがイスマ、ルゼ、シュバイニー、という風に分かれる事となった。
「二手かと思ったらごろごろ組がいるとは」
「街についたばかりですし、休みたかったんでしょうね」
「あいつ、ちっさいお子様の癖に結構体力あるよなー。徒歩の時もへばってる様子はなかったし」
「では、さっそく商会や市場を回ってみましょうか」
今回、馬車に積んできた木材は特殊な物が多い。
黒檀の中でも古の大森林でしか手に入らないというエルブンエボニー、独特の香りが漂ってくる白い香木エルブンアルバなどの独特の銘木に加え、毒の木でもあり弓の材料としても重用されるイチイの3種類だ。
古の大森林の特産品ともいえる2種はこの辺りの市場に流れているとは思えないが、イチイはイルミディム地方にも生えており、死の象徴ともなっている。
うまく交易ルートの開拓が出来ると話は早いのだが、現物を見せての反応次第という事になるだろう。